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第三章
ふざけんじゃねぇであそばせ
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イコチャイア視察三日目。
イズミルはうんざりしていた。
午前中からやたらとイコチャイア第二王子の
グザビエが絡んでくるのだ。
一緒に散歩に行こう。
10時のお茶の時間に招待したい。
イコチャイア市街を一望出来る
王族しか入れないテラスで昼食を共にしよう。
もう本当にしつこい。
こっちは仕事で来ているというのに、
「仕事なんて放っといていい、
王子である僕が言っているんだから」などと宣う。
まともに相手にしてもしょうがないので
顔に笑顔を貼り付けつつも、
その度にハッキリきっぱりと断っても全く
意に介さない。
これ以上しつこく付き纏われるなら
ランスロットかマルセルにでも言ってなんとか
対応して貰おうと思った矢先に問題が起きた。
ハイラント側の従者の一人が
城の調度品を壊してしまったのだ。
両手に物を抱えて運んでいる時に体勢を崩して
廊下に飾ってあった花瓶にぶつかって
割ってしまった。
この花瓶自体は城勤をする者たちのいる裏方に
置いてあるものなのでそんな高価な物ではない。
まぁ安物でもないのだが、
どこそこの窯元の一点ものだとか、
イコチャイア王室に代々伝わる云々ではないのだから、謝罪して弁償すれば済むだけの事だ。
だが、
運悪くその場を通りかかったグザビエの
侍女の一人が主人に注進。
嬉々としてやって来たグザビエが、
他国の城の物を壊しておいて
謝罪して金を払えばいいと思っている辺りが
大国の者の驕りだとか、友好国に対する
誠意がないだとかネチネチと言い掛かりを付けてくるのだ。
それをグザビエは一々イズミルに通訳をさせる。
王族ならハイラント語くらい話せるはずでは?
と問い正したくなるが、今は従者と共に
謝罪中なのでそんな事は言えない。
が、こんな事でわざわざ王族が出張って来るなと
言いたい。
これは絶対に何か狙いがあるなと考えるイズミルに
向かって、グザビエが言った。
「イコチャイアでは城内で問題を起こした者には罰として右手の甲に一発鞭を打つという懲罰がある。郷に入れば郷に従え、ハイラントの者とはいえど
それに従って貰おう」
は?
物を壊しただけで鞭打ち?
件の従者はイコチャイア語がわからないので
意味がわからずただ狼狽えている。
それもそうだろう、
ただでさえ視察に来た相手国の城内の物品を
壊してしまった上に王子までしゃしゃり出て来てしまったのだから。
これ以上無駄に怖がらせる必要はないと、
イズミルは今のグザビエの言葉は訳さなかった。
既に周辺にはハイラント側の人間と
イコチャイア側の人間が
何の騒ぎかと集まって来ている。
これ以上騒ぎを大きくはしたくなかった。
イズミルは毅然とした態度でグザビエに言った。
「故意に壊したのであれば咎を受けるのは当然の事。しかし不可抗力で壊した者に対してその懲罰はあまりに非道です。
どうかお考え直し頂くよう、お願い申し上げます」
それを聞き、グザビエはニヤリと微笑んだ。
「私が考え直したくなるように、
もっと誠意を持ってお願いして貰いたいものだな」
「……と、仰いますと?」
「二人だけでこの件について話をしようか」
「は?」
「事を荒立てずに済ませられるかは
キミの態度次第だと言いたいのだよ。
わかるだろう?」
〈わかるけどわかりたくない!この人、
最初からそのつもりで……!〉
「何を仰っているのかさっぱりわかりませんわ。
これ以上はわたくしの手に負いかねます。
上の者を呼んで参りますので、話はそこで
もう一度……っちょっと!」
イズミルが言い終わる前に、
グザビエは強引にイズミルの手を引いて歩き出した。
「他の者は必要ない。キミが対応したまえ。
さあついておいで」
〈ちょっとっ強引すぎるのだけど!ど、どうしましょう……風の精霊を出していい?外交問題にならない!?〉
「あのっ……グザビエ殿下っ!どうかお離し下さいませ!ちょっ…!」
イズミルが必死に抵抗するも、
グザビエは手を離すどころかグイグイ引っ張って
歩く速度を早めてゆく。
こういう時、
なんかパンチ力のある言葉でっ……!
