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第四章
拗らせ王の最愛の妃
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「まさかイズーが
後宮の第三妃殿下だったとはね、
今だに信じられないよね」
マルセルがしみじみと言った。
その言葉を受けてランスロットがため息を
吐きながら言う。
「アレはホントに予想外でした、青天の霹靂と言っても過言ではありません。法改正までしようとした意味はありませんでしたね、もう既に何もしなくてもあの方は陛下の妃であられたわけなのですから」
ゲイルもまだ信じられないといった様子だった。
「元ジルトニア公女殿下にして、陛下の第三妃殿下ですか……そんな事とは露知らず、随分と馴れ馴れしい口を利いてしまいましたよ……」
「それは仕方ないでしょ、
それにイズーと呼んでくれって言ったのは他ならぬ彼女なんだからさ」
そう言ったマルセルにランスロットが指摘する。
「マルセル、もう口の利き方を改めなさい、イズーではなくイズミル妃殿下です。……まぁお前は昔から陛下に対しても不敬な喋り方をしてますがね」
「あはは!他の臣下や貴族の前では敬意を込めて喋ってるからいいじゃない。あ、ホラ、そろそろ陛下のファーストダンスが始まるよ」
マルセルに促され、
ランスロットとゲイルは夜会会場のホールの中央へと目を見やる。
そこには国王グレアムにエスコートされ
優雅に歩くイズミルの姿があった。
今夜はハイラントの社交シーズンの始まりを告げる夏の大夜会である。
去年イズミルが最初で最後のファーストダンスだと心に刻みながら踊ったあの夜会からもう一年が経っていた。
第三妃イズミルが正妃となる事を公表し、初めて公に姿を表す場として、この夜会は国内外から高い関心が寄せられていた。
この日イズミルは太王太后リザベルが自身の持てる人脈全てを駆使して最短で作り上げた最上の淡いブルーのドレスと王家に伝わるブルーダイヤモンドのティアラ、イヤリング、ネックレスを身につけていた。
まぁいわば全身グレアム色である。
もちろん、
今年は認識阻害の魔術は掛けられていない。
イズミルの類稀なる瑞々しい美しさもさることながら、あの女嫌いで有名な国王グレアムがとろけそうに優しい眼差しを自身の妃一身に注いでいる姿に、大陸中の人間が驚いた。
二人が踊る姿は歌劇のワンシーンのように完璧で会場内の全ての者の心を惹きつける。
「やはり凄いな」
踊りながら呟くように言ったグレアムの言葉をイズミルが聞き返す。
「何がでしょうか?」
「去年も驚いたんだ。
キミとのダンスがあまりにも踊りやすくてまるで自分と踊っているようだと」
「あぁ…そうだったのですね」
イズミルがクスクスと笑い出す。
「それは当然です。
わたしのダンスの先生はグレアム様の先生と同じ方だったのですもの。先生はグレアム様の癖や特徴を全て覚えていらして、レッスンの時はグレアム様になりきって踊られていましたから、わたしの身体にはそれが刻まれているわけですわ」
「……」
黙り込むグレアムにイズミルが尋ねる。
「どうかされましたか?」
「なんだか面白くないな。
ダンス講師とはいえど、他の男とずっとダンスをしてきたなんて」
「まぁ」
「これからはもう、キミは俺以外とは踊ってはダメだからな」
「そういうわけにはいきませんわ。
貴族や要人の方と踊るのも、社交や外交として妃の務めですもの。友好の証となりますわ」
「ダメだ。
こうやってキミと踊った奴を殺したくなるから、結局は社交も外交も成り立たなくなる」
「グレアム様ったら」
和やかに微笑み合う二人。
側近たちは目を細めてその姿を見守っていた。
ファーストダンスを終え、
国内外の王族や貴族から祝いの言葉を受け取っている時も、グレアムは常にイズミルを側に置き、その寵愛ぶりを皆に知らしめた。
忘れられた妃と呼ばれた亡国の元公女など正妃に相応しくないと意を唱えていた貴族たちもイズミルの美しさと数カ国を操る聡明さに舌を巻き、イズミルの代わりに自身の娘を妃に……
などとはとても言えなくなっていた。
その様子を上座の席からほくそ笑んで見ていたリザベルに、グレガリオが声をかけた。
「いやはやあの二人、
上手くいって何よりでしたな♪」
「あらアルメラス、貴方が公の場に姿を
見せるなんて珍しいこと!」
「そりゃ~、ネ♪不詳の愛弟子の晴れ舞台じゃ、
それを愛でながら飲む酒は最高ですからの♪
ふぉっふぉっふぉっ」
「まぁ。でも貴方が色々と引っ掻き回してくれたおかげね、感謝するわアルメラス」
「なんのなんの。
ズーちゃんの曽祖父のバニシアム公に、
少しは恩返しが出来ましたかな♪」
「ええ。お父様はきっと喜んでおられると思うわ。あの悪童もやりおるわ、とね」
「ふぉっふぉっ、まぁこれまでの分もズーちゃんが幸せになれるのなら、なんでもいいのじゃ」
「本当にそうね。
今日はとことん、飲み明かしましょう。
ちゃんと付き合ってよ?アルメラス」
「ふぉっ…!?
