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第三章
ホントは優しい人なんです
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人妻宣言をしてからというもの、イズミルとグレアムとの関係は良好かどうかというと……わりと良好であった。
既婚者で完全に妃候補者から外れるという事で警戒は解除されたらしい。
一度懐に入れると仲間意識を深くもつ性分なのか、それともイズミルの物怖じの無さがそうさせるのか。
グレアムもその側近たちも以前とは別人のように接してくれるようになった。
宣言をしたのがまだほんのひと月前の事なのに、グレアムはイズミルが淹れたり、差し出した紅茶も躊躇なく口にするようになっている。
「意外とチョロいですわ……」
「ん?何か言ったか?」
カップをソーサーに置きながらグレアムが言った。
「いえ、何も」
イズミルはニッコリと微笑んで、その後にリザベルへとお茶を差し出した。
今日は王室規範について重要な報告があるので、リザベルにも執務室に足を運んで貰っている。
「それで?報告したい事とは何かしら?」
リザベルが今日も変わらず優雅な仕草で言った。
「はい。規範の解呪と解読と翻訳は順調に進んでおります。でもページが進んでいって初めて気が付いたのですが、王族の婚姻についての項目のページだけが切り取られているのです」
「切り取られて!?婚姻の項目って……一番肝心なところではないの!」
ほとんど悲鳴に近い声でリザベルが大声を発した。
そして間髪入れずに矢継ぎ早にイズミルに問いかける。
「その切り取られたページはどこにあるのっ?前後の項目で大凡の予測はつかないのっ?」
イズミルはリザベルを宥めるよう隣に座った。
「リザベル様、どうか落ち着いてくださいませ。
残念ながら切り取られたページがどこにあるのか検討もつきません。城内のどこかにあるのかそれとも城外に持ち出されたのか……でも項目の内容の予測はついてます。おそらく、正妃や側妃、妃に関する規定が記されていたのではないかと……」
それを聞き、リザベルが天井を仰ぎ見た。
「なんて事なの……一番知りたくて、一番編纂したいところではないの……」
グレアムがイズミルに尋ねる。
「切り取られたページが既に焼却や廃棄されている可能性は?」
「犯人は間違いなく狂妃ダンテルマだと思われます。彼女は200年前の側妃なので確かな事はわかりませんが、彼女が掛けた嫌がらせじみた呪いの内容から見て、廃棄も焼却もされていないのではないかと思っています」
「なぜそう考える?」
「規範についての諸々は全て、ダンテルマによる
王室へのちょっとした仕返しのようなものと印象づけられるからです。もっともこの見解は師匠の受け売りですが…」
「なるほどな……」
グレアムがなにやら思案しながらリサベルに言った。
「太王太后、ここまでややこしいのであれば無理に規範の改定を推し進めなくてもよいのではないですか?」
「は?」
「もちろん規範が王室にとって大切なものである事はわかっています。しかし呪いやら捜索やらと、ここまで手間の掛かるものであるならば今まで通り放置……でも良いのでは?」
グレアムのその言葉にリサベルは激昂した。
「誰のためにこんな苦労をしていると思っているのです!もうじき後宮に残った唯一の妃も廃妃になるのに、一人も世継ぎがいない所為でしょう!新たに血筋に関係なく妃を迎え入れるためにわざわざ規範を改定しなくてはならない状況を貴方が作っているからでしょう!」
「リ、リサベル様……」
(け、血圧が……心配だわ)
リサベルを気遣うイズミルを他所に、グレアムが驚きの声をあげた。
「最後の妃がもうすぐ廃妃っ?まだ後宮に残っていたというのですかっ?」
「「………は?」」
これには思わずイズミルも声を発してしまった。
リサベルが慌てて確認するように問うた。
