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第三章
甘い罠
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イコチャイア視察四日目。
常にグレアムの側に置かれ、側近たちに囲まれて仕事をするイズミルにグザビエは近づく事すら出来なかった。
今まで数々の女性と浮名を流して来たグザビエ。
見目の良さはさることながら、
第二王子という身分が更に女たちを惹きつけるのだ。
これまでにも確かに自分に全く靡かなかった女はいた。
そういう女は大抵他に好きな男がいる女だ。
だけど自分が一言、甘い言葉を囁けば頑なだった女の態度や心が解れていく。
グザビエはその瞬間を見るのも好きだった。
あのハイラントから来たイズーという女。
あいつは多分、ハイラント国王に惚れている。
昨日もあの国王の顔を見た瞬間、安堵の中に恋情を抱く女の表情が垣間見えた。
ああいう女ほど堕としたくなる。
自分無しでは生きられないと言わしめるほどに虜にさせたくなるのだ。
二人きりにさえなれば。
瞬く間に自分に夢中になるのは間違いない。
何か策を練って必ず我がものにしてみせる。
遠くにいるイズミルを見つめながらグザビエは一人、ほくそ笑んだ。
「リズル」
グザビエは自身の専属侍女達の中で一番下っ端のリズルというジルトニア出身の娘を呼んだ。
「は、はいグザビエ様、お呼びでございましょうか」
リズルは慌てて主人の元へと駆け寄る。
「お前、イズー嬢と仲が良さそうだな」
思いがけない言葉にリズルはきょとんとする。
「先日、仲睦まじく一緒に歌など
口ずさんでいたではないか」
「み、見ていらしたのですか……、
イズーさんとは同郷なので、少しお話しさせていただきました」
「ほう。リズル、お前に特別な仕事を与えてやろう」
「…………え?」
◇◇◇◇◇◇
グレアムがイコチャイアの王太子夫妻と昼食と共にしている時の事だった。
側近達もグレアムの側で控えていて、
イズミルは侍従達と別室にて待機していた。
昼食会は順調に進んでいるようだ。
もうすぐデザートにさしかかる頃だろう。
その時、サービスワゴンを押したリズルがやって来た。
サービスワゴンにはデザートらしき物が載っている。
イズミルはリズルの元へと行った。
「リズル?どうしたの?その食べ物は?」
イズミルが尋ねるとリズルは慌てたように答えた。
「こ、これはグザビエ殿下が王太子殿下に頼まれてご用意したデザートで、イコチャイアの伝統的なお菓子なのですっ」
「まぁ、そうなのね。でも困ったわ。今ここにお毒味役の方がいらっしゃらないのよ。陛下が口にされる以上、勝手なメニュー変更も許されていないし……」
「で、でも、王太子殿下がご用意されたものですしっ……確認して頂ければ大丈夫だと思いますっ」
リズルがあまりに必死に食い下がるので、
イズミルは心配になった。
「落ち着いてリズル。どうしたの?
