ゾンビの坩堝

GANA.

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ゾンビの坩堝【3】

ゾンビの坩堝(21)

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 ちんけな唐揚げと蝋細工っぽいポテトサラダ、その上から味噌汁をぶっかけたノラの猫まんま……ちらほらするわけぎが、何とも汚らしい……今朝の仕返しに唐揚げを口に入れ、トレイを奥にがしゃっと置いて、咀嚼しながら自分は間仕切りカーテンを閉めた。寝床にあぐらをかき、まずはわけぎの味噌汁をすする。ぱさついた米飯の次はポテトサラダ、麦茶……乾物じみた唐揚げ……テレビの街角グルメでの、やたら大げさなコメントの合間に、間仕切りカーテンの向こうから、んちゃんちゃと咀嚼音が聞こえる。
 そうだ、またこっちの分を狙うに違いない……――
 ぱくった唐揚げの分だけ少ないわけだし……ピッチを上げて椀と皿を空っぽにし、トレイをカーテンの下から出す。ほどなく床を這う音がそこに近付いて、かちゃかちゃ、べろべろ、べろべろべろ、としつこく続く。
 ワケギ一つ残ってないぞ……ざまあみろ……――
 口を拭ったちり紙をごみ箱に投げ、自分はごろりと大の字になった。視界の端でぼやけるカーテンレール……テレビからの軽薄な笑い声……消費期限過ぎのコンビニ弁当並みにまずい飯だが、胃袋はそれなりに満たされた。配膳車に返したらリハビリをしよう……いつしかとろけ、微熱に混じっていく自分……遠くで、なにやらごそごそと……――
 あっ――
 がばっと跳ね起き、のぞいたカーテンの隙間から青黒い尻の力みが見えた。暗かった昨晩と違って、はっきりと……腰を落としたノラがうめき、細った全身から絞り出すように踏ん張って――
 おっ、おい!――
 おろおろしているうちに、もろっ、ぼとっ、と落ちる。そしてノラはテリトリーに這い込み、むおっとした便臭が鼻腔になだれ込んでくる。ぞわぞわ血がのぼってくる自分は間仕切りカーテンに爪を立て、厚かましい汚物をにらみつけた。なぜ、こいつは糞尿をして、その後始末を自分が……マール、マール、マール……何のために生きているんだ、こいつは……こめかみからしびれ、二重三重にぶれる自分は歯がみし、ぐっと息を止めて、汚物をぐしゃぐしゃに包んだトイレシートをバケツに投げ込んだ。奥に投げつけてやろうか、と一瞬よぎったが……それで汚物が散らばったら、片付けるのは結局自分……通路に出て空気をむさぼり、揺らめく頭を垂れて汚物処理室へ……と、共同トイレから病衣姿がふらりと出てくる。そのゾンビはこちらに気付くと色の悪い顔を背け、壁と手すり際まで離れて行き違った。重症化リスクを考慮してだろうが、このバケツのせい、あるいは……後始末をしているうちに自分自身まで汚物になっていく気がした。
 始末し終わって戻り、奥の分も配膳車に返却……多少でもましになれば、と空調を見上げ、自分は臭い部屋を後にした。
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