小さな光と、その軌跡 ―隠された幼子と神獣の物語―

月城 蓮桜音

文字の大きさ
42 / 49

第42話 プライド

しおりを挟む
 第二皇子が辺境伯領へ来て二日目の昼。『ヌシ』狩りは、皇子が辺境伯領へ滞在する間は中止となったので、クリスと魔物の森の手前にある小川に来ていた。ここはクリスのお気に入りで、時間がある時の散歩コースでもあるのだ。たまに森から追われた魔物が来てしまうこともあるが、辺境伯領の中では比較的安全な場所だった。誰かが一緒にいるとき限定ではあるが、爺さんたちからの許可も下りている。

 そんな小川の周りを散策していると、子供のすすり泣く声が聞こえた。声を出さないように、必死に堪えている声だな。まだ姿は見えていないし、どうするかと悩んでいると、クリスがこっそりと我に話しかけてきた。

「レオンくん、誰かが泣いてる」

「あぁ、そのようだな」

「ボクが行って来るから、レオンくんは待ってて?」

「我は行かない方がいいか?」

「泣いているところを二人に見られるのは嫌かなって」

「クリスは泣いてる子の尊厳そんげんを守ってやりたいのだな。うむ、分かったぞ。あちらの木陰でのんびり待ってるからな」

「うん、ありがとう」

 辺境伯の人間が、泣いている子供をほうっておくわけがないとは思っていたからな。当然の行動だと納得してしまっていた。最近は我も、辺境伯の考え方に染まってきているのかもな? くっくっ。

「ねぇ、大丈夫?」

 クリスはゆっくりと泣いている子どもに近づき、顔をのぞき込むようにしながら声をかけている。

「ぐすっ、大丈夫だ。気にしないでくれ」

 泣いていた子どもは、目尻に滲む涙を乱暴に服のそでぬぐって、ぶっきらぼうに言い捨てた。あれは昨日から辺境伯邸に来ている第二皇子だな。父親が人質に取られているから心配なのだろうか。受け答えなどがしっかりしていても、まだ十歳の子どもだからな。

「つらい時は気が済むまでたくさん泣くといいんだよ。ボクは隣にいてあげることしかできないけれど、愚痴があるなら聞くよ?」

 クリスはそう言いながら、皇子の隣に腰を下ろした。

「なっ! だ、大丈夫だ、問題ない! 君のような子どもに……」

「子どもって……君も充分、子どもでしょ? まぁ、君にはたくさん慰めてくれる子たちがいるみたいだけど、話せる子もいたほうがいいかなって思ったんだ」

 クリスは周りを見渡して、手のひらを上に向けて彼の目の前に差し出した。すると、たくさんの精霊がクリスの手のひらの上に集まって来たな。皇子は目を丸くして驚いている。あぁ、この皇子にも精霊が見えているのか。

「き、君は精霊の言うことが分かるのか?」

 うん? 見えるのか? ではなく、言うことが分かるのか? とな。まぁ、見えていることはクリスに集まって来た精霊たちを見れば分かるからな。何となく引っかかる言い回しだが、子どもが言うことだ。あまり気にし過ぎる必要はないか。

