家族に売られてたどり着いた先は、王女様の侍女でした。 ――掃除だけは誰にも負けません。

月城 蓮桜音

文字の大きさ
3 / 76

第3話 一人で掃除する屋敷

 屋敷は、広すぎる。廊下を一本拭き終えても、まだ次がある。階段を上がれば、同じだけの部屋が並び、窓の数だけ埃が溜まる。

 本来なら、使用人が三人は必要な広さだと、私は知っている。それを、今は私一人でやっている。急いでも、夕方まではかかる。魔法を使っても、それは変わらない。せいぜい、終わりが少し早まるだけだ。

 廊下を抜け、階段へ向かう。手すりに指を添えて、一段ずつ上る。二階に着く頃には、腕が少し重くなっている。上階の廊下は、下よりも窓が多い。朝の光が斜めに差し込み、床に長い影を落としていた。部屋を一つ終えても、まだ次がある。その次も、そのまた次も。扉を開けるたび、同じ広さの空間が現れる。この屋敷は、終わりが見えない。
 
 雑巾を持ち替え、次の部屋へ向かう。差し込む光が強くなってきていた。時間を意識すると、自然と足が速くなる。眠る時間は、削れない……削りたくないからだ。無理をして倒れたら、掃除は終わらない。掃除が終わらなければ、薬はもらえない。だから、急ぐ。

 集中していると、あっという間に時間は過ぎていく。窓の外を見ると、お日様はもう高い位置にあった。そろそろ、急いで昼食を済ませなければならない。時間通りに行かなければ、私の食事はすぐに下げられてしまうから。固いパンと具の少ないスープをかき込み、私は素早く仕事に戻った。

 掃除をさっきの続きからやり始める。このままでは夕方までに終わらせることは難しいだろう。「ふう――」私は深呼吸してから窓を少しだけ開け、周囲に誰もいないことを確かめてから、指先に意識を集めた。
 
 ――だめ。
 
 頭の奥で、声がする。「使っちゃだめよ。それは、人に見せるものじゃない」亡くなった母の声だった。
 
 叱る声じゃない。私の髪を撫でながら、困ったように笑って言う声。怖がらせるためじゃない。守るために、そう言ったのだと、今なら分かる。何度も、何度も言い聞かせられた言葉。私は一度、手を下ろす。胸の奥が、きゅっと締めつけられる。でも、床の隅に溜まった埃を見て、歯を食いしばった。
 
 使えば、少しだけ早く終わる。楽をしたいわけじゃない。私は今、いけないことをしようとしている。そう思いながら、息を殺して魔力を流した。風が、静かに動く。音を立てないように、埃だけを集めるように。舞い上がらせず、床の一角へ寄せていく。次に、水。床に薄く広げ、汚れを浮かせる。足跡が残らない程度に、慎重に。
 
 心臓が速く打つ。誰か来ないか、耳を澄ます。――大丈夫。魔法を解き、すぐに雑巾で拭き取る。いつもより少ない動きで、床がきれいになっていく。それでも、終わりは遠い。焦りすぎてはいけない。前に一度、無理をしたことがある。夜まで掃除を続けて、眠る時間を削った。翌朝、立ち上がれなかった私に、彼女は言った。
 
「寝ている暇があるなら、掃除をなさい」
 
 その一言が、今も残っている。だから私は、眠る。倒れないために。そして、生き残るために、急ぐ。雑巾を絞る。水が落ちる音が、また響いた。夕方までかかる。分かっている。それでも、今日も私は一人で、この屋敷を掃除する。
 
 ――弟の命が、その先にあるから。
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結済】25年目の厄災

恋愛
生まれてこの方、ずっと陽もささない地下牢に繋がれて、魔力を吸い出されている。どうやら生まれながらの罪人らしいが、自分に罪の記憶はない。 だが、明日……25歳の誕生日の朝には斬首されるのだそうだ。もう何もかもに疲れ果てた彼女に届いたのは…… 25周年記念に、サクッと思い付きで書いた短編なので、これまで以上に拙いものですが、お暇潰しにでも読んで頂けたら嬉しいです。 ∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽ ※作者創作の世界観です。史実等とは合致しない部分、異なる部分が多数あります。 ※この物語はフィクションです。実在の人物・団体等とは一切関係がありません。 ※実際に用いられる事のない表現や造語が出てきますが、御容赦ください。 ※リアル都合等により不定期、且つまったり進行となっております。 ※上記同理由で、予告等なしに更新停滞する事もあります。 ※まだまだ至らなかったり稚拙だったりしますが、生暖かくお許しいただければ幸いです。 ※御都合主義がそこかしに顔出しします。設定が掌ドリルにならないように気を付けていますが、もし大ボケしてたらお許しください。 ※誤字脱字等々、標準てんこ盛り搭載となっている作者です。気づけば適宜修正等していきます…御迷惑おかけしますが、お許しください。

ワザとダサくしてたら婚約破棄されたので隣国に行きます!

satomi
恋愛
ワザと瓶底メガネで三つ編みで、生活をしていたら、「自分の隣に相応しくない」という理由でこのフッラクション王国の王太子であられます、ダミアン殿下であらせられます、ダミアン殿下に婚約破棄をされました。  私はホウショウ公爵家の次女でコリーナと申します。  私の容姿で婚約破棄をされたことに対して私付きの侍女のルナは大激怒。  お父様は「結婚前に王太子が人を見てくれだけで判断していることが分かって良かった」と。  眼鏡をやめただけで、学園内での手の平返しが酷かったので、私は父の妹、叔母様を頼りに隣国のリーク帝国に留学することとしました!