えっと、えっと……!
イズミルはつんのめりそうになりながらも
声を張り上げた。
「もう!ふざけんじゃねぇであそばせっ!!」
イズミルがキレたその時、
地を這うような低い声が聞こえた。
「何をしている」
知らない者が聞けば、
温度を全く感じさせないその声に震え上がっただろう。
でもイズミルにとっては
心地よい、いつまでも聴いていたくなるその声。
「……陛下っ!」
イズミルは思わず縋るような声を出してしまった。
こんな対応一つ出来ない自分が情けなくなるが、
グレアムの顔を見た途端に安堵してしまう。
グレアムはイズミルの腕を掴んで離さない
グザビエを一瞥し、言った。
「……我が国の者が何か?」
まさかのハイラント国王の登場に
グザビエは思わず怯む。
「こ、これはこれはハイラント王。
なに、大した問題ではありませんよ。
彼女に対応していただければ大丈夫です」
「ほう……対応」
気付くと周りにはランスロットをはじめとする
グレアムの側近たちに、ハイラントの従者たちが
口々に事の経緯を説明している。
それをランスロットがグレアムに耳打ちする。
事の次第を聞いたであろうグレアムが
グザビエに向き直った。
「……グザビエ殿」
「はい」
「まずは我が従者の失態を心より謝罪する。
貴国の大切な花瓶を壊してしまい、申し訳なかった。花瓶の代償は私が責任をもって支払わせて頂く」
と、グレアムはハイラント側の非を詫びた。
〈グレアム様……〉
一従者の失敗を、
自国の者だからと国王が自ら謝罪したのだ。
イコチャイア側の者は皆驚きを隠せない様子だった。
が、次の瞬間、グレアムは怒りを含んだ冷たい声で告げた。
「しかし、イズーに対応させるという事は同意しかねる。その手を離してもらおうか」
そう言ってグレアムはズカズカと近づいて来て、
グザビエからイズミルを奪い返した。
両肩に手を置かれ、
グレアムの背後に隠される。
グザビエはこれ以上は押しても無駄だと
思ったのだろう。
「今後はこのような事は無きようにお願い致します」
と告げ、去って行った。
〈た、助かった……〉
イズミルは全身から力が抜けたように
息を吐いた。
すると眉間にシワを寄せながらグレアムが
振り向く。
あら?と思った次には
グレアムの叱言が始まった。
「なぜ最初から上の者を呼ばなかったんだ!
たまたま通りかかったから良かったものの、
あのままどこかに連れ込まれたりでもしたら
どうするつもりだったんだ!!」
「も、申し訳ありません。皆さまお忙しくされているのに、こんな事でお手を煩わせたくはなかったのです」
「身の安全を守る事を煩わすとか思うな!」
グレアムが眉間のシワをさらに深くして言った後、
ランスロットが横から会話に入ってきた。
「まぁ、本当ならこんなに大事になるような話ではなかった筈ですよね」
「あの第二王子には気を付けるように言ったでしょ?でもやっぱり目を付けられていたんだね、大丈夫?イズー」
グザビエに捕まれた手首を指して
マルセルが言った。
手首を見ると赤くなっている。
相当強く引かれたので明日は少し腫れるかもしれない、とイズミルが思ったその時、グレアムの大きな手がイズミルの手首を包み込んだ。
えっ?と思った瞬間、
淡い、温かな光がグレアムの手から発せられた。
〈温かい……〉
グレアムが手を離すと手首の赤みは消えていた。
じんじんとした鈍い痺れも無くなっている。
グレアムが治癒魔法をかけてくれたのだ。
「あ、ありがとうございます……」
「……いや。今後は必ずすぐに助けを呼ぶように」
「はい……」
グレアムに触れられた部分が
別の意味で熱をもっているような気がした。
結局、グレアムの指示で、
従者達の通訳は側近の一人が受け持つ事となり、
イズミルはその任を解かれた。
その側近の仕事の一部を
代わりにイズミルが引き受ける。
とにかくグレアムと側近たちにがっちり周りをガードされながら、残りの視察の日々を過ごす事になりそうだ。
イコチャイア視察、
その日程はあと残すことあと二日。
このまま何事も起きず、
