私の人生に、おかえりなさい。――都合のいい「お姉ちゃん」は、もうどこにもいません

しょくぱん

文字の大きさ
21 / 25
第3章:過去という名の呪縛と、確かな熱

第二十一話:贈り物、ひび割れた誇り

しおりを挟む
 名前を呼ばれ、真の力が開花した翌朝。シオン様は朝食の後、不愛想に一つの包みをテーブルに置いた。
「図書館の給料日だったんだろう。これは、俺からの『就職祝い』だ」
「え……? でも、シオン様にはいつもお世話になっているのに、これ以上いただくわけには……」
「いいから開けろ。中身を見てもそう言えるなら、外の雪の中にでも捨ててこい」

 私は戸惑いながらも、丁寧に結ばれた紐を解いた。
 中から現れたのは、磨き上げられた木製の箱。蓋を開けた瞬間、私は息を呑み、そのまま硬直した。

 そこには、太さの異なる数本の絵筆と、小瓶に詰められた色とりどりの絵具が、整然と並んでいた。
 かつて母に「目に毒だ」と暖炉にくべられ、ミレーヌに踏み潰された、あの私の魂の一部。

「……あ……あぁ……」
 指先が震えて、筆に触れることさえ恐ろしい。
 奪われた日の記憶、筆が折れるパキリという乾いた音、灰になった青色の空。それらが一気に蘇り、喉の奥がヒリついた。

「この街の職人に作らせた。君が修繕している本と同じ、長く使い込める良い木を使っている。……アリア、君から色を奪った連中はもうここにはいない」

 シオン様は椅子から立ち上がり、窓の外を見つめた。
「いつまでも『描けない自分』を言い訳にして、過去に縛られているのは君らしくない。……描け。君の瞳に映る今の世界を」

 私は一本の筆を手に取った。
 実家のボロボロの筆とは違う、吸い付くような重み。
 私は震える手で、真っ白な紙に、一滴の青い絵具を落とした。

 水を含んだ筆が紙の上を滑る。
 あの日、奪われた空の色。
 けれど、今描いている青は、あの頃よりもずっと深く、温かい。
 それは、シオン様が教えてくれた「自分のために生きる」という、自由の色だった。

「っ……う、あぁ……っ……」
 一度溢れ出した涙は、もう止まらなかった。
 私は子供のように声を上げて泣きながら、夢中で筆を動かした。
 描きたかった。ずっと、ずっと、描きたかった。
 誰のためでもない、私の心の叫びを、この世界に刻みたかった。

 シオン様は何も言わず、ただ私の背中に大きな手を置いてくれた。
 泣きじゃくる私の背中から、十年分の重圧と悲しみが、涙と共に流れ落ちていく。

 描き終えた時、そこには一枚の絵があった。
 雪山の中に建つ、小さな、けれど温かい光が漏れる家。
 その家の窓辺には、水色のリボンをつけた一人の娘が笑っていた。

「……ひどい出来だな。涙で色が滲んでいる」
 シオン様は呆れたように言ったが、その手は優しく私の頭を撫でていた。

「はい……。でも、私……今、世界がこんなに綺麗なんだって、初めて知りました」

 ひび割れていた私の誇りは、シオン様が贈ってくれた筆によって、再びゆっくりと繋ぎ合わされていった。
 私はもう、影ではない。
 自分の手で、自分の人生を彩ることができる一人の「画家」として、産声を上げたのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お望み通り、消えてさしあげますわ

梨丸
恋愛
一国の次期王妃と言われていた子爵令嬢アマリリス。 王太子との結婚前夜、彼女は自ら火を放ち、死んだ。 国民達は彼女の死を特に気にもしなかった。それどころか、彼女の死を喜ぶ者もいた。彼女の有していた聖女の力は大したものではなかったし、優れているのは外見だけの“役立たずの聖女”だと噂されるほどだったから。 彼女の死後、すぐさま後釜として皆に好かれていた聖女が次期王妃に召し上げられた。 この国はより豊かになる、皆はそう確信した。 だが、“役立たずの聖女”アマリリスの死後──着実に崩壊は始まっていた。 ※投稿してから、誤字脱字などの修正やわかりにくい部分の補足をすることがあります。(話の筋は変わらないのでご安心ください。) ※この調子だと短編になりそうです。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

