ゾンビの坩堝

GANA.

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ゾンビの坩堝【7】

ゾンビの坩堝(61)

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 ははっ、と群れから笑いが起こり、固く閉ざされたドアにすがるロバ先生をなぶった。そこに仲間が戻ってきて、体調が悪いとかで起きてきません、と報告する。
「冗談じゃないぞ!」ジャイ公が大げさに憤る。「無責任にもほどがある! 引きずってでも連れてきてやる!」
 そのときデイルームの方からおずおずと制止があり、ジャイ公がそちらをぎろっとにらむ。こちらからは死角になって見えず、しかも声が小さくて聞き取りづらいが、かすかに震えるそれはディアだった。隣室でのやり取りを耳にしたのだろうが、わざわざ首を突っ込んでくるなんてどういうつもりなのか……ディアがぼそぼそ言い、ジャイ公側が面白半分に吠えて自分ははらはらした。ディアに何かあったら、ノラの世話はどうなるのか……気が気ではなくなって、手すり伝いに何歩か近付いたところ――
「じゃあ、お前が責任持って面倒見ろよ、オカマ!」
 どら声で言い渡し、ジャイ公は南館へと歩き出した。そしてミッチーたち……南はずるい、自治会ずるい……マール、マール、マール、マール……傍観していた青い顔が引っ込み、よたよたと視界に入ってきたディアがロバ先生の手前でへたり込む。手すりをつかみ、寄っていくと緊張の糸が切れた両名の、いまだに残るこわばりが見て取れた。
 だ、大丈夫ですか……――
 とりあえずのこちらの声にディアは顔を上げ、微笑もうとしたが、それは痛々しい半べそみたいだった。チープな歌声に目を向けたところ、いつもの場所でケロノが酔いしれている。共同電話のところには、受話器を握る者と順番を待つ者……先ほどまでのやり取りにも居合わせたのだろうか。もしかすると傍観者はもっといて、東通路と同じく引っ込んだのかもしれない……――
 ピィー、ピィー、ピィー――
 鳴り出した黒い輪を右手で押さえ、自分は後ずさった。ディアがロバ先生の面倒を……そうなるとノラは……ウーパーの体調とやらは分からないが、ジャイ公の呼び出しを拒むなんてよっぽどなのか……とにかく、ディアにはあいつの世話をやってもらわないと……――
 考えているうちに煙り、まぶたがずり落ちてくる……ノラとロバ先生、どっちもなんて……無理をさせてディアが潰れてしまったら……かといって、あいつとはかかわりたくない……やむなく自分は、ロバ先生こと2049番はこちらでやります、と苦み混じりに言った。
 だから、あっちを世話を続けてください……――
 瞬きしたディアはほっとした顔になり、立て直すように腰を上げた。それから青ざめたままのロバ先生を慰め、ウォッチに騒がれながら手すりにつかまらせ、腰を支えて立ち上がらせた。
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