「ちょっ、ちょっと待ってグレアム。貴方、まさか、もう後宮には誰も残っていないと思っていたの?最後の妃が成人まで後宮に
留まる事を許したのは他ならぬ貴方なのよっ?」
「それはもちろん覚えていますよ。でもあれからもう八年ですよ?さすがにもう既にどこかへ再嫁してると思うでしょう。まさかまだ居たとは……」
「あ、あ、呆れたわ……」
リサベルが一気に脱力した。
だがそっと、イズミルの手に自身の手を重ねた。
その温もりに労りの心を感じる。
しかしこれは、イズミルにとってかなりショックな発言であった。
まさか“忘れられた妃”は揶揄ではなく真実であったとは……。
それも他ならぬグレアム自身に……。
最後の妃が後宮に残っているかそうでないか、関心さえ寄せてなかったとは……。
それからの事をイズミルはあまり覚えていない。
多分、そのまま差し障りなく接して差し障りなく終えたのだろう。
でもその後も、らしくもなく悶々としてしまう。
就寝時間が近づいてもいつも通り眠れる気がしない。
そうであれば作業を少しでも進めようと、イズミルはターナに先に休むように告げて、執務室近く作業場へと足を運んだ。
何かに没頭している時は他の事を考えずに済む。
心を落ち着かせるには一番だった。
イズミルは段々と作業に集中していった。
そんな時、不意に声をかけられた。
「こんな時間に何をしているんだ」
「ひゃっ!?」
驚き過ぎて思わず飛び上がってしまう。
振り返ると部屋の入り口の所で腕を組んでこちらを見ているグレアムがいた。
グレアムの服装はラフなシャツにスラックスといった、完全にもはや寝るだけのスタイル。
いつも国王にふさわしく隙のない服装をしているグレアムとのギャップに、イズミルの心情は穏やかではいられない。
そんな心情を悟られないよう注意しながらイズミルは答えた。
「……解呪を終えた規範の翻訳をやれるところまで終わらせておこうかと思いまして……」
「こんな時間までか?」
「……はい」
時計を見れば、もうすぐ日付が変わろうとしている。
「……もうすぐ夏の夜会の準備が始まりますので、色々と忙しくなる前に少しでも翻訳の作業を進めておこうかと…陛下はなぜこんな時間にこちらへ?」
イズミルが尋ねると、グレアムが片眉を上げて言った。
「魔力の気配を感じたのだ。一人で解呪作業も
行っていただろう?」
軽く非難するようにジト目で見られ、イズミルは焦った。
「安眠妨害をしてしまいましたか?申し訳ありません、まさか魔力の漏洩でご迷惑をお掛けするとは……」
イズミルの謝罪にグレアムは首を横に振る。
「そうじゃない。女性ひとりでこんな時間まで作業をするなと言いたいのだ」
「え……」
(もしかして心配して下さっているの?)
不敬だとは思うが、まさかの気遣いにイズミルは内心軽く狼狽えた。
「明日は規範の一部の捜索もある。寝不足では
いい仕事は出来ないぞ。もう寝ろ」
「大丈夫です。勉強などで徹夜作業には慣れており「ダメだ、今すぐ帰れ」
大した事ないと軽く言おうとしたら、有無を言わせない圧力で遮られた。
「……わかりました、帰ります」
イズミルは観念して、机の上を片付けて始める。
私物を持って退室しようとグレアムを見やると、なぜかグレアムがすぐ近くに寄って来た。
「あの、陛下?どうなされたのですか?」
「どうもこうもない、こんなに遅い時間に一人で
帰せるか。送って行く」
「えぇ!?」
思いがけない言葉に、イズミルは驚きを隠せなかった。
まさか身を案じてくれようとは……。
信じられない気持ちでいっぱいになりながらも、イズミルの心はじんわりと暖かくなる。
(本当は女性とあまり関わりたくなんてないでしょうに……そう、陛下は本来はとても優しい方なのよ……)
グレアムに気遣われて、嬉しくて思わず顔がニヤけてしまう。
しかしある事に気がついた。
(まずいわ……送って貰いなんかしたら、後宮から
来ているとバレてしまう……!)