ワシも酒には強いがリザちゃんには敵わんからのう。酔いつぶされそうじゃ」
「まぁ、ほほほほほ」
もうかれこれ60年以上になる二人の付き合い。
その中でも今夜は最高の夜となったようだ。
グレアムは夜会の締めくくりとして、
半年後にイズミルと結婚式を挙げる事を
発表した。
◇◇◇◇◇◇
式は半年後だが、
二人は既に夫婦である。
世継ぎ問題も早々に解決をせねばならないため、夜会の夜からイズミルはグレアムと寝室を共にする事になった。
結局、やはり後宮は取り壊される事となった。
沢山の人間が亡くなった曰く付きの場所であり、老朽化も進んでいるために維持出来ないという理由もある。
そのため、グレアムが自室として使っていた部屋とその周りの十数部屋を改装し、国王家族が住まう新たな居住空間を作った。
当然、ターナとリズルはそのままイズミル付きの侍女となり、それ以外にも数名、正妃付きの侍女が増員された。
夜会が終わった後、
グレアムは他国の王族と内々の会談があるため、イズミルは先に新たな部屋に戻っていた。
ドレスを脱ぎ、ゆったりとしたバスタブに浸かる。
お湯からとてもいい香りがする。
リズルが花から抽出されたエッセンスを
お湯に垂らしたのだと教えてくれた。
「こんな贅沢許されるのかしら」と言うと、
大国ハイラントの正妃様なのだから当たり前だとターナに笑われた。
さらさらの肌触りのシルクの夜着に袖を通す。
これも上質なものだとわかる。
新しくイズミル付きになった侍女に
国王夫妻の寝室へと案内された。
後宮を撤廃した事により“渡り”は無くなり、
これからは毎晩、グレアムと共に一つの
寝室で眠るのだ。
寝室には大人四人は寝るれるのではないかと思うほど大きな寝台が置かれていた。
〈うっ……なんか緊張してきたわ……〉
後宮でもちろん閨の勉強もしてきた。
後宮処世術48手の他に
後宮閨房術48手なるものもあるのだ。
あるのだが……イズミルにはとても実戦
出来そうになかった。
寝台で座って待てばいいのか、
椅子に座って待てばいいのかもわからない。
身を持て余したイズミルはテラスに出て、夜風にあたる事にした。
空が澄んで星々が掴めそうなくらい近くに見える。
どこかでまだ夜会の余韻を楽しんでいる者が集まっているのだろうか、遠く演奏されている音楽が聴こえる。
イズミルの好きな曲だった。
イズミルは口遊みながら
それに合わせて一人でダンスをし始めた。
グレアムとまた踊る事が出来て嬉しかった。
そしてこれからも、いつでも彼と踊る事が出来るなんて夢のようだ。
今夜のグレアムも素敵だった。
大きな手に支えられて、羽のように軽く踊る事が出来た。
イズミルはその時の事を思い出し、
ウットリしながら一人踊り続けた。
するとふいに宙に浮いていた手を取られた。
そして腰に手を当てられ、ホールドされる。
「!」
見ると目の前にはグレアムがいた。
「グレアム様っ」
いつの間に寝室へ入って来ていたのだろう、
まったく気付かなかった。
「楽しそうに踊っていたな」
「見ていらしたのですか?
