ゾンビの坩堝

GANA.

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ゾンビの坩堝【4】

ゾンビの坩堝(38)

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 デイルームでは、参加するらしい者たちが緩く輪を作っていた。黒いウェアラブル・デバイスの間隔を空ける、大半は北館の顔ぶれ……いつもの場所でケロノが鼻歌を歌い、ひん曲がった指で見えない弦をはじいている。臭ってきそうなほどアピールしていたが、鼻につくそれは誰にも見向きもされていなかった。小さくなった自分がどうにか輪に加わってまもなく、黒ヤマネコがフォロワーと現れて中央に立つ。すると核を得た輪は引き締まり、形を整えていった。鏡を嫌うように誰とも目を合わせない、伏し目や顔を背けた総勢二十数名……黒ヤマネコが主催者なのか……定刻ぎりぎりにジャイ公とミッチーが来て、輪を大蛇のごとくのたくらせた。
「皆さん、本日の集会にご参加いただき、ありがとうございます」
 挨拶し、ぱっちり目を巡らせる黒ヤマネコだったが、その焦点はどこにも合っていない感じがした。冷艶な青白い顔で、口角がにこやかにつり上がっている。あのギンガムチェック柄であって漆黒のローブではないが、どことなく現代風サバトというイメージが拭えなかった。
「初めての方もいらっしゃいますので、簡単にご説明させていただきます」
 黒ヤマネコは、右手とウォッチがはまる左手とをふんわり広げた。
「程度の差こそありますが、概して闘病はつらく苦しいもの。何かと悩みを抱えてしまうこともあるでしょう。どんなことでも構いません。声を聞かせてください。みんなで一緒に考えていきましょう」
 さっそく手が上がる。ケロノだった。主催者に促され、ほろ酔い加減で語り出す。
「ご存じの通り、ぼくはミュージシャンでね。あちこちのライブハウスで歌っていたんですよ。たくさんのファンがいて、チケットは飛ぶように売れていつも大入り満員! そのせいでしょうね、誰かからこの病気をうつされてしまったんです」
 残念そうに笑ったケロノは、ジグザグ指の両手を挙げ、裏、表と返し、握って開いた。
「前はもっとひどくて、スプーンを握るのも一苦労でしたけど、毎日のリハビリでここまでになったんです。声もそれなりに出るようになりました。だけど、社会復帰はもうちょっと先かな。ファンのみんなを待たせて悪いけどね」
「うるせえ、オンチ」
 どら声が投げつけられる。ふてぶてしく腕組みし、そっぽを向いたジャイ公のにやにや顔は悪ガキそのものだった。隣のミッチーが吹き出し、輪のあちこちから失笑が漏れる。固まるケロノ……黒ヤマネコは、野次の主にやんわり流し目した。
「1945番さん、否定的な発言はご遠慮ください」
「えっ?」わざとらしく、ジャイ公は目を丸くした。「おれ、何か言った?」
「皆さんも――」ざっと見回す、黒ヤマネコ。「ポジティブにお願いします。ネガティブから建設的なものは生まれません。よろしいですね」
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