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第3章:過去という名の呪縛と、確かな熱
第二十二話:迫りくる「愛」という名の執着
しおりを挟む新しい筆で絵を描き始めた私は、少しずつ、自分の心に色が戻っていくのを感じていた。
図書館の仕事も充実し、シオン様との静かな夕食が何よりの楽しみ。そんな穏やかな日々を切り裂くように、一通の手紙が届いた。
それは図書館の受付に「アリア・ローラン様へ」と、乱暴な筆致で書き殴られたものだった。
『愛しいアリアへ。
お前の不在により、ミレーヌは病に伏し、我が家は火の消えたような惨状だ。
慣れない土地で、さぞかし心細い思いをしていることだろう。
お前の「わがまま」はすべて許してやる。
だから、今すぐ帰ってきなさい。お前は私たちの愛する娘であり、ミレーヌの大切な「お姉ちゃん」なのだから。
もし拒むのであれば、その男(シオン)を、誘拐罪でレムルシア公国に通報せねばならなくなる。
それは、お前も望まないことだろう?』
手紙を読み終えた私の指先は、怒りと恐怖で白く震えていた。
「愛……? 許す……?」
あんなに私を道具扱いし、捨て駒として売ろうとした人たちが、どの口で「愛」を語るのか。
彼らが求めているのは私ではない。私の肉体という「穢れの器」だ。
そして、何より許せなかったのは、恩人であるシオン様を脅迫の道具に使ったことだった。
「アリア、顔色が悪いぞ。その紙屑を貸せ」
背後から現れたシオン様が、私の手から手紙をひったくった。一瞥した彼は、それを無造作に握りつぶし、暖炉の火へと放り込んだ。
「シオン様、すみません。私のせいで、あなたまで……」
「気にするな。誘拐罪だと? 面白い。俺を法廷に引きずり出せるだけの度胸が、あの没落貴族にあるならやってみるがいい」
シオン様は冷たく言い放ったが、その瞳の奥には、かつて軍師として数多の敵を殲滅してきた時の「刃」のような光が宿っていた。
「アリア、聞け。奴らは君を愛してなどいない。君の『利用価値』に執着しているだけだ。それは愛ではなく、ただの依存だ」
「わかっています。……でも、このままでは、きっと彼らはここへ来ます。この穏やかな場所を、彼らの身勝手な欲望で汚したくないんです」
窓の外を見ると、雪解けの道を、黒塗りの馬車がこちらへ向かってくるのが見えた。
紋章は、ローラン伯爵家。
彼らは手紙を出すだけでは飽き足らず、実力行使に出たのだ。
「アリア、奥へ引っ込んでいろ。ここは俺が――」
「いいえ、シオン様」
私は、シオン様が贈ってくれたばかりの青いリボンをきつく結び直し、彼を遮った。
「逃げるのは、もうおしまいです。私が私を愛するために、私の過去を、私の手で終わらせてきます」
初めて見る私の強い眼差しに、シオン様は一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに口角をわずかに上げた。
「……いいだろう。行け、アリア。君の背中は、俺が守る」
私は玄関の扉へと手をかけた。
外からは、ミレーヌの金切り声と、父の横柄な命令が聞こえてくる。
今、人生で最大の「拒絶」を形にする時が来た。
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