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。 ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。 ※短いお話です。 ※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

魔法使いとして頑張りますわ!

まるねこ
恋愛
母が亡くなってすぐに伯爵家へと来た愛人とその娘。 そこからは家族ごっこの毎日。 私が継ぐはずだった伯爵家。 花畑の住人の義妹が私の婚約者と仲良くなってしまったし、もういいよね? これからは母方の方で養女となり、魔法使いとなるよう頑張っていきますわ。 2025年に改編しました。 いつも通り、ふんわり設定です。 ブックマークに入れて頂けると私のテンションが成層圏を超えて月まで行ける気がします。m(._.)m Copyright©︎2020-まるねこ

【完結】触れた人の心の声が聞こえてしまう私は、王子様の恋人のフリをする事になったのですが甘々過ぎて困っています!

Rohdea
恋愛
──私は、何故か触れた人の心の声が聞こえる。 見た目だけは可愛い姉と比べられて来た伯爵家の次女、セシリナは、 幼い頃に自分が素手で触れた人の心の声が聞こえる事に気付く。 心の声を聞きたくなくて、常に手袋を装着し、最小限の人としか付き合ってこなかったセシリナは、 いつしか“薄気味悪い令嬢”と世間では呼ばれるようになっていた。 そんなある日、セシリナは渋々参加していたお茶会で、 この国の王子様……悪い噂が絶えない第二王子エリオスと偶然出会い、 つい彼の心の声を聞いてしまう。 偶然聞いてしまったエリオスの噂とは違う心の声に戸惑いつつも、 その場はどうにかやり過ごしたはずだったのに…… 「うん。だからね、君に僕の恋人のフリをして欲しいんだよ」 なぜか後日、セシリナを訪ねて来たエリオスは、そんなとんでもないお願い事をして来た! 何やら色々と目的があるらしい王子様とそうして始まった仮の恋人関係だったけれど、 あれ? 何かがおかしい……

悪役令息の継母に転生したからには、息子を悪役になんてさせません!

水都(みなと)
ファンタジー
伯爵夫人であるロゼッタ・シルヴァリーは夫の死後、ここが前世で読んでいたラノベの世界だと気づく。 ロゼッタはラノベで悪役令息だったリゼルの継母だ。金と地位が目当てで結婚したロゼッタは、夫の連れ子であるリゼルに無関心だった。 しかし、前世ではリゼルは推しキャラ。リゼルが断罪されると思い出したロゼッタは、リゼルが悪役令息にならないよう母として奮闘していく。 ★ファンタジー小説大賞エントリー中です。 ※完結しました!

婚約者の様子がおかしいので尾行したら、隠し妻と子供がいました

Kouei
恋愛
婚約者の様子がおかしい… ご両親が事故で亡くなったばかりだと分かっているけれど…何かがおかしいわ。 忌明けを過ぎて…もう2か月近く会っていないし。 だから私は婚約者を尾行した。 するとそこで目にしたのは、婚約者そっくりの小さな男の子と美しい女性と一緒にいる彼の姿だった。 まさかっ 隠し妻と子供がいたなんて!!! ※誤字脱字報告ありがとうございます。 ※この作品は、他サイトにも投稿しています。

【完結】身勝手な旦那様と離縁したら、異国で我が子と幸せになれました

綾雅(りょうが)要らない悪役令嬢
恋愛
腹を痛めて産んだ子を蔑ろにする身勝手な旦那様、離縁してくださいませ! 完璧な人生だと思っていた。優しい夫、大切にしてくれる義父母……待望の跡取り息子を産んだ私は、彼らの仕打ちに打ちのめされた。腹を痛めて産んだ我が子を取り戻すため、バレンティナは離縁を選ぶ。復讐する気のなかった彼女だが、新しく出会った隣国貴族に一目惚れで口説かれる。身勝手な元婚家は、嘘がバレて自業自得で没落していった。 崩壊する幸せ⇒異国での出会い⇒ハッピーエンド 元婚家の自業自得ざまぁ有りです。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2022/10/07……アルファポリス、女性向けHOT4位 2022/10/05……カクヨム、恋愛週間13位 2022/10/04……小説家になろう、恋愛日間63位 2022/09/30……エブリスタ、トレンド恋愛19位 2022/09/28……連載開始