死に物狂いで支えた公爵家から捨てられたので、回帰後は全財産を盗んで消えてあげます 〜今さら「戻れ」と言われても、私は隣国の皇太子妃ですので〜

しょくぱん

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第26話:没落の瞬間

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王都の路地裏には、冬の終わりの冷たい霙(みぞれ)が降り注いでいた。
かつてアデナウアー公爵と呼ばれた男は、今、泥にまみれた膝をつき、悪臭を放つ「下水溝の泥さらい」の仕事に従事していた。

「……ひ、ひいい……冷たい。腰が痛い……。誰か、誰か助けてくれ……」

父の指先は凍傷でひび割れ、かつて高級ワインのグラスを傾けていた手は、汚物と泥で真っ黒に汚れていた。
隣では、ディートリヒが重い荷車を引きながら、絶望的な形相で虚空を睨んでいる。

「なぜだ……僕は次期公爵だぞ……有能な官僚になるはずだったのに、なぜこんなゴミ収集を……!」

「黙って働け、この役立たず! 手を止めるなら今日のパン抜きだぞ!」

監督官の鞭が、ディートリヒの痩せこけた背中にしなる。かつての公爵子息は、悲鳴を上げて地面を這いずった。
彼らにはもう、選べる仕事などなかった。反逆者の家族として指名手配され、身分を剥奪された彼らに与えられたのは、平民すら嫌がる「ドブ板掃除」や「汚物処理」という、彼らが最もバカにしていた仕事だけだったのだ。

一方、マリアは場末の酒場の片隅で、山のような皿洗いに追われていた。

「嫌よ、こんなの! 私の美しい手が荒れてしまうわ……! 誰か、素敵な貴族様が私を見つけて助けてくれるはずよ……!」

マリアが期待を込めて入り口を見ても、入ってくるのは泥酔した荒くれ者たちだけだ。かつての美貌も、栄養不足と心労ですっかり衰え、今や彼女に声をかける男など一人もいない。

そこへ、一人の客が落としていった最新の瓦版が、彼女の足元に転がった。

『隣国の女神・エルゼ商会長、王国への人道支援を決定。ただし「アデナウアー家」を名乗る者への支援は一切拒否と明言』

「……っ、あああああ!」

マリアは皿を叩き割り、絶叫した。
自分たちが生き延びるために必要な「パン」や「水」すらも、エルゼの手のひら一つで制限されている。
エルゼは、彼らを殺しはしない。ただ、自分たちが一生かけても届かない高みから、彼らが泥の中で這いずり回る様子を「眺めている」のだ。

「……お父様、ディートリヒ。……エルゼは、エルゼだけは、私たちを見捨てなかったはずなのに……。どうして、こうなってしまったの……?」

マリアの呟きに答える者はいない。

かつてエルゼが死に物狂いで支えていた「贅沢な日常」が、いかに脆く、いかに彼女一人の犠牲の上に成り立っていたか。
それを失った今、彼らに残されたのは、凍える寒さと、終わりのない労働。そして、「あの時、エルゼを大切にしていれば」という、猛毒のような後悔だけだった。



その頃、ルナリアの王宮。
私は暖かい暖炉の前で、シオンに剥いてもらった果実を口に運んでいた。

「……準備はいいか、エルゼ。明日は王国の使節団を迎える『公式行事』だ」

「ええ、シオン様。あの方たちが、私の姿を見てどんな顔をするのか……今から楽しみでなりませんわ」

私の瞳には、冷徹な勝利の光が宿っていた。
没落の瞬間は、まだ終わらない。彼らにはこれから、公の場での「最後の大仕事」が待っているのだから。














定期アナウンス↓

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