これはなんとか回避せねば……。
イズミルは焦りつつも笑顔を崩さずグレアムに
言った。
「きょ、今日はもともと遅くなるつもりでしたので、城内にお部屋を借りておりますの。部屋はすぐ近くですし、城の中は安全なので、わざわざ陛下のお手を取らせるわけにはまいりませんわ」
「たとえ城内であろうと完璧なセキュリティなどないのだ。それに時間が遅すぎる、ほらつべこべ言わずに行くぞ。早くしろ」
そう言うとグレアムはさっさと行ってしまう。
「っ~~~……!」
イズミルは仕方なくグレアムの後を追った。
静寂が包む夜の廊下に二人分の足音が響く。
歩幅ひとつ分後ろを歩くイズミルはぼんやりとグレアムの背を見つめた。
広い背中……。
幼い頃はもっと身長差があったのに当たり前だがいつのまにかその距離は縮まっている。
それでも長身のグレアムとは頭ひとつ分以上の差がある。
イズミルも女性にしては背が高い方なのに。
そんな些細な事でも胸がキュンとする自分に
泣けてくる。
想いを募らせてもどうしようないとわかっていながらも、その想いを捨てることが出来ないのだ。
わかっている。自分はもうすぐ廃妃となる身。
いやそれどころか、後宮に居残る第三妃としてのイズミルの事など忘れられていたのだ。
想い続けている事が虚しくて思わず放り投げてしまいたくなるような状況だが、それでも……今この夜だけはとイズミルはグレアムを想う自分を許した。
(ねぇグレアム様。わたしたち本当は夫婦なのですよ。貴方はわたしの夫でわたしは貴方の妻。もうすぐそれも終わりを告げますが、少なくとも今はまだ、わたし達は夫婦なのです……なんだか不思議な気持ちですよね)
黙って歩くグレアムにそっと心の中で話しかけながら、イズミルはふふっと微笑みを浮かべた。
結局イズミルは適当な空き部屋の前でここでよいと言って、グレアムと別れた。
その後こっそりと後宮に戻り、一人で入浴をしてベッドに入る。
眠れそうにない原因を作ったのはグレアムだが、眠れるように気を静めてくれたのもグレアムだった。
(ホントに人騒がせな王様だこと)
そう思いながら、イズミルはいつしか眠りの世界に落ちていた。
既婚者で完全に妃候補者から外れるという事で警戒は解除されたらしい。
一度懐に入れると仲間意識を深くもつ性分なのか、それともイズミルの物怖じの無さがそうさせるのか。
グレアムもその側近たちも以前とは別人のように接してくれるようになった。
宣言をしたのがまだほんのひと月前の事なのに、グレアムはイズミルが淹れたり、差し出した紅茶も躊躇なく口にするようになっている。
「意外とチョロいですわ……」
「ん?何か言ったか?」
カップをソーサーに置きながらグレアムが言った。
「いえ、何も」
イズミルはニッコリと微笑んで、その後にリザベルへとお茶を差し出した。
今日は王室規範について重要な報告があるので、リザベルにも執務室に足を運んで貰っている。
「それで?報告したい事とは何かしら?」
リザベルが今日も変わらず優雅な仕草で言った。
「はい。規範の解呪と解読と翻訳は順調に進んでおります。でもページが進んでいって初めて気が付いたのですが、王族の婚姻についての項目のページだけが切り取られているのです」
「切り取られて!?婚姻の項目って……一番肝心なところではないの!」
ほとんど悲鳴に近い声でリザベルが大声を発した。
そして間髪入れずに矢継ぎ早にイズミルに問いかける。
「その切り取られたページはどこにあるのっ?前後の項目で大凡の予測はつかないのっ?」
イズミルはリザベルを宥めるよう隣に座った。
「リザベル様、どうか落ち着いてくださいませ。
残念ながら切り取られたページがどこにあるのか検討もつきません。城内のどこかにあるのかそれとも城外に持ち出されたのか……でも項目の内容の予測はついてます。おそらく、正妃や側妃、妃に関する規定が記されていたのではないかと……」
それを聞き、リザベルが天井を仰ぎ見た。
「なんて事なの……一番知りたくて、一番編纂したいところではないの……」
グレアムがイズミルに尋ねる。
「切り取られたページが既に焼却や廃棄されている可能性は?」
