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第3章:過去という名の呪縛と、確かな熱
第二十三話:最後の決意
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家の前に止まったのは、かつての威光を無理やり取り繕ったような、ひどく煤けた馬車だった。
扉を開けた私を待っていたのは、冷たい風と、それ以上に冷酷な家族の視線。
「アリア! なんて格好をしているの。そんな安物のリボンをつけて……さあ、早く馬車に乗りなさい。お前のために、公爵様との縁談を何とか繋ぎ止めておいてあげたわよ」
母が、老婆のような手で私の腕を掴もうとする。その肌は驚くほどカサカサに乾き、アリアから「若さ」を奪えなくなった代償が残酷に刻まれていた。
「お父様、お母様。わざわざ国境を越えてまで、何のご用ですか」
「用? 決まっているだろう! お前がいなくなってから、ミレーヌの体調が最悪なんだ。昨日は、レオンまでもが婚約破棄を申し出てきた。すべてはお前が勝手にいなくなったせいだぞ!」
父の怒号が響く。だが、不思議と以前のような恐怖は感じなかった。
彼らの言葉は、空っぽの器が鳴るような、中身のない音にしか聞こえない。
馬車の窓から、ミレーヌが顔を出した。その顔はベールで覆われていたが、隙間から見える肌は黒ずみ、かつての美貌は見る影もない。
「お姉ちゃん……お願い、戻ってきて。私の代わりに、また痛みを引き受けて……。そうじゃないと、私、レオン様に捨てられちゃうの!」
それは、助けを求める妹の言葉ではなく、壊れた道具を修理しろと喚く飼い主の言葉だった。
「……ミレーヌ。あなたは今まで、私がどんな思いでその傷を肩代わりしてきたか、一度でも考えたことがありますか?」
「えっ? そんなの……お姉ちゃんなんだから、当然でしょ?」
当然。
その一言が、私の中に残っていた最後の「家族への情」を、氷の刃で断ち切った。
「シオン様」
私は、背後で見守ってくれていた彼を呼んだ。
「……ああ」
シオン様が私の隣に並ぶ。その圧倒的な威圧感に、父と母は思わず数歩後退った。
「私は、あなたたちの所有物ではありません。二度と、私の人生に土足で踏み込まないでください」
「な、何を……! 育ててやった恩を忘れて、そんな男にたぶらかされるとは!」
「恩を売ったのは、あなたたちではなく私の方です。十九年間、あなたたちの不摂生と、身勝手な欲望と、醜い本性を、私がその身で受け止めてあげていた。……その返済を、今日、この場でしていただきます」
私の指先が、自然と熱を帯びる。
それは「吸い取る」ための魔法ではない。
私が今まで溜め込んできた、彼ら自身の「あるべき姿」を、元の場所へ流し戻すための、再生の奔流。
「シオン様。私、もう逃げません。彼らに見せてあげます。私を殺して築き上げた幸せが、いかに脆いものだったかを」
私は一歩、家族の方へ踏み出した。
雪解けの地面から、水色の光が霧のように立ち上り、伯爵家の人々を包囲していく。
「アリア! 何をするつもりだ!」
「……お返しするだけです。あなたたちが、私に押し付けてきたすべてのものを」
扉を開けた私を待っていたのは、冷たい風と、それ以上に冷酷な家族の視線。
「アリア! なんて格好をしているの。そんな安物のリボンをつけて……さあ、早く馬車に乗りなさい。お前のために、公爵様との縁談を何とか繋ぎ止めておいてあげたわよ」
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「お姉ちゃん……お願い、戻ってきて。私の代わりに、また痛みを引き受けて……。そうじゃないと、私、レオン様に捨てられちゃうの!」
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「……ミレーヌ。あなたは今まで、私がどんな思いでその傷を肩代わりしてきたか、一度でも考えたことがありますか?」
「えっ? そんなの……お姉ちゃんなんだから、当然でしょ?」
当然。
その一言が、私の中に残っていた最後の「家族への情」を、氷の刃で断ち切った。
「シオン様」
私は、背後で見守ってくれていた彼を呼んだ。
「……ああ」
シオン様が私の隣に並ぶ。その圧倒的な威圧感に、父と母は思わず数歩後退った。
「私は、あなたたちの所有物ではありません。二度と、私の人生に土足で踏み込まないでください」
「な、何を……! 育ててやった恩を忘れて、そんな男にたぶらかされるとは!」
「恩を売ったのは、あなたたちではなく私の方です。十九年間、あなたたちの不摂生と、身勝手な欲望と、醜い本性を、私がその身で受け止めてあげていた。……その返済を、今日、この場でしていただきます」
私の指先が、自然と熱を帯びる。
それは「吸い取る」ための魔法ではない。
私が今まで溜め込んできた、彼ら自身の「あるべき姿」を、元の場所へ流し戻すための、再生の奔流。
「シオン様。私、もう逃げません。彼らに見せてあげます。私を殺して築き上げた幸せが、いかに脆いものだったかを」
私は一歩、家族の方へ踏み出した。
雪解けの地面から、水色の光が霧のように立ち上り、伯爵家の人々を包囲していく。
「アリア! 何をするつもりだ!」
「……お返しするだけです。あなたたちが、私に押し付けてきたすべてのものを」
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