もう、声をかけてくださったら良かったのに」
イズミルは鼻歌を歌いながら一人で踊っていたのを見られた事が恥ずかしくて、思わず文句を言った。
「すまん、可愛らしくてつい見入ってしまっていた」
「か、かわっ……!?」
「精霊の姫が地上に舞い降りたのかと思ったぞ」
「~~~~~!!」
8年間後宮に閉じこもり、
接した異性といえばグレガリオの爺さんかダンス講師だけ。
圧倒的に異性への免疫が少ないイズミルにいきなりのこの溺愛。
ましてやそれが初恋の末に結ばれた相手となると、イズミルの精神の振り幅が完全に振り切れた。
耳や頸まで真っ赤に染め上げ、イズミルは力なくへたり込む。
が、既のところでグレアムに抱き抱えられた。
横抱きにされているのでグレアムの顔が間近にある。
「真っ赤になったイズミルはホントに可愛いな。宮廷画家に描かせたいくらいだ」
尚も甘い言葉を吐いてくるグレアムに
イズミルは反論した。
「もうっ、こんな変な顔、誰にも見せられませんわよ!」
「当たり前だ、こんな可愛い顔を見るのは俺だけだ」
「……降参です……」
イズミルはグレアムの肩に顔を埋めた。
〈グレアム様って本当はこんな性格だったのねわたしの心臓、保つかしら……〉
そんな事を考えてるとふいに背中に柔らかいものが触れた。
気付けばいつの間にか寝台に連れて来られていた。
「……!」
月明かりしか届かない仄暗い部屋の中、
グレアムの澄んだ湖の底のような青い瞳が印象的だった。
今まで感じた事のない熱の篭った眼差しで見つめられて、イズミルの肌が粟だつ。
「イズミル」
「はい」
「俺はキミ以外、妃は娶らない。
だがしかし、我が王家は深刻な後継者不足に悩まされている」
「そうですね……」
「だから、頑張ってくれ」
「はい?」
「ちなみに俺はわりと子どもは好きだ。
キミが産んでくれた子なら尚更だ。だから……」
「が、頑張ります……」
羞恥で居た堪れなくなったイズミルの消え入りそうな決意を聞き、グレアムはふ、と柔らかく微笑んだ。
そしてイズミルに口付けを落とす。
その夜、
二人は結婚10年目にしてようやく結ばれた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
次回、最終話です。
後宮の第三妃殿下だったとはね、
今だに信じられないよね」
マルセルがしみじみと言った。
その言葉を受けてランスロットがため息を
吐きながら言う。
「アレはホントに予想外でした、青天の霹靂と言っても過言ではありません。法改正までしようとした意味はありませんでしたね、もう既に何もしなくてもあの方は陛下の妃であられたわけなのですから」
ゲイルもまだ信じられないといった様子だった。
「元ジルトニア公女殿下にして、陛下の第三妃殿下ですか……そんな事とは露知らず、随分と馴れ馴れしい口を利いてしまいましたよ……」
「それは仕方ないでしょ、
それにイズーと呼んでくれって言ったのは他ならぬ彼女なんだからさ」
そう言ったマルセルにランスロットが指摘する。
「マルセル、もう口の利き方を改めなさい、イズーではなくイズミル妃殿下です。……まぁお前は昔から陛下に対しても不敬な喋り方をしてますがね」
「あはは!他の臣下や貴族の前では敬意を込めて喋ってるからいいじゃない。あ、ホラ、そろそろ陛下のファーストダンスが始まるよ」
マルセルに促され、
ランスロットとゲイルは夜会会場のホールの中央へと目を見やる。
そこには国王グレアムにエスコートされ
優雅に歩くイズミルの姿があった。
今夜はハイラントの社交シーズンの始まりを告げる夏の大夜会である。
去年イズミルが最初で最後のファーストダンスだと心に刻みながら踊ったあの夜会からもう一年が経っていた。
第三妃イズミルが正妃となる事を公表し、初めて公に姿を表す場として、この夜会は国内外から高い関心が寄せられていた。
この日イズミルは太王太后リザベルが自身の持てる人脈全てを駆使して最短で作り上げた最上の淡いブルーのドレスと王家に伝わるブルーダイヤモンドのティアラ、イヤリング、ネックレスを身につけていた。
まぁいわば全身グレアム色である。
もちろん、
