ゾンビの坩堝

GANA.

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ゾンビの坩堝【9】

ゾンビの坩堝(88)

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 ディアはあのままで、昨日よりも黒ずんでいた。
 それを見ないようにリハビリ体操をし、南館の最後列で自分はうつむいた。ヘッドは、ハンストに一切触れなかった。あの一隅など存在しないかのように……だが、毎食時の嫌がらせは続いた。自分は腹を壊し、朝食も昼食もほとんど残した。夕食は数口で終わり、どうにも落ち着かず取っ手に手をかけ、のぞいてみたところ、コップを手にしたウーパーがディアにこそこそ近付いている。
 水を飲ませようとしているのか……――
 指導員は配膳車と北館、南館それぞれを回っており、デイルームには二人以外いない。監視カメラはあるが、指導局に気付かれないうちなら……しかし、ディアは差し出されたコップに目をつぶって、首をふらふら左右に振った。ウォッチが発報し、ウーパーのおびえた目がきょろきょろして、こちらと合う――が、それはすぐにそらされ、薄暗い北館に消えてしまった。
 冷たい取っ手に手がしびれ、自分はそのままウーパーの消えた辺りを見ていた。当然だろう……ここに、こうしているのだから……視線を正座に移し、いつしか自分はにらみつけていた。
 そんなことを続けて、何になる……――
 ゾンビたちは寄りつかず、南館に移ろう、戻してもらおうと励むばかりだ。施設側にしたって、コストカットできたと喜ぶだけ……さっさとやめろ、やめてしまえ……一度はノラを投げ出したくせに……何度も便座に座って、汚泥状の便をちょぼちょぼ出すうち消灯になってしまった。
 三日目……ディアは、いよいよ風前の灯火だった。ヘッドは危うげな正座を一瞥し、厳かな社章の前でいら立たしげに腕を組んだ。
「先日あんなことがあったばかりだし、そろそろどうにかしてもらわないとな」
 そう丸投げし、ヘッドたちはエレベーターに消えてしまった。神妙に頭を下げたジャイ公は、でかい苦虫をかみ潰したような顔で一隅を振り返った。
「おいっ! いつまでやってんだっ!」
 踏みにじる足取りで近付き、ジャイ公は上から正座をにらみつけた。
「喉はからから、腹はぺこぺこのくせによ。つまらない意地張ってないで、とっとと部屋に帰れ。なんなら、あのウソつきも許してやる。ハブをやめてやるよ」
 ディアは膝の上のこぶしを見つめ、喉をかさつかせた。
「……ちんまりとか、全部やめさせてください……北館、うちの部屋の人たちも、南館と同じ待遇にしてもらえませんか……」
「おい、何様だよ!」どら声が激する。「お前らみたいな役立たずも、ってか! どんだけ図々しいんだよ! 要求する前にな、努力をしろ、努力をよ!」
「……役に立たなきゃ、いけないんですか……」
「あん?」
「体操や掃除をしようにも、できない人間だっています……あなたたちの評価に値しないからって、ひどい扱いをするのは違うと思います……」
「ひどい扱いなんかしてねえよ! なんで身の程をわきまえねえんだよ! 役立たずのくせによ!」
 おっしゃる通りですね、というふうにうなずく黒ヤマネコが最後列からも見えた。互いに離れたゾンビたちはうつむいたままで、北館側でさえ、早く朝礼が終わってくれないか、という気だるさが立ちのぼっている。マール、マール、マール……ディアは折れそうな背を突っ張らせ、うめくように、うなるように返した。
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