「言葉と言うか、感情だけどね。何を言いたいのかは分かるよ。それに、話せる子もいるからね。アトラ、良い?」

 クリスの肩に乗って見守っていたアトラが、スルスルとクリスの腕をつたって、精霊たちが集まっている手のひらに移動して来た。

「良いよ、。挨拶したら良いかな? はじめまして、僕はアトラ。クリス様の契約精霊だよ」

 アトラはさすがだな。クリスの言いたいことを理解して行動しているな。まぁ、契約するとあるじの感情や考えがある程度伝わって来るから、理解できてしまうんだけどな。

「は、始めまして……僕は、ウィル。仲良くしてくれたら嬉しい」

「クリス様は仲良くしたいみたいだから、クリス様も一緒に仲良くしてくれる?」

「ああ、もちろんだよ。話せる子もいるんだな……彼らはいつも近くにいてくれるのに、話ができなくて寂しかったんだ。クリスが羨ましいよ」

 皇子はクリスに向かって寂しそうに笑った。クリスはコテンと首を倒して、少し困ったように眉を下げた。

「言葉を話せなきゃ駄目なの? コトラたちは喋れないけど、意思の疎通? は取れるよ」

 コトラが美しい白豹の姿で、座っているクリスの腕や背中にスルッと首を擦り付けて、いつものように「ウニャーン」と鳴いた。

「か、かっこいい! とても美しい白豹だ……この子も精霊なのか?」

「うん。コトラもボクの契約精霊だよ。あと二羽、小鳥の契約精霊がいるんだけど、お家でお留守番してもらってるよ」

「………………四匹も契約精霊がいるのか?」

「ん? あー、契約しているのは、正しくは五……匹? 二匹と二羽と一人かな?」

「一人? 人間とも契約しているのか?」

 おっと、クリスが話し過ぎてるな? まだ秘密にしておくべき事柄もあるから様子を見て止めに入らなければだな。

「あー、ちょっと違うかも?」

 クリスはそこまで説明しようとしているか? さすがに我が神獣であることはまだ秘密にしておきたいのだがな。

「俺だよ、ウィル。前に自己紹介しただろう?」

 ひょっこりと急に現れた我に、ウィルは驚いて固まってしまったな。しかし、クリスがこれ以上話し続けたら全てを話してしまいそうだからな。我が話をズラさなければ。色々と話してはいけないことまで話されたら、後々困るのはクリスだからな。

「レオン殿……! それでは、この子が『巫女様』ですか!?」

「みこさま? ボクはクリスだよ」

 あぁ、そう言えばクリスも東の国のあの本を読めるようになっていたな。時間潰しに我が教えたのだった。これ以上、クリスが余計なことを言う前に、釘を差しておくか……

「クリス、色々と教え過ぎだぞ。爺さん達に、あまり人には言わないように言われているだろう?」

 クリスはあからさまに、しまった!って顔をした。聡いクリスは我が出て来た理由も分かってくれたようだな?

「あ、忘れてた。アトラたちと、お友達になりたいかなって思ったんだ。精霊たちに、すっごく好かれているみたいだし?」

「まぁ、確かにな……ここまで好かれているから、アトラを紹介しても問題ないと思ったのだろう?」

「うん。悪い人には精霊は見えないんでしょ? ウィルはいい人だと話していても思ったし、寂しそうだったから……」

「昔の自分と重ねてしまったんだな。まぁ、仕方ないか。ウィル、今日クリスに聞いたことは、皇帝にも内緒にしていてくれるか?」

「昔の……? あ、あぁ、分かった。誰にも言わないよ。後で、レオン殿と二人で話がしたい」

 クリスについて聞きたいのか? あまり話してやる気はないが、クリスがウィルを気に入ってるみたいだしな。少しなら付き合ってやろうか。

「俺に話すことはないが……まぁ、良いだろう。それより、ウィルは剣を振れるか?」

「あぁ、剣術の稽古はしている」

「そうか。クリス、森で少し狩りをするか?」

「うん、そうだね。ウィルも少し体を動かした方がスッキリすると思うしね! コトラ、三人は乗れないかなぁ?」

「ウニャーン! ウニャニャッ!」

 コトラはいつもより少し大きめになってくれた。いつもがふた周りなら、三周りってところだな。

「え? ええ? 凄い、大きくなれるんだ……」

「レオンくんは一番後ろで平気?」

 驚いているウィルを放置して、クリスはどんどん話を進めて行くから、ウィルが取り残されてしまっているな。

「あぁ、大丈夫だぞ。ほら、ウィルも乗って……俺が、乗せてやろうか?」

 わざと揶揄からかうように言うと、ウィルは顔を赤くして、自力でコトラに乗ろうとした。

「だ、大丈夫だ! 自分で乗れる!」

 慌ててコトラに乗るウィルは、やはりプライドが高いようだな。しっかり勉強して来たのだろう。皇族としてのプライドは大事だからな。だが、クリスの雑な物言いにも怒らないし、そういった柔軟なところも好ましいな。

「行くよ――――――!」

 我が乗ったのを確認したクリスが、元気に出発の合図をした。コトラは三人分の重さをものともせずに、最初からそれなりのスピードで走り始めた。皇子は目を輝かせて楽しんでいるようだ。それを見たコトラは、いつもの猛スピードで魔物の森まで駆け抜けるのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

出来損ないの私がお姉様の婚約者だった王子の呪いを解いてみた結果→

AK
恋愛
「ねえミディア。王子様と結婚してみたくはないかしら?」 ある日、意地の悪い笑顔を浮かべながらお姉様は言った。 お姉様は地味な私と違って公爵家の優秀な長女として、次期国王の最有力候補であった第一王子様と婚約を結んでいた。 しかしその王子様はある日突然不治の病に倒れ、それ以降彼に触れた人は石化して死んでしまう呪いに身を侵されてしまう。 そんは王子様を押し付けるように婚約させられた私だけど、私は光の魔力を有して生まれた聖女だったので、彼のことを救うことができるかもしれないと思った。 お姉様は厄介者と化した王子を押し付けたいだけかもしれないけれど、残念ながらお姉様の思い通りの展開にはさせない。

帰国した王子の受難

ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。 取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。

(自称)我儘令嬢の奮闘、後、それは誤算です!