今年は認識阻害の魔術は掛けられていない。
イズミルの類稀なる瑞々しい美しさもさることながら、あの女嫌いで有名な国王グレアムがとろけそうに優しい眼差しを自身の妃一身に注いでいる姿に、大陸中の人間が驚いた。
二人が踊る姿は歌劇のワンシーンのように完璧で会場内の全ての者の心を惹きつける。
「やはり凄いな」
踊りながら呟くように言ったグレアムの言葉をイズミルが聞き返す。
「何がでしょうか?」
「去年も驚いたんだ。
キミとのダンスがあまりにも踊りやすくてまるで自分と踊っているようだと」
「あぁ…そうだったのですね」
イズミルがクスクスと笑い出す。
「それは当然です。
わたしのダンスの先生はグレアム様の先生と同じ方だったのですもの。先生はグレアム様の癖や特徴を全て覚えていらして、レッスンの時はグレアム様になりきって踊られていましたから、わたしの身体にはそれが刻まれているわけですわ」
「……」
黙り込むグレアムにイズミルが尋ねる。
「どうかされましたか?」
「なんだか面白くないな。
ダンス講師とはいえど、他の男とずっとダンスをしてきたなんて」
「まぁ」
「これからはもう、キミは俺以外とは踊ってはダメだからな」
「そういうわけにはいきませんわ。
貴族や要人の方と踊るのも、社交や外交として妃の務めですもの。友好の証となりますわ」
「ダメだ。
こうやってキミと踊った奴を殺したくなるから、結局は社交も外交も成り立たなくなる」
「グレアム様ったら」
和やかに微笑み合う二人。
側近たちは目を細めてその姿を見守っていた。
ファーストダンスを終え、
国内外の王族や貴族から祝いの言葉を受け取っている時も、グレアムは常にイズミルを側に置き、その寵愛ぶりを皆に知らしめた。
忘れられた妃と呼ばれた亡国の元公女など正妃に相応しくないと意を唱えていた貴族たちもイズミルの美しさと数カ国を操る聡明さに舌を巻き、イズミルの代わりに自身の娘を妃に……
などとはとても言えなくなっていた。
その様子を上座の席からほくそ笑んで見ていたリザベルに、グレガリオが声をかけた。
「いやはやあの二人、
上手くいって何よりでしたな♪」
「あらアルメラス、貴方が公の場に姿を
見せるなんて珍しいこと!」
「そりゃ~、ネ♪不詳の愛弟子の晴れ舞台じゃ、
それを愛でながら飲む酒は最高ですからの♪
ふぉっふぉっふぉっ」
「まぁ。でも貴方が色々と引っ掻き回してくれたおかげね、感謝するわアルメラス」
「なんのなんの。
ズーちゃんの曽祖父のバニシアム公に、
少しは恩返しが出来ましたかな♪」
「ええ。お父様はきっと喜んでおられると思うわ。あの悪童もやりおるわ、とね」
「ふぉっふぉっ、まぁこれまでの分もズーちゃんが幸せになれるのなら、なんでもいいのじゃ」
「本当にそうね。
今日はとことん、飲み明かしましょう。
ちゃんと付き合ってよ?アルメラス」
「ふぉっ…!?
ワシも酒には強いがリザちゃんには敵わんからのう。酔いつぶされそうじゃ」
「まぁ、ほほほほほ」
もうかれこれ60年以上になる二人の付き合い。
その中でも今夜は最高の夜となったようだ。
グレアムは夜会の締めくくりとして、
半年後にイズミルと結婚式を挙げる事を
発表した。
◇◇◇◇◇◇
式は半年後だが、
二人は既に夫婦である。
世継ぎ問題も早々に解決をせねばならないため、夜会の夜からイズミルはグレアムと寝室を共にする事になった。
結局、やはり後宮は取り壊される事となった。
沢山の人間が亡くなった曰く付きの場所であり、老朽化も進んでいるために維持出来ないという理由もある。
そのため、グレアムが自室として使っていた部屋とその周りの十数部屋を改装し、国王家族が住まう新たな居住空間を作った。
当然、ターナとリズルはそのままイズミル付きの侍女となり、それ以外にも数名、正妃付きの侍女が増員された。
夜会が終わった後、
グレアムは他国の王族と内々の会談があるため、イズミルは先に新たな部屋に戻っていた。
ドレスを脱ぎ、ゆったりとしたバスタブに浸かる。
お湯からとてもいい香りがする。
リズルが花から抽出されたエッセンスを
お湯に垂らしたのだと教えてくれた。
「こんな贅沢許されるのかしら」と言うと、
