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第35話 知られた真実
兄が測定の結果を知ったのは、翌々日のことだった。公式の報告ではない。書面でもない。——私が、口頭で伝えた。
「測定は終わったわ」
執務室でそう告げると、兄は一瞬だけ眉を動かした。
「……で?」
「結果は、想定を上回るものだった」
それだけで、十分だったらしい。兄は、それ以上は聞かなかった。数字も、属性も、詳細も。訊けば、面倒な立場になると分かっている男だ。
「噂は?」
「抑えている」
「そりゃそうか」
短いやり取りで終わる。——いや、終わらせた。兄は、私を真っ直ぐに見る。
「守るつもりだな」
問いではない。確認でもない。既に分かっていることを前提とした言葉。
「ええ」
「……了解」
それだけだった。だが、その返事は軽くない。兄が「了解」と言う時は、腹を括って動く時だ。その日の午後、外国からの使節が王女宮を訪れた。規模は小さい。形式ばらない挨拶と、今後の予定の確認だけ。通訳が入り、私は定型通りの応対をこなす。
リーナは、いつも通り控えていた。前に出ることはない。発言もしない。ただ、影のようにそこにいる。使節が口にした挨拶は、少し訛りのある言葉だった。通訳が訳す。私は頷き、返礼を述べる。場は、何事もなく終わった。
——そのはずだった。謁見が終わり、私が席を立つと、リーナが静かに後ろにつく。廊下に出たところで、私はふと足を止めた。
「……今の挨拶」
独り言のように言う。リーナは、少しだけ迷う素振りを見せてから、口を開いた。
「はい」
そして、使節が口にした言葉を、ほぼ同じ音でなぞってみせた。意味は添えない。ただ、音だけを。私は、息を呑んだ。完璧ではない。けれど、初めて聞いた言葉を、そのまま再現できるほど正確だった。
「意味は?」
「分かりません」
即答だった。誇る風でも、遠慮する風でもない。
「……そう」
それ以上は、聞かなかった。教えていない。読ませてもいない。それでも、彼女は覚えている。耳で。
私は歩き出す。リーナも、何事もなかったように続く。だが、私の中で、また一つ、線が繋がった。
掃除の順番。空気の違和感。音で気配を拾う癖。言葉を、音として蓄える力。——これは、偶然などではない。
夜、兄が再び執務室を訪ねてきた。
「外国使節、来てたな」
「ええ」
「……あの侍女」
少し間があった。
「言葉、なぞっただろ」
私は、目を伏せずに頷いた。
「聞こえていたのね」
「聞いてた」
兄は、短く息を吐く。
「厄介だな」
「……ええ」
厄介。危険、ではない。問題、でもない。扱いを間違えれば、壊れる。だからこそ、慎重になる必要がある。
「まだ、手放す気はないんだろ」
兄の言葉は、静かだった。
「ないわ」
即答した。兄は、それを聞いて、小さく笑った。
「なら、俺も様子を見る」
——“様子を見る”。それは、兄なりの距離の取り方だった。踏み込まない。だが、目は離さない。
私は、確信する。もう、後戻りはできない。だが、急ぐ必要もない。調査は、次の段階に入った。疑うためではない。
――すべてを知った上で、守るために。
「測定は終わったわ」
執務室でそう告げると、兄は一瞬だけ眉を動かした。
「……で?」
「結果は、想定を上回るものだった」
それだけで、十分だったらしい。兄は、それ以上は聞かなかった。数字も、属性も、詳細も。訊けば、面倒な立場になると分かっている男だ。
「噂は?」
「抑えている」
「そりゃそうか」
短いやり取りで終わる。——いや、終わらせた。兄は、私を真っ直ぐに見る。
「守るつもりだな」
問いではない。確認でもない。既に分かっていることを前提とした言葉。
「ええ」
「……了解」
それだけだった。だが、その返事は軽くない。兄が「了解」と言う時は、腹を括って動く時だ。その日の午後、外国からの使節が王女宮を訪れた。規模は小さい。形式ばらない挨拶と、今後の予定の確認だけ。通訳が入り、私は定型通りの応対をこなす。
リーナは、いつも通り控えていた。前に出ることはない。発言もしない。ただ、影のようにそこにいる。使節が口にした挨拶は、少し訛りのある言葉だった。通訳が訳す。私は頷き、返礼を述べる。場は、何事もなく終わった。
——そのはずだった。謁見が終わり、私が席を立つと、リーナが静かに後ろにつく。廊下に出たところで、私はふと足を止めた。
「……今の挨拶」
独り言のように言う。リーナは、少しだけ迷う素振りを見せてから、口を開いた。
「はい」
そして、使節が口にした言葉を、ほぼ同じ音でなぞってみせた。意味は添えない。ただ、音だけを。私は、息を呑んだ。完璧ではない。けれど、初めて聞いた言葉を、そのまま再現できるほど正確だった。
「意味は?」
「分かりません」
即答だった。誇る風でも、遠慮する風でもない。
「……そう」
それ以上は、聞かなかった。教えていない。読ませてもいない。それでも、彼女は覚えている。耳で。
私は歩き出す。リーナも、何事もなかったように続く。だが、私の中で、また一つ、線が繋がった。
掃除の順番。空気の違和感。音で気配を拾う癖。言葉を、音として蓄える力。——これは、偶然などではない。
夜、兄が再び執務室を訪ねてきた。
「外国使節、来てたな」
「ええ」
「……あの侍女」
少し間があった。
「言葉、なぞっただろ」
私は、目を伏せずに頷いた。
「聞こえていたのね」
「聞いてた」
兄は、短く息を吐く。
「厄介だな」
「……ええ」
厄介。危険、ではない。問題、でもない。扱いを間違えれば、壊れる。だからこそ、慎重になる必要がある。
「まだ、手放す気はないんだろ」
兄の言葉は、静かだった。
「ないわ」
即答した。兄は、それを聞いて、小さく笑った。
「なら、俺も様子を見る」
——“様子を見る”。それは、兄なりの距離の取り方だった。踏み込まない。だが、目は離さない。
私は、確信する。もう、後戻りはできない。だが、急ぐ必要もない。調査は、次の段階に入った。疑うためではない。
――すべてを知った上で、守るために。
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