みん
恋愛
双子の姉として生まれたエヴィ。双子の妹のリンディは稀な光の魔力を持って生まれた為、体が病弱だった。両親からは愛されているとは思うものの、両親の関心はいつも妹に向いていた。 妹は、病弱だから─と思う日々が、5歳のとある日から日常が変わっていく事になる。 今迄関わる事のなかった異母姉。 「私が、お姉様を幸せにするわ!」 その思いで、エヴィが斜め上?な我儘令嬢として奮闘しているうちに、思惑とは違う流れに─そんなお話です。 最初の方はシリアスで、恋愛は後程になります。 ❋主人公以外の他視点の話もあります。 ❋独自の設定や、相変わらずのゆるふわ設定なので、ゆるーく読んでいただけると嬉しいです。ゆるーく読んで下さい(笑)。

【完結】ここって天国?いいえBLの世界に転生しました

三園 七詩
恋愛
麻衣子はBL大好きの腐りかけのオタク、ある日道路を渡っていた綺麗な猫が車に引かれそうになっているのを助けるために命を落とした。 助けたその猫はなんと神様で麻衣子を望む異世界へと転生してくれると言う…チートでも溺愛でも悪役令嬢でも望むままに…しかし麻衣子にはどれもピンと来ない…どうせならBLの世界でじっくりと生でそれを拝みたい… 神様はそんな麻衣子の願いを叶えてBLの世界へと転生させてくれた! しかもその世界は生前、麻衣子が買ったばかりのゲームの世界にそっくりだった! 攻略対象の兄と弟を持ち、王子の婚約者のマリーとして生まれ変わった。 ゲームの世界なら王子と兄、弟やヒロイン(男)がイチャイチャするはずなのになんかおかしい… 知らず知らずのうちに攻略対象達を虜にしていくマリーだがこの世界はBLと疑わないマリーはそんな思いは露知らず… 注)BLとありますが、BL展開はほぼありません。

十八歳で必ず死ぬ令嬢ですが、今日もまた目を覚ましました【完結】

藤原遊
恋愛
十八歳で、私はいつも死ぬ。 そしてなぜか、また目を覚ましてしまう。 記憶を抱えたまま、幼い頃に――。 どれほど愛されても、どれほど誰かを愛しても、 結末は変わらない。 何度生きても、十八歳のその日が、私の最後になる。 それでも私は今日も微笑む。 過去を知るのは、私だけ。 もう一度、大切な人たちと過ごすために。 もう一度、恋をするために。 「どうせ死ぬのなら、あなたにまた、恋をしたいの」 十一度目の人生。 これは、記憶を繰り返す令嬢が紡ぐ、優しくて、少しだけ残酷な物語。

婚約破棄されましたが、お兄様がいるので大丈夫です

榎夜
恋愛
「お前との婚約を破棄する!」 あらまぁ...別に良いんですよ だって、貴方と婚約なんてしたくなかったですし。

わたしを嫌う妹の企みで追放されそうになりました。だけど、保護してくれた公爵様から溺愛されて、すごく幸せです。

バナナマヨネーズ
恋愛
山田華火は、妹と共に異世界に召喚されたが、妹の浅はかな企みの所為で追放されそうになる。 そんな華火を救ったのは、若くしてシグルド公爵となったウェインだった。 ウェインに保護された華火だったが、この世界の言葉を一切理解できないでいた。 言葉が分からない華火と、華火に一目で心を奪われたウェインのじりじりするほどゆっくりと進む関係性に、二人の周囲の人間はやきもきするばかり。 この物語は、理不尽に異世界に召喚された少女とその少女を保護した青年の呆れるくらいゆっくりと進む恋の物語である。 3/4 タイトルを変更しました。 旧タイトル「どうして異世界に召喚されたのかがわかりません。だけど、わたしを保護してくれたイケメンが超過保護っぽいことはわかります。」 3/10 翻訳版を公開しました。本編では異世界語で進んでいた会話を日本語表記にしています。なお、翻訳箇所がない話数には、タイトルに 〃 をつけてますので、本編既読の場合は飛ばしてもらって大丈夫です ※小説家になろう様にも掲載しています。

【完結】剣聖と聖女の娘はのんびりと(?)後宮暮らしを楽しむ

O.T.I
ファンタジー
かつて王国騎士団にその人ありと言われた剣聖ジスタルは、とある事件をきっかけに引退して辺境の地に引き籠もってしまった。 それから時が過ぎ……彼の娘エステルは、かつての剣聖ジスタルをも超える剣の腕を持つ美少女だと、辺境の村々で噂になっていた。 ある時、その噂を聞きつけた辺境伯領主に呼び出されたエステル。 彼女の実力を目の当たりにした領主は、彼女に王国の騎士にならないか?と誘いかける。 剣術一筋だった彼女は、まだ見ぬ強者との出会いを夢見てそれを了承するのだった。 そして彼女は王都に向かい、騎士となるための試験を受けるはずだったのだが……

処理中です...