大国ハイラントの正妃様なのだから当たり前だとターナに笑われた。
さらさらの肌触りのシルクの夜着に袖を通す。
これも上質なものだとわかる。
新しくイズミル付きになった侍女に
国王夫妻の寝室へと案内された。
後宮を撤廃した事により“渡り”は無くなり、
これからは毎晩、グレアムと共に一つの
寝室で眠るのだ。
寝室には大人四人は寝るれるのではないかと思うほど大きな寝台が置かれていた。
〈うっ……なんか緊張してきたわ……〉
後宮でもちろん閨の勉強もしてきた。
後宮処世術48手の他に
後宮閨房術48手なるものもあるのだ。
あるのだが……イズミルにはとても実戦
出来そうになかった。
寝台で座って待てばいいのか、
椅子に座って待てばいいのかもわからない。
身を持て余したイズミルはテラスに出て、夜風にあたる事にした。
空が澄んで星々が掴めそうなくらい近くに見える。
どこかでまだ夜会の余韻を楽しんでいる者が集まっているのだろうか、遠く演奏されている音楽が聴こえる。
イズミルの好きな曲だった。
イズミルは口遊みながら
それに合わせて一人でダンスをし始めた。
グレアムとまた踊る事が出来て嬉しかった。
そしてこれからも、いつでも彼と踊る事が出来るなんて夢のようだ。
今夜のグレアムも素敵だった。
大きな手に支えられて、羽のように軽く踊る事が出来た。
イズミルはその時の事を思い出し、
ウットリしながら一人踊り続けた。
するとふいに宙に浮いていた手を取られた。
そして腰に手を当てられ、ホールドされる。
「!」
見ると目の前にはグレアムがいた。
「グレアム様っ」
いつの間に寝室へ入って来ていたのだろう、
まったく気付かなかった。
「楽しそうに踊っていたな」
「見ていらしたのですか?
もう、声をかけてくださったら良かったのに」
イズミルは鼻歌を歌いながら一人で踊っていたのを見られた事が恥ずかしくて、思わず文句を言った。
「すまん、可愛らしくてつい見入ってしまっていた」
「か、かわっ……!?」
「精霊の姫が地上に舞い降りたのかと思ったぞ」
「~~~~~!!」
8年間後宮に閉じこもり、
接した異性といえばグレガリオの爺さんかダンス講師だけ。
圧倒的に異性への免疫が少ないイズミルにいきなりのこの溺愛。
ましてやそれが初恋の末に結ばれた相手となると、イズミルの精神の振り幅が完全に振り切れた。
耳や頸まで真っ赤に染め上げ、イズミルは力なくへたり込む。
が、既のところでグレアムに抱き抱えられた。
横抱きにされているのでグレアムの顔が間近にある。
「真っ赤になったイズミルはホントに可愛いな。宮廷画家に描かせたいくらいだ」
尚も甘い言葉を吐いてくるグレアムに
イズミルは反論した。
「もうっ、こんな変な顔、誰にも見せられませんわよ!」
「当たり前だ、こんな可愛い顔を見るのは俺だけだ」
「……降参です……」
イズミルはグレアムの肩に顔を埋めた。
〈グレアム様って本当はこんな性格だったのねわたしの心臓、保つかしら……〉
そんな事を考えてるとふいに背中に柔らかいものが触れた。
気付けばいつの間にか寝台に連れて来られていた。
「……!」
月明かりしか届かない仄暗い部屋の中、
グレアムの澄んだ湖の底のような青い瞳が印象的だった。
今まで感じた事のない熱の篭った眼差しで見つめられて、イズミルの肌が粟だつ。
「イズミル」
「はい」
「俺はキミ以外、妃は娶らない。
だがしかし、我が王家は深刻な後継者不足に悩まされている」
「そうですね……」
「だから、頑張ってくれ」
「はい?」
「ちなみに俺はわりと子どもは好きだ。
キミが産んでくれた子なら尚更だ。だから……」
「が、頑張ります……」
羞恥で居た堪れなくなったイズミルの消え入りそうな決意を聞き、グレアムはふ、と柔らかく微笑んだ。
そしてイズミルに口付けを落とす。
その夜、
二人は結婚10年目にしてようやく結ばれた。
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次回、最終話です。
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