死に物狂いで支えた公爵家から捨てられたので、回帰後は全財産を盗んで消えてあげます 〜今さら「戻れ」と言われても、私は隣国の皇太子妃ですので〜

しょくぱん

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第19話:決別の日

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夜明け前、王都を包む深い霧の中に、一台の馬車が音もなく消えていった。
御者台に座るのはトニ。そして客車の中には、アデナウアー公爵家の「中身」を全て詰め込んだ私と、隣国から迎えに来たシオンがいる。

「……本当に行かなくていいのか? 最後に一言、罵ってやらなくていいのか」

シオンが私の手を握り、静かに問いかける。

「いいえ。言葉は、通じる相手にのみ価値があるものですわ。あの方々には、これから訪れるこそが、最大の罰になりますから」

私は一度も振り返ることなく、国境へと続く道を見据えた。



数時間後。アデナウアー公爵家の屋敷に、運命の朝がやってきた。

「……おい、エルゼ! 朝食はどうした! 洗顔の水も冷え切っているぞ!」

父が寝癖のついた頭で寝室から這い出し、廊下で叫んだ。だが、いつもなら即座に飛んでくる侍女も、不機嫌そうに書類を運んでくるエルゼの姿もない。
屋敷の中は、不気味なほどにしんと静まり返っていた。

父が不審に思い、エルゼの執務室のドアを乱暴に開ける。

「エルゼ! どこに――」

言葉が止まった。
そこには、長年彼女が座っていた机の上に、一通の封筒と、山のような「赤い紙」が置かれていた。

「……なんだ、これは」

震える手で封筒を開ける。中には、エルゼの美しい筆跡でこう記されていた。

『お父様、ディートリヒ、マリア。
私は本日をもって、アデナウアーの姓を捨て、全ての義務から解放される道を選びました。
委任状に基づき、この屋敷の土地、建物、および残された僅かな資産は、昨日付で全て私の個人商会へと譲渡・売却済みです。
現在、この屋敷は私の所有物ですが、あなたたちのために本日正午までは開放しておいてあげますわ。
追伸:金庫の中身は、私の「正当な退職金」として全て回収いたしました』

「……っ、嘘だろ……?」

父は狂ったように一階の金庫室へ駆け下りた。重厚な扉を開けると、そこには金貨一枚どころか、ネズミ一匹さえいないの空間が広がっていた。

「金が……ない。どこにも、一ペニーもないぞ!」

そこへ、騒ぎを聞きつけたディートリヒとマリアが、パジャマ姿で駆け込んできた。

「お父様! 玄関に、見たこともない男たちが大勢押し寄せていますわ! 『借金の返済期限が過ぎた、屋敷から出ろ』って!」

「僕のところにも騎士団が来た! 『重要書類を返せ、さもなくば反逆罪で連行する』って……! エルゼは!? エルゼに何とかさせろよ!」

三人は互いに責任をなすりつけ合い、空っぽの金庫の前で怒鳴り散らした。
だが、彼らを助ける者はもうどこにもいない。

正午。
王宮の執行官と借金取りたちが屋敷に踏み込んだ時、かつての名門公爵家は、文字通り「もぬけの殻」となっていた。
家具も、絵画も、銀食器も、有能な使用人も。
全てはエルゼという名の「家の心臓」と共に、国境の向こう側へと去ったのだ。

「……あ、ああ……。エルゼぇぇぇ! 戻ってこい! 戻ってきてくれぇぇ!」

父の絶叫が、家具のなくなった虚ろな広間に虚しく響き渡った。



その頃。
私はルナリア聖教国の国境警備局で、新しい身分証を受け取っていた。

「エルゼ・フォン・ルナリア。……いいえ、まだそれは早いな」

シオンが私の肩を抱き、悪戯っぽく微笑む。

「ようこそ、自由の国へ。エルゼ。君の復讐の第2章……そして、私との新しい生活の始まりだ」

窓の外には、王国の淀んだ空気とは違う、輝くような黄金色の太陽が昇っていた。
私は初めて、心の底から深く、安らかな息を吐き出した。















定期アナウンス↓

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