「犯人は間違いなく狂妃ダンテルマだと思われます。彼女は200年前の側妃なので確かな事はわかりませんが、彼女が掛けた嫌がらせじみた呪いの内容から見て、廃棄も焼却もされていないのではないかと思っています」
「なぜそう考える?」
「規範についての諸々は全て、ダンテルマによる
王室へのちょっとした仕返しのようなものと印象づけられるからです。もっともこの見解は師匠の受け売りですが…」
「なるほどな……」
グレアムがなにやら思案しながらリサベルに言った。
「太王太后、ここまでややこしいのであれば無理に規範の改定を推し進めなくてもよいのではないですか?」
「は?」
「もちろん規範が王室にとって大切なものである事はわかっています。しかし呪いやら捜索やらと、ここまで手間の掛かるものであるならば今まで通り放置……でも良いのでは?」
グレアムのその言葉にリサベルは激昂した。
「誰のためにこんな苦労をしていると思っているのです!もうじき後宮に残った唯一の妃も廃妃になるのに、一人も世継ぎがいない所為でしょう!新たに血筋に関係なく妃を迎え入れるためにわざわざ規範を改定しなくてはならない状況を貴方が作っているからでしょう!」
「リ、リサベル様……」
(け、血圧が……心配だわ)
リサベルを気遣うイズミルを他所に、グレアムが驚きの声をあげた。
「最後の妃がもうすぐ廃妃っ?まだ後宮に残っていたというのですかっ?」
「「………は?」」
これには思わずイズミルも声を発してしまった。
リサベルが慌てて確認するように問うた。
「ちょっ、ちょっと待ってグレアム。貴方、まさか、もう後宮には誰も残っていないと思っていたの?最後の妃が成人まで後宮に
留まる事を許したのは他ならぬ貴方なのよっ?」
「それはもちろん覚えていますよ。でもあれからもう八年ですよ?さすがにもう既にどこかへ再嫁してると思うでしょう。まさかまだ居たとは……」
「あ、あ、呆れたわ……」
リサベルが一気に脱力した。
だがそっと、イズミルの手に自身の手を重ねた。
その温もりに労りの心を感じる。
しかしこれは、イズミルにとってかなりショックな発言であった。
まさか“忘れられた妃”は揶揄ではなく真実であったとは……。
それも他ならぬグレアム自身に……。
最後の妃が後宮に残っているかそうでないか、関心さえ寄せてなかったとは……。
それからの事をイズミルはあまり覚えていない。
多分、そのまま差し障りなく接して差し障りなく終えたのだろう。
でもその後も、らしくもなく悶々としてしまう。
就寝時間が近づいてもいつも通り眠れる気がしない。
そうであれば作業を少しでも進めようと、イズミルはターナに先に休むように告げて、執務室近く作業場へと足を運んだ。
何かに没頭している時は他の事を考えずに済む。
心を落ち着かせるには一番だった。
イズミルは段々と作業に集中していった。
そんな時、不意に声をかけられた。
「こんな時間に何をしているんだ」
「ひゃっ!?」
驚き過ぎて思わず飛び上がってしまう。
振り返ると部屋の入り口の所で腕を組んでこちらを見ているグレアムがいた。
グレアムの服装はラフなシャツにスラックスといった、完全にもはや寝るだけのスタイル。
いつも国王にふさわしく隙のない服装をしているグレアムとのギャップに、イズミルの心情は穏やかではいられない。
そんな心情を悟られないよう注意しながらイズミルは答えた。
「……解呪を終えた規範の翻訳をやれるところまで終わらせておこうかと思いまして……」
「こんな時間までか?」
「……はい」
時計を見れば、もうすぐ日付が変わろうとしている。
「……もうすぐ夏の夜会の準備が始まりますので、色々と忙しくなる前に少しでも翻訳の作業を進めておこうかと…陛下はなぜこんな時間にこちらへ?」
イズミルが尋ねると、グレアムが片眉を上げて言った。
「魔力の気配を感じたのだ。一人で解呪作業も
行っていただろう?」
軽く非難するようにジト目で見られ、イズミルは焦った。
「安眠妨害をしてしまいましたか?申し訳ありません、まさか魔力の漏洩でご迷惑をお掛けするとは……」
イズミルの謝罪にグレアムは首を横に振る。
「そうじゃない。女性ひとりでこんな時間まで作業をするなと言いたいのだ」
「え……」
(もしかして心配して下さっているの?)
