ゾンビの坩堝

GANA.

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ゾンビの坩堝【9】

ゾンビの坩堝(87)

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 腹がちりちりし、先割れスプーンを持て余して……と、部屋の前をのしのしと通っていく。そしてそれに従う、傍若無人な足音……――
 もう、食べ終わったのか……――
 片引き戸の隙間からのぞくと、張り詰めた正座の真ん前にジャイ公、その左右にミッチー、フォックスがあぐらをかいている。それぞれの組んだ足の上には、朝食のトレイが載っていた。
「ああ、うまいなあ! めちゃくちゃうめえっ!」
 嬉々としたどら声がとどろく。乏しい語彙のグルメリポーターばりのコメントに、ミッチーたちが合いの手を入れる。ほかほかの大盛りご飯、ずっしりの卵焼き、からっとしてぶ厚い豚ヒレカツ、具がごろごろのポテトサラダ……ナスと油揚げたっぷりの味噌汁……松竹梅の松に違いないそれらは、聞いているこちらもよだれが出てくる。ディアとジャイ公たちはかなり近いが、黒い輪は見て見ぬ振りをしていた。マール、マール、マール……デイルームは拍動し、流れる斉唱はいくらか速く感じられる……ディアは何も言わず、膝上のこぶしの間を見つめていた。自分は片引き戸を閉め、テレビの音量を上げた。食欲は、すっかり失せていた。
 ジャイ公のことだ、この程度で済むはずがない……――
 正座は崩れなかったが、取り巻きによる見張り以外は無関心だった。奉仕活動では、その一隅をのぞいて床掃除をし、昼休みには黙々と共同電話に並ぶ……ケロノは反対側の壁際で歌い、黒ヤマネコは、感謝、ポジティブ云々と唱えながらウォーキング……一度、さまよい出てきたロバ先生が正座に目をとめ、戸惑った顔でたよた近付いたが、連れ戻しに来たウーパーともども見張りに追い払われてしまった。
 ジャイ公たちの嫌がらせは、昼食、夕食でもねちっこく行われ、ディアはこぶしを固め続けていた。そういえば、ずっとあそこに正座していて、洗面所やトイレに立っていない……昨夜から飲まず食わずだから、なのだろうが……肌の青みが増し、黒ずんでいく姿は、そのうち塗り潰されてしまいそうだった。
 もうやめろ……頭を下げればいいだけじゃないか……――
 直接そう言ってやりたかったが、合わせる顔などあるはずもない。いきさつはどうあれ、この部屋を乗っ取って……ノラとロバ先生は食事を減らされ、ウーパーはハブ……薄れていくそれらを振り払おうとするほど、頭が熱くなってもうろうとしていく……――
 消灯時刻を迎え、一隅もろともデイルームはまた真っ暗になった。暗がりであえぎ、もがいているうちに翌朝がやってくる。
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