ゾンビの坩堝

GANA.

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ゾンビの坩堝【4】

ゾンビの坩堝(39)

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 まつげがコウモリのごとく羽ばたき、黒ヤマネコはケロノに微笑んだ。
「3691番さん、ありがとうございます。早くファンの皆さんのところに帰れるといいですね」
 けぱっと笑顔になり、ケロノはうなずいた。
「そう言ってもらえると嬉しいです。音楽はアートだし、その、人それぞれ好みがあるから、そこら辺は仕方ないですね」
 そうですね、と首肯し、黒ヤマネコは拍手した。周り、自分もぱちぱちとお愛想で叩く。すると今度はジャイ公が挙手し、許可を待たずに話し始める。
「おれなんか人の何倍も努力しているからさ、モニタリングでも高得点をキープしているわけよ。奉仕活動も込み込みで評価は高いだろうし、その気になればすぐにでも社会復帰できるぜ。だけど、どうにも北館のことが気にかかってなあ……」
 悩ましげに首を振り、ジャイ公は北館と南館の格差をずらずら並べ立てた。空調の利き具合、照明の明るさ、三食の献立の内容、奉仕活動への参加……――
「たくさん寄付をしているヤツが、いいサービスを受けられるってのは分かるさ。奉仕活動をしなくてもいい評価が約束されていることもよ。おれたちだって出せるもんなら金を出したいけど、ない袖は振れないんだよなあ。ろくな仕事にありつけず、貯金はない。あるとしたら借金。足手まといや寄生虫はいても頼れる身内はそういない。つまりは、いわゆる人並みの生活すらままならない。北館はみんな、そんな感じだと思うぜ。とにかくそういうのはさ、努力だけじゃどうにもならない。運だよ、運。まあ、ガチャだな」
 熱っぽく語るジャイ公は右手で、カプセルトイのレバーを回す真似をした。
「南館にいるのは、ちょっとばかり運が良かっただけ……本当は、そこは北館の誰かの場所だったのかもな。だとすれば南の人間はさ、もっとおれらを気遣って当然じゃねえの?――なあ、3691番?」
 振られたカエル面はぎょっとし、にへっとへつらった。南館の者は居心地悪そうにうつむき、方々に顔をそらしている。自分には、もっともな発言に聞こえた。北館の面々も顔つきからすると同じらしい。微熱を帯びた輪は、ゆっくりと締まっていくようだった。
「ま、南館と言ってもピンキリだけどな」ジャイ公が鼻の下をかく。「一番人気の南東の角部屋を独占する誰かさんもいれば、デイルームすぐそばの、南というより西の部屋の奴もいる。窓がないとはいえ、方角次第で住み心地は結構違うだろ。な、アーティスト?」
 アーティストと呼ばれたケロノは、くすぐったそうにうなずいた。
「とにかくさ、おれとしては、みんながハッピーになればいいなって思ってんのよ。――3108番、あんたは副会長なんだから指導局に掛け合ってくれよ。南の分から北に回してくれって」
「貴重なご意見、ありがとうございます」3108番こと黒ヤマネコは、口元だけ微笑んだ。「自治会の役員として、皆さんが気持ちよく闘病に専念できるように検討してみましょう」
 そして、ぱちぱちと拍手……とりわけ北館の参加者から拍手されるジャイ公は、男性誌の表紙を飾るように腕組みして胸を張った。自分も、やや熱く手を叩いていた。それでは、と見回す黒ヤマネコの視線を感じ、すらっとそろった右手指先がこちらに向けられる。
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