不敬だとは思うが、まさかの気遣いにイズミルは内心軽く狼狽えた。
「明日は規範の一部の捜索もある。寝不足では
いい仕事は出来ないぞ。もう寝ろ」
「大丈夫です。勉強などで徹夜作業には慣れており「ダメだ、今すぐ帰れ」
大した事ないと軽く言おうとしたら、有無を言わせない圧力で遮られた。
「……わかりました、帰ります」
イズミルは観念して、机の上を片付けて始める。
私物を持って退室しようとグレアムを見やると、なぜかグレアムがすぐ近くに寄って来た。
「あの、陛下?どうなされたのですか?」
「どうもこうもない、こんなに遅い時間に一人で
帰せるか。送って行く」
「えぇ!?」
思いがけない言葉に、イズミルは驚きを隠せなかった。
まさか身を案じてくれようとは……。
信じられない気持ちでいっぱいになりながらも、イズミルの心はじんわりと暖かくなる。
(本当は女性とあまり関わりたくなんてないでしょうに……そう、陛下は本来はとても優しい方なのよ……)
グレアムに気遣われて、嬉しくて思わず顔がニヤけてしまう。
しかしある事に気がついた。
(まずいわ……送って貰いなんかしたら、後宮から
来ているとバレてしまう……!)
これはなんとか回避せねば……。
イズミルは焦りつつも笑顔を崩さずグレアムに
言った。
「きょ、今日はもともと遅くなるつもりでしたので、城内にお部屋を借りておりますの。部屋はすぐ近くですし、城の中は安全なので、わざわざ陛下のお手を取らせるわけにはまいりませんわ」
「たとえ城内であろうと完璧なセキュリティなどないのだ。それに時間が遅すぎる、ほらつべこべ言わずに行くぞ。早くしろ」
そう言うとグレアムはさっさと行ってしまう。
「っ~~~……!」
イズミルは仕方なくグレアムの後を追った。
静寂が包む夜の廊下に二人分の足音が響く。
歩幅ひとつ分後ろを歩くイズミルはぼんやりとグレアムの背を見つめた。
広い背中……。
幼い頃はもっと身長差があったのに当たり前だがいつのまにかその距離は縮まっている。
それでも長身のグレアムとは頭ひとつ分以上の差がある。
イズミルも女性にしては背が高い方なのに。
そんな些細な事でも胸がキュンとする自分に
泣けてくる。
想いを募らせてもどうしようないとわかっていながらも、その想いを捨てることが出来ないのだ。
わかっている。自分はもうすぐ廃妃となる身。
いやそれどころか、後宮に居残る第三妃としてのイズミルの事など忘れられていたのだ。
想い続けている事が虚しくて思わず放り投げてしまいたくなるような状況だが、それでも……今この夜だけはとイズミルはグレアムを想う自分を許した。
(ねぇグレアム様。わたしたち本当は夫婦なのですよ。貴方はわたしの夫でわたしは貴方の妻。もうすぐそれも終わりを告げますが、少なくとも今はまだ、わたし達は夫婦なのです……なんだか不思議な気持ちですよね)
黙って歩くグレアムにそっと心の中で話しかけながら、イズミルはふふっと微笑みを浮かべた。
結局イズミルは適当な空き部屋の前でここでよいと言って、グレアムと別れた。
その後こっそりと後宮に戻り、一人で入浴をしてベッドに入る。
眠れそうにない原因を作ったのはグレアムだが、眠れるように気を静めてくれたのもグレアムだった。
(ホントに人騒がせな王様だこと)
そう思いながら、イズミルはいつしか眠りの世界に落ちていた。
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