ゾンビの坩堝

GANA.

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ゾンビの坩堝【3】

ゾンビの坩堝(20)

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「ご苦労さん。ここはお前の担当だからな、奉仕活動のたびにやるんだぞ」
 えっ、と目をむくと、自治会がそう決めたんだ、とジャイ公は渋面を左右に振った。
「あの2540番の専属だからだろ。マジでひどいよな、自治会長は」
 あいつの専属……腹がひりつき、じんわりとただれてくる……のし、のしと歩くジャイ公と掲示板前に戻ると、ミッチーがぶらぶらしており、掃除を終えた者たちが疲れた足取りで集まってくる。それらが互いに離れ、そっぽを向く中でジャイ公はウーパーを捕まえ、今すぐトイレのペーパータオルを補充しろ、と命令し、それが戻ってくるのを待たずに参加者を見回した。
「みんな、お疲れっ!」
 ぱんと厚ぼったい手を合わせ、ねぎらうジャイ公にどんよりとした目が向く。散らばっていた欠片が、雑に組み合わされる雰囲気だった。各所の掃除が終わったことを確認し、ジャイ公が解散を告げると一同はふらふらと散っていく。帰ろうとした自分は、どら声に襟首をつかまれた。
「午後は、キャンプがあるからな。またここに来いよ」
 キャンプ……テントでも張るのだろうか……考えるのも億劫で、おざなりにうなずき、自分は手すり伝いにずるずる歩いた。ようやく148号室の取っ手をつかみ、開けた途端、鼻の奥に異臭が突き刺さる。真ん中のトイレシートに形の悪い染み……疲れて帰ったら、これか……耳に障ってくる、奥からのうなり声……しばらくすると昼食……臭いの元をさっさと取り除かなければ……自分は黒煙じみた息を吐き、シートの端をつまんでバケツに放り込んだ。
 まだ掃除終わってないのか、オカマ! のろま野郎っ!――
 壁越しの、かみつくどら声……ミッチーも獲物に容赦なくかじりついている。ディアに部屋の掃除をやらせていたのだろう……トイレシート入りバケツの持ち手をつかむと、右にふらつきそうになった。早く休みたいのに……汚物処理室から戻って、新しいトイレシートで穴埋めをして……その間も奥では、石臼を挽くような喉の震えが続いていた。吠え立てそうになるのをこらえ、自分は間仕切りカーテンをしゃっと閉め、どさっと座ってテレビをつけた。
 リハビリ……リハビリをしなければ……――
 情報番組では各地の発症者数を比べ、司会者とコメンテーターがどこか他人事に不安がっている。自身もゾンビになるかもと恐れ、そのくせ、大丈夫だろうと高をくくっている連中……お前等だって、そのうちこうなるんだ……薄っぺらな顔、顔、顔を呪っているところに昼食の放送が入る。
 奉仕活動のせいで、腹はすこぶる減っていた。通路で待ちかねていると、配膳車がだんだんとこちらに近付いてくる。牽引ハンドルを握って、踏み込み、踏み込み、引っ張ってきたメガネザルの鼻の穴は広がり、青い肌からあふれる汗がつんと臭う。その後方から、家畜を使役するごとく歩いてくる指導員……147号室の面々――ジャイ公、ミッチー、そしてウーパーが昼食を受け取り、かろうじて形を保つディアがかすれ声で礼を述べる。その後の自分はことさら背筋を伸ばし、トレイを取って頭を下げた。
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