無事に終えられると良いのだが……。
イズミルはうんざりしていた。
午前中からやたらとイコチャイア第二王子の
グザビエが絡んでくるのだ。
一緒に散歩に行こう。
10時のお茶の時間に招待したい。
イコチャイア市街を一望出来る
王族しか入れないテラスで昼食を共にしよう。
もう本当にしつこい。
こっちは仕事で来ているというのに、
「仕事なんて放っといていい、
王子である僕が言っているんだから」などと宣う。
まともに相手にしてもしょうがないので
顔に笑顔を貼り付けつつも、
その度にハッキリきっぱりと断っても全く
意に介さない。
これ以上しつこく付き纏われるなら
ランスロットかマルセルにでも言ってなんとか
対応して貰おうと思った矢先に問題が起きた。
ハイラント側の従者の一人が
城の調度品を壊してしまったのだ。
両手に物を抱えて運んでいる時に体勢を崩して
廊下に飾ってあった花瓶にぶつかって
割ってしまった。
この花瓶自体は城勤をする者たちのいる裏方に
置いてあるものなのでそんな高価な物ではない。
まぁ安物でもないのだが、
どこそこの窯元の一点ものだとか、
イコチャイア王室に代々伝わる云々ではないのだから、謝罪して弁償すれば済むだけの事だ。
だが、
運悪くその場を通りかかったグザビエの
侍女の一人が主人に注進。
嬉々としてやって来たグザビエが、
他国の城の物を壊しておいて
謝罪して金を払えばいいと思っている辺りが
大国の者の驕りだとか、友好国に対する
誠意がないだとかネチネチと言い掛かりを付けてくるのだ。
それをグザビエは一々イズミルに通訳をさせる。
王族ならハイラント語くらい話せるはずでは?
と問い正したくなるが、今は従者と共に
謝罪中なのでそんな事は言えない。
が、こんな事でわざわざ王族が出張って来るなと
言いたい。
これは絶対に何か狙いがあるなと考えるイズミルに
向かって、グザビエが言った。
「イコチャイアでは城内で問題を起こした者には罰として右手の甲に一発鞭を打つという懲罰がある。郷に入れば郷に従え、ハイラントの者とはいえど
それに従って貰おう」
は?
物を壊しただけで鞭打ち?
件の従者はイコチャイア語がわからないので
意味がわからずただ狼狽えている。
それもそうだろう、
ただでさえ視察に来た相手国の城内の物品を
壊してしまった上に王子までしゃしゃり出て来てしまったのだから。
これ以上無駄に怖がらせる必要はないと、
イズミルは今のグザビエの言葉は訳さなかった。
既に周辺にはハイラント側の人間と
イコチャイア側の人間が
何の騒ぎかと集まって来ている。
これ以上騒ぎを大きくはしたくなかった。
イズミルは毅然とした態度でグザビエに言った。
「故意に壊したのであれば咎を受けるのは当然の事。しかし不可抗力で壊した者に対してその懲罰はあまりに非道です。
どうかお考え直し頂くよう、お願い申し上げます」
それを聞き、グザビエはニヤリと微笑んだ。
「私が考え直したくなるように、
もっと誠意を持ってお願いして貰いたいものだな」
「……と、仰いますと?」
「二人だけでこの件について話をしようか」
「は?」
「事を荒立てずに済ませられるかは
キミの態度次第だと言いたいのだよ。
わかるだろう?」
〈わかるけどわかりたくない!この人、
最初からそのつもりで……!〉
「何を仰っているのかさっぱりわかりませんわ。
これ以上はわたくしの手に負いかねます。
上の者を呼んで参りますので、話はそこで
もう一度……っちょっと!」
イズミルが言い終わる前に、
グザビエは強引にイズミルの手を引いて歩き出した。
「他の者は必要ない。キミが対応したまえ。
さあついておいで」
〈ちょっとっ強引すぎるのだけど!ど、どうしましょう……風の精霊を出していい?外交問題にならない!?〉
「あのっ……グザビエ殿下っ!どうかお離し下さいませ!ちょっ…!」
イズミルが必死に抵抗するも、
グザビエは手を離すどころかグイグイ引っ張って
歩く速度を早めてゆく。
こういう時、
なんかパンチ力のある言葉でっ……!