デザートを届けないと咎められるの?」
「………」
「咎められるのね」
「あ、あのっ……」
イズミルは侍従の一人にデザートの件を王太子に確認するように頼んだ。
その間にイコチャイアの伝統のものだというお菓子を確認する。
独特の甘い香りのする菓子だ。
見ただけでは毒の有無はわからない。
王太子からの返答を持ち帰ったのはイズミルが頼んだ侍従ではなく、王太子付きの侍従であった。
先ほどの侍従はグレアムに諸用を頼まれたという。
王太子付きの侍従が言った。
毒味は今ここでするようにと。
今、ここに毒味役はいないのだと告げたら、
イズミルが毒味をすれば良いと言われた。
イコチャイア側としては自分が毒味をするとまで言う。
これ以上手間取るとデザートを出すタイミングが遅れると告げられ、イズミルは仕方なく承諾した。
侍従自身も食べると言うのだから、
二人も毒味をすれば見落としはないだろう。
でも本当に良いのだろうか……。
するとイズミルの心配を他所に
王太子付きの侍従はぱくりと一口、デザートを口にした。
こうなっては仕方ない。
イズミルもスプーンでひとすくいして口に含んだ。
甘い香りが鼻に抜ける。
イコチャイアの伝統の菓子はとても甘かった。
イズミルがいつも食べているスイーツとは格段に甘さが違う。
砂糖をふんだんに使っているらしい。
イコチャイアでは、砂糖はステータスのシンボルなので、来客があった時などに出す菓子は富の象徴としてふんだんに使うのだそうだ。
「……」
問題は……なさそうだ。
イコチャイアの侍従も平然としている。
その侍従が言った。
「よし、毒は入っていないな。
すぐにお持ちするように」
「は、はいっ」
リズルは心配そうにイズミルをちらりと見て、まるで振り切るようにグレアム達が食事をしている部屋へと向かった。
それからどのくらい時間が経ったのだろう。
10分か、15分か。
イズミルはとてつもない眠気に襲われていた。
〈昨日、遅くまで本を読んでしまったからかしら……〉
だめだ、気を抜いたら眠ってしまいそうだ。
仕事中に居眠りなんかするわけにはいかない。
〈顔を洗って眠気を覚そう〉
そう思い付きイズミルは他の侍従に少し席を外すと告げ、トイレへと向かった。
歩いているうちにもどんどん眠気は増してゆく。
〈おかしいわ。どうしてこんなに眠たいの…まさか…先ほどのお菓子に何か……?〉
そこまで考えた頃にはもうとてもじゃないが立っていられなかった。
膝から崩れ落ちそうになるのを誰かに支えられる。
〈誰……?〉
その人からもなんとも言えない甘い香りがした。
甘い甘いパフィームの香り。
ふいに浮遊感を感じた。
抱き抱えられているのだろうか。
ふわふわと波に揺られているようで心地良かった。
〈眠い……何も、考えられ………
イズミルはそのまま気を失うように
眠ってしまった。
常にグレアムの側に置かれ、側近たちに囲まれて仕事をするイズミルにグザビエは近づく事すら出来なかった。
今まで数々の女性と浮名を流して来たグザビエ。
見目の良さはさることながら、
第二王子という身分が更に女たちを惹きつけるのだ。
これまでにも確かに自分に全く靡かなかった女はいた。
そういう女は大抵他に好きな男がいる女だ。
だけど自分が一言、甘い言葉を囁けば頑なだった女の態度や心が解れていく。
グザビエはその瞬間を見るのも好きだった。
あのハイラントから来たイズーという女。
あいつは多分、ハイラント国王に惚れている。
昨日もあの国王の顔を見た瞬間、安堵の中に恋情を抱く女の表情が垣間見えた。
ああいう女ほど堕としたくなる。
自分無しでは生きられないと言わしめるほどに虜にさせたくなるのだ。
二人きりにさえなれば。
瞬く間に自分に夢中になるのは間違いない。
何か策を練って必ず我がものにしてみせる。
遠くにいるイズミルを見つめながらグザビエは一人、ほくそ笑んだ。
「リズル」
グザビエは自身の専属侍女達の中で一番下っ端のリズルというジルトニア出身の娘を呼んだ。
「は、はいグザビエ様、お呼びでございましょうか」
リズルは慌てて主人の元へと駆け寄る。
「お前、イズー嬢と仲が良さそうだな」
思いがけない言葉にリズルはきょとんとする。
「先日、仲睦まじく一緒に歌など
口ずさんでいたではないか」
「み、見ていらしたのですか……、
イズーさんとは同郷なので、少しお話しさせていただきました」
「ほう。リズル、お前に特別な仕事を与えてやろう」
「…………え?」
◇◇◇◇◇◇
グレアムがイコチャイアの王太子夫妻と昼食と共にしている時の事だった。
側近達もグレアムの側で控えていて、
イズミルは侍従達と別室にて待機していた。
昼食会は順調に進んでいるようだ。
もうすぐデザートにさしかかる頃だろう。
その時、サービスワゴンを押したリズルがやって来た。
サービスワゴンにはデザートらしき物が載っている。
イズミルはリズルの元へと行った。
「リズル?どうしたの?その食べ物は?」
イズミルが尋ねるとリズルは慌てたように答えた。
「こ、これはグザビエ殿下が王太子殿下に頼まれてご用意したデザートで、イコチャイアの伝統的なお菓子なのですっ」
「まぁ、そうなのね。でも困ったわ。今ここにお毒味役の方がいらっしゃらないのよ。陛下が口にされる以上、勝手なメニュー変更も許されていないし……」
「で、でも、王太子殿下がご用意されたものですしっ……確認して頂ければ大丈夫だと思いますっ」
リズルがあまりに必死に食い下がるので、
イズミルは心配になった。
「落ち着いてリズル。どうしたの?