皆様覚悟してくださいませ。偽聖女の義妹から全て取り戻します。今まで受けた仕打ちは倍にしてお返し致します。

くろねこ
恋愛
「殴られても、奪われても、祈れば治るから大丈夫」 ――そう思い込まされて育った公爵令嬢オリビア。 しかし、偽聖女を名乗る義妹に階段から突き落とされた瞬間、 彼女の中で“何か”が完全に目覚める。 奪われた聖女の立場。 踏みにじられた尊厳。 見て見ぬふりをした家族と神殿。 ――もう、我慢はしない。 大地そのものに影響を与える本物の加護を持つオリビアは、知略と魔法で屋敷を制圧し、偽りを一つずつ洗い流していく。 敵意を向けた者は近づけず、逆らった義母は“環境”に叱られ、王太子は腹を抱えて大笑い。 「奪われたなら、取り戻すだけです。倍……いえ、一万倍で」 これは、偽りの聖女からすべてを奪い返し、本物が“正しい場所”に立つ物語。 ざまぁ好き必読。 静かに、確実に、格の違いを見せつけます。 ♦︎タイトル変えました。

さようなら、私の初恋

しょくぱん
恋愛
「さよなら、私の初恋。……もう、全部お返しします」 物心ついた時から、彼だけが世界のすべてだった。 幼馴染の騎士団長・レオンに捧げた、十数年の純粋な初恋。 彼が「無敵」でいられたのは、アリアが無自覚に与え続けた『治癒の加護』があったから。 だが婚約直前、アリアは知ってしまう。 彼にとって自分は、仲間内で競い合う「賭けの対象」でしかなかったことを。 「あんな女、落とすまでのゲームだよ」

修道女エンドの悪役令嬢が実は聖女だったわけですが今更助けてなんて言わないですよね

星井ゆの花
恋愛
『お久しぶりですわ、バッカス王太子。ルイーゼの名は捨てて今は洗礼名のセシリアで暮らしております。そちらには聖女ミカエラさんがいるのだから、私がいなくても安心ね。ご機嫌よう……』 悪役令嬢ルイーゼは聖女ミカエラへの嫌がらせという濡れ衣を着せられて、辺境の修道院へ追放されてしまう。2年後、魔族の襲撃により王都はピンチに陥り、真の聖女はミカエラではなくルイーゼだったことが判明する。 地母神との誓いにより祖国の土地だけは踏めないルイーゼに、今更助けを求めることは不可能。さらに、ルイーゼには別の国の王子から求婚話が来ていて……? * この作品は、アルファポリスさんと小説家になろうさんに投稿しています。 * 2025年12月06日、番外編の投稿開始しました。

居候と婚約者が手を組んでいた!

すみ 小桜(sumitan)
恋愛
 グリンマトル伯爵家の一人娘のレネットは、前世の記憶を持っていた。前世は体が弱く入院しそのまま亡くなった。その為、病気に苦しむ人を助けたいと思い薬師になる事に。幸いの事に、家業は薬師だったので、いざ学校へ。本来は17歳から通う学校へ7歳から行く事に。ほらそこは、転生者だから!  って、王都の学校だったので寮生活で、数年後に帰ってみると居候がいるではないですか!  父親の妹家族のウルミーシュ子爵家だった。同じ年の従姉妹アンナがこれまたわがまま。  アンアの母親で父親の妹のエルダがこれまたくせ者で。  最悪な事態が起き、レネットの思い描いていた未来は消え去った。家族と末永く幸せと願った未来が――。

繰り返しのその先は

みなせ
ファンタジー
婚約者がある女性をそばに置くようになってから、 私は悪女と呼ばれるようになった。 私が声を上げると、彼女は涙を流す。 そのたびに私の居場所はなくなっていく。 そして、とうとう命を落とした。 そう、死んでしまったはずだった。 なのに死んだと思ったのに、目を覚ます。 婚約が決まったあの日の朝に。

欠席魔の公爵令嬢、冤罪断罪も欠席す 〜メイリーン戦記〜

水戸直樹
ファンタジー
王太子との婚約――それは、彼に恋したからでも、権力のためでもなかった。 魔王乱立の時代。 王も公爵も外征に出ている王都で、公爵令嬢メイリーンは“地味な婚約者”として王城に現れる。 だが、王太子は初顔合わせに現れなかった。 にもかかわらず、記録に残ったのは「公爵令嬢の欠席」。 抗議はしない。 訂正もしない。 ただ一つ、欠席という事実だけを積み上げていく。 ――それが、誰にとっての不合格なのか。 まだ、誰も気づいていない。 欠席から始まる、静かなるファンタジー戦記。

処理中です...