上 下
19 / 83
第三章

あの日

しおりを挟む
今回、
人が苦しんだり命を失う描写があります。
苦手な方は読むのをご遠慮くださいませ。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




あの日起こった事を

イズミルは今でも鮮明に思い出せる。

呻き苦しむ女たち、

血反吐を吐く者、

ビクビクと痙攣を起こしている者、

既に事切れて白目を剥いている者……

イズミル自身も苦しくて痛くて辛くて、
涙が勝手に流れていた。

風の精霊シルフィールたちが懸命に浄化作業に入ってくれてる。

〈でももうわたしはダメなんじゃないかしら……
こんな形でお父さま達の元へ行くことになるなんて……
ジルトニアのために尽力してくれたグレアム様に
申し訳ないわ……もう一度…グレアム様に会いたかったな……〉

イズミルは自らの視界がボヤけてきたのがわかった。
それが涙の所為なのか命を失う寸前の
ものなのかわからない。

ただとても冷たく、寒かった。

そんな時、急に熱を持った何かに包まれた。

力強く、生命いのちが溢れ落ちないように繋ぎ止めてくれているみたいだった。

強く、強く抱き抱えられている。

「グレ…アム…様…」

意識を失う寸前
全ての輪郭がぼやけた中で、
グレアムの深いブルーの瞳を見た気がした。



◇◇◇◇◇



その日、
後宮に今もなお留まっている前国王の側妃たち
皆を呼んで、
盛大な別れの宴を開こうとアマリアが言った。

「あの人達、再三に渡って後宮を出るように言われているのにまだ居座っているのよ。それどころか、今度はグレアム様の寵愛を狙っている不届きな女もいるって。だから別れの宴でも開いて、自分達はもうお払い箱だと知らしめて笑ってやりましょうよ」

〈……悪趣味じゃないかしら?
なぜわざわざそんな事を?〉

イズミルには到底理解出来なかった。

「でも、前国王陛下が亡くなられて喪に服している時に、宴だなんて不謹慎ではありませんか?」

イズミルがそう言うと
アマリアはあからさまに不機嫌な顔をした。

「これは他ならぬグレアム様の為に行う宴なのよ?グレアム様を悩ます、マチルドを筆頭としたあの女達をさっさと追い出すためなのだから。まぁそのついでに今までの仕返しもしてやろうというだけよ」

やはり悪趣味だ……とイズミルは思った。

でもこうと決めたら他の意見など聞き入れない
アマリアの事だ。何を言っても無駄だろう。

アマリアはその日のうちに女官長や女官、
そして侍女たちに、明日には宴を開けるよう
急いで準備をするよう命じた。

そして現国王の妃として、
前国王の側妃達に必ず宴に出席するよう
通達を出した。


そしてあの日が訪れる。

皆の運命を全て変えてしまったあの日が。




◇◇◇◇◇


「後宮で異変!?どういう事だっ!?」

報せを受け、
グレアムは急ぎ後宮へと向かっている。


「それが……アマリア妃が突然、
前国王陛下の側妃様方を招いて宴を開くと仰られたそうで……」

報告を受けた侍従の一人がグレアムに説明をする。

「喪中に宴だと!?」

「は、はいっ、リザベル様が保養地へ向かわれた
隙を狙って催されたかと思われます」

「何を勝手な事をっ……」

とにかくまだ何も情報が入って来ていないようで、

グレアムの側近たちも侍従たちも
対応に追われているようだった。



そして後宮に着く。



侍従が外側から施錠されている鍵を開け、
後宮の入り口となる扉を開く。

その途端、異様な匂いが鼻を突いた。


甘い香りに血の匂い、香水の香りに汚物の臭い。

それだけで“何か”が起きた事を
否が応でも理解させられる。


そして宴が行われているという広間の扉を開けた。



そこに広がっていたのは、


目の前に広がっていたのは、


屍と化した後宮の女たちの力無く横たわる姿だった。

まだ息のある者は
呻き声をあげ、のたうち回っている。

既に事切れている者は皆
血反吐を吐いたのであろう、
咽せ返るような血の匂いが広間中に充満している。
それに加え漏れ出した汚物の臭いと女たちが浴びるように身につけていた香水の香り……。

そしてその中に僅かに紛れ込むように
香るこの匂いは……


瞬間、グレアムが叫んだ。


「毒香だっ!!毒香が焚かれいるぞっ!
皆、息を止めろっ!!」

それを聞き、ランスロットを始めとする皆が腕や手で鼻や口を押さえた。


グレアムが強風を巻き起こし、
毒香の煙を吹き飛ばした。


その時、視界の端に小さな体を見つける。
グレアムはその場所に駆け寄った。

そして小さな少女の体を抱き上げる。

第三妃のイズミルだ。


なんて事だっ……まだほんの子どもなのにっ……


でもその時、僅かにイズミルの目が開いた。

「グレ…アム…様…」

「っ……!!」 


生きてる! 