デザートを届けないと咎められるの?」
「………」
「咎められるのね」
「あ、あのっ……」
イズミルは侍従の一人にデザートの件を王太子に確認するように頼んだ。
その間にイコチャイアの伝統のものだというお菓子を確認する。
独特の甘い香りのする菓子だ。
見ただけでは毒の有無はわからない。
王太子からの返答を持ち帰ったのはイズミルが頼んだ侍従ではなく、王太子付きの侍従であった。
先ほどの侍従はグレアムに諸用を頼まれたという。
王太子付きの侍従が言った。
毒味は今ここでするようにと。
今、ここに毒味役はいないのだと告げたら、
イズミルが毒味をすれば良いと言われた。
イコチャイア側としては自分が毒味をするとまで言う。
これ以上手間取るとデザートを出すタイミングが遅れると告げられ、イズミルは仕方なく承諾した。
侍従自身も食べると言うのだから、
二人も毒味をすれば見落としはないだろう。
でも本当に良いのだろうか……。
するとイズミルの心配を他所に
王太子付きの侍従はぱくりと一口、デザートを口にした。
こうなっては仕方ない。
イズミルもスプーンでひとすくいして口に含んだ。
甘い香りが鼻に抜ける。
イコチャイアの伝統の菓子はとても甘かった。
イズミルがいつも食べているスイーツとは格段に甘さが違う。
砂糖をふんだんに使っているらしい。
イコチャイアでは、砂糖はステータスのシンボルなので、来客があった時などに出す菓子は富の象徴としてふんだんに使うのだそうだ。
「……」
問題は……なさそうだ。
イコチャイアの侍従も平然としている。
その侍従が言った。
「よし、毒は入っていないな。
すぐにお持ちするように」
「は、はいっ」
リズルは心配そうにイズミルをちらりと見て、まるで振り切るようにグレアム達が食事をしている部屋へと向かった。
それからどのくらい時間が経ったのだろう。
10分か、15分か。
イズミルはとてつもない眠気に襲われていた。
〈昨日、遅くまで本を読んでしまったからかしら……〉
だめだ、気を抜いたら眠ってしまいそうだ。
仕事中に居眠りなんかするわけにはいかない。
〈顔を洗って眠気を覚そう〉
そう思い付きイズミルは他の侍従に少し席を外すと告げ、トイレへと向かった。
歩いているうちにもどんどん眠気は増してゆく。
〈おかしいわ。どうしてこんなに眠たいの…まさか…先ほどのお菓子に何か……?〉
そこまで考えた頃にはもうとてもじゃないが立っていられなかった。
膝から崩れ落ちそうになるのを誰かに支えられる。
〈誰……?〉
その人からもなんとも言えない甘い香りがした。
甘い甘いパフィームの香り。
ふいに浮遊感を感じた。
抱き抱えられているのだろうか。
ふわふわと波に揺られているようで心地良かった。
〈眠い……何も、考えられ………
イズミルはそのまま気を失うように
眠ってしまった。
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