えっと、えっと……!
イズミルはつんのめりそうになりながらも
声を張り上げた。
「もう!ふざけんじゃねぇであそばせっ!!」
イズミルがキレたその時、
地を這うような低い声が聞こえた。
「何をしている」
知らない者が聞けば、
温度を全く感じさせないその声に震え上がっただろう。
でもイズミルにとっては
心地よい、いつまでも聴いていたくなるその声。
「……陛下っ!」
イズミルは思わず縋るような声を出してしまった。
こんな対応一つ出来ない自分が情けなくなるが、
グレアムの顔を見た途端に安堵してしまう。
グレアムはイズミルの腕を掴んで離さない
グザビエを一瞥し、言った。
「……我が国の者が何か?」
まさかのハイラント国王の登場に
グザビエは思わず怯む。
「こ、これはこれはハイラント王。
なに、大した問題ではありませんよ。
彼女に対応していただければ大丈夫です」
「ほう……対応」
気付くと周りにはランスロットをはじめとする
グレアムの側近たちに、ハイラントの従者たちが
口々に事の経緯を説明している。
それをランスロットがグレアムに耳打ちする。
事の次第を聞いたであろうグレアムが
グザビエに向き直った。
「……グザビエ殿」
「はい」
「まずは我が従者の失態を心より謝罪する。
貴国の大切な花瓶を壊してしまい、申し訳なかった。花瓶の代償は私が責任をもって支払わせて頂く」
と、グレアムはハイラント側の非を詫びた。
〈グレアム様……〉
一従者の失敗を、
自国の者だからと国王が自ら謝罪したのだ。
イコチャイア側の者は皆驚きを隠せない様子だった。
が、次の瞬間、グレアムは怒りを含んだ冷たい声で告げた。
「しかし、イズーに対応させるという事は同意しかねる。その手を離してもらおうか」
そう言ってグレアムはズカズカと近づいて来て、
グザビエからイズミルを奪い返した。
両肩に手を置かれ、
グレアムの背後に隠される。
グザビエはこれ以上は押しても無駄だと
思ったのだろう。
「今後はこのような事は無きようにお願い致します」
と告げ、去って行った。
〈た、助かった……〉
イズミルは全身から力が抜けたように
息を吐いた。
すると眉間にシワを寄せながらグレアムが
振り向く。
あら?と思った次には
グレアムの叱言が始まった。
「なぜ最初から上の者を呼ばなかったんだ!
たまたま通りかかったから良かったものの、
あのままどこかに連れ込まれたりでもしたら
どうするつもりだったんだ!!」
「も、申し訳ありません。皆さまお忙しくされているのに、こんな事でお手を煩わせたくはなかったのです」
「身の安全を守る事を煩わすとか思うな!」
グレアムが眉間のシワをさらに深くして言った後、
ランスロットが横から会話に入ってきた。
「まぁ、本当ならこんなに大事になるような話ではなかった筈ですよね」
「あの第二王子には気を付けるように言ったでしょ?でもやっぱり目を付けられていたんだね、大丈夫?イズー」
グザビエに捕まれた手首を指して
マルセルが言った。
手首を見ると赤くなっている。
相当強く引かれたので明日は少し腫れるかもしれない、とイズミルが思ったその時、グレアムの大きな手がイズミルの手首を包み込んだ。
えっ?と思った瞬間、
淡い、温かな光がグレアムの手から発せられた。
〈温かい……〉
グレアムが手を離すと手首の赤みは消えていた。
じんじんとした鈍い痺れも無くなっている。
グレアムが治癒魔法をかけてくれたのだ。
「あ、ありがとうございます……」
「……いや。今後は必ずすぐに助けを呼ぶように」
「はい……」
グレアムに触れられた部分が
別の意味で熱をもっているような気がした。
結局、グレアムの指示で、
従者達の通訳は側近の一人が受け持つ事となり、
イズミルはその任を解かれた。
その側近の仕事の一部を
代わりにイズミルが引き受ける。
とにかくグレアムと側近たちにがっちり周りをガードされながら、残りの視察の日々を過ごす事になりそうだ。
イコチャイア視察、
その日程はあと残すことあと二日。
このまま何事も起きず、
無事に終えられると良いのだが……。
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