私の人生に、おかえりなさい。――都合のいい「お姉ちゃん」は、もうどこにもいません

しょくぱん

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第3章:過去という名の呪縛と、確かな熱

第二十話:名前を呼ばれるということ

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 宮廷の誘いを断った日の夜、シオンの家を激しい吹雪が叩いていた。
 暖炉の火を見つめながら、私は自分の掌を見つめていた。王宮の使者に言い放った言葉は嘘ではない。けれど、心のどこかで「自分は本当にこれでいいのか」という、寄る辺ない不安がチリチリと燻っていた。

「……何を見ている」
 シオンが書棚から一冊の古びた記録帳を取り出し、私の隣に座った。
「あ、いえ。……私、あんなに偉そうなことを言って、また誰かを怒らせてしまったのではないかと思って」

 シオンは鼻で笑い、無造作に私の頭へ手を置いた。
「怒りたい奴には怒らせておけ。他人の機嫌を取るために自分を安売りするのは、もう卒業したはずだ」

 その手の温もりが、迷いを少しずつ溶かしていく。
 シオンはふと、真剣な眼差しで私を見つめた。

「アリア」

 心臓が跳ねた。
 今まで「おい」や「お前」と呼ばれることが多かった。シオンにまっすぐ名前を呼ばれるたび、そこには実家で呼ばれていた「役割としてのアリア」ではない、血の通った響きが宿る。

「はい」
「これまでは誰かのために、泥を啜るように魔力を使ってきたんだろう。……だが、今は違う。君が君自身でいることを選んだ今、その魔力は君の魂そのものだ。恐れるな。もっと自由に、自分を肯定してみろ」

 シオンの言葉が、私の胸の奥に眠っていた「澱み」を光に変えていく。
 私は目を閉じ、深く息を吸った。
 今までの魔法は、痛みを押し込めるための「盾」だった。けれど、今は――。

「……私の、名前……」

 その瞬間、家全体を包み込むような、柔らかな光が溢れ出した。
 それは図書館で見せた「浄化」の光よりも、さらに密度が濃く、温かい。光は私の指先から糸のように伸び、窓辺に飾られていた枯れかけの冬の花に触れた。
 すると、花は一瞬で鮮やかな色彩を取り戻し、季節を無視して大輪の花を咲かせたのだ。

「っ……!」

 光の粒子が部屋中を舞い、シオンの古傷だらけの腕をも優しく包み込む。
 シオンは目を見開き、その光を見つめていた。

「これが……君の、真の力か」
「シオン様……私、今……すごく、体が温かいです。誰の痛みも入ってこない。ただ、私がここにいてもいいんだって、自分の魂が叫んでいるみたいで」

 私は気づいた。
 誰かに「お姉ちゃん」という仮面を被せられていた時は、私の魔力は窒息していたのだ。シオンに「アリア」と名前を呼ばれ、一人の女性として認められたことで、魔法は真の主人を見つけ、開花した。

 シオンは眩しそうに目を細め、静かに呟いた。
「……美しいな。こんな魔力は、戦場でも王宮でも見たことがない」

 光の中で、私たちの視線が重なる。
 救われたのは、私の方だと思っていた。けれど、シオンの瞳に宿る孤独が、私の光を受けて少しだけ和らいでいるように見えた。

「アリア。君が自分の名前を愛せるようになった時、世界は君の望む色に染まるだろう」

 その言葉と共に、光はゆっくりと収束し、私の胸の内に温かな核として定着した。
 もう、私は「身代わり」には戻らない。

 けれど、この美しい光の開花は、結界を越えて遠く離れた地にも届いていた。
 アリアの魔力の「味」を覚えている、かつての家族たち。彼らは絶望の底で、その光の主が自分たちの「所有物」であることを、より一層強く確信するのだった。
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