グレアムはランスロットに向け叫んだ。

「すぐに医療魔術師呼を呼べっ!」



結局
この時助かったのはイズミルの他、
僅か一人であった。

総勢15名ほどいた者たちの中でたった二人。

他は皆、生命を落とした。

宴を催したアマリアも、女官長も、
父王の側妃たちも、侍女たちも、

そして毒の香を焚いたマチルドも……。


イズミルの他たった一人生き残った侍女に
話を聞くと、アマリアは宴に側妃達とマチルドを招き、そこで皆を嘲笑いながら貶めたという。

今までの恨みつらみと蔑みを込め、
後宮を追われて行く女達を嘲り笑ったらしい……。


〈愚かな事を……〉


その中でマチルドが皆の目を盗んで
毒の香を焚いたと。


その後、マチルドの自室で遺書が見つかった。

マチルドは最初から皆を道連れに命を絶つつもりで宴に参加したらしい。

自分には帰る所がない。
誰にも頼れず一人寂しく朽ちてゆくだけなら、
いっそ後宮ここで潔く散ろうと。

それなら皆も死ねばいい。

自分を虐めた女たちも、

これからも後宮で妃として生きてゆける
アマリアとイズミルも、

皆、まとめて死ねばいいと
遺書にはそう書かれていたらしい。

〈なんと自分本意で身勝手な……〉



幸い、イズミルはその後後遺症もなく回復に
向かっているという。

いち早く毒の香に気付いた
イズミルの風の精霊が、主を守る為に咄嗟に
シールドを張ったらしい。

でも僅かに毒を吸い込んでしまったイズミルは、
身体の小ささも災いして毒の影響を
受けてしまった。

その後も風の精霊たちの必死な浄化作業により、
大事には至らなかったという。

イズミルと精霊たちは
普段から良い関係を築いているのであろう。

そうでなければイズミルは今頃
他の女達と共に墓の中で眠っていた事だろう。


この出来事はおそらくイズミルにとって
思い出したくもない忌まわしき記憶となるだろう。

それはこの城…この国にいる限り着いて回る
悍ましい過去だ。

ここから遠く、関係ない土地で生きてゆく方が
彼女のためになるのではないか。

出来る事ならグレアムがそうしたいくらいだった。

しかし自分はこの国の王。
民を、臣下を捨てる事など出来ようものか。


だけど………

もう女の顔は見たくなかった。

全ての女が後宮の女達のようだとは思わない。

でも出会う女が、次に妃に娶る女が
そうではないと誰が言い切れる?

マチルドも最初はただの大人しい娘だった。

それがあんな風に変わるのだ。

とてもじゃないが、しばらくは女を信じる事が
出来そうもなかった。

というか絶対にしばらく女に近づきたくもない。

どうしてもあの悍ましい光景が脳裏に焼き付いて
離れない。

あの光景を、あの匂いを思い出すだけで
頭痛がして吐き気を催す。


グレアムは決意した。

………後宮を閉じよう。

あんな場所、二度と足を踏み入れたくもなかった。


翌日、グレアムは急遽保養地から戻って来た
リザベルに後宮閉鎖を告げた。

そしてただ一人生き残った妃、
イズミルは体の回復を待って、他国の王族か
上位貴族との縁組を用意する旨を伝えた。


リザベルはイズミルの意向も汲んでやって欲しいと頼み、イズミルに意思を確認した。


イズミルにはグレアムの恩義に報いるという
大望があった。

そのため後宮ここを去るわけにはいかないと、
成人まではここに留まる事を望んだ。

贅沢など出来なくてもよい。

教育さえ受けさせて貰えればそれでいい。

そう言って、後宮に留まる事を望んだ。


リザベルは恩返しの件は伏せた上で
幼い身での再稼へのリスクと
祖国を失い、もはや帰る国のないイズミルの
願いを聞き届けてやって欲しいと懇願した。

イズミルに何の非もない事は
もちろんグレアムもわかっていた。

でもどうしてもお互い顔を合わせれば
あの日の事を思い出すであろうと、
不干渉でも良いのであれば後宮に留まる事を
認めるという条件を付けた。

今のグレアムに何を言っても無駄だと
悟ったリザベルは、その条件を飲んだ。

そして今後はイズミルの後見人は自分が請け負うとした。



こうしてイズミルは
ハイラント王国後宮にただ一人残された妃となった。

体が回復した後は勉学に勤しみ、
グレガリオに師事し、
グレアムに大恩を返せるように努力した。

そしてそれは見事、花開き、実を結び、
今はグレアムの下で働けている。

あの日以来、

拗らせ続けているグレアムの心も少しずつ
解せてゆけたらいいのに……。


イズミルはいつしか
そう強く思うようになっていた。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



作者のひとり言。


いつもは朝に更新しておりますが、
今回は内容が内容なので夜にお届け致します。


































しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

婚約者の密会現場を家族と訪ねたら修羅場になりました

恋愛 / 完結 24h.ポイント:248pt お気に入り:37

能力1のテイマー、加護を三つも授かっていました。

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:11,006pt お気に入り:2,217

メイドを妊娠させた夫

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,918pt お気に入り:248

ご令嬢が悪者にさらわれるも、恋人が命がけで助けにくるお話

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,719pt お気に入り:19

貴方達から離れたら思った以上に幸せです!

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:206,917pt お気に入り:12,103

とある男のプロローグ

BL / 連載中 24h.ポイント:14pt お気に入り:236

処理中です...