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リリーは走った

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その日、アデリオール王国王宮内は騒然となった。

「王太子殿下。第二王子ルギス殿下と配下の者、そして王宮薬剤師2名の拘束が無事に完了致しました」

近衛を含む王宮騎士団総団長の
アルドン=ワイズ侯爵(32)が王太子シルヴァンに告げた。

「ご苦労だった。既に製造保管されている薬物と、市中に出回っている薬物の回収を出来るだけ急がせろ」

「かしこまりました」

礼を執り、はらりと額に垂れる銀髪もそのままに、ワイズ侯爵は踵を返して王太子の執務室を後にした。

証人の警護、水面下での証拠集め、各証人の聴き取りや裏付け捜査は信の置ける自身の護衛騎士数名に任せて来たが、その後の実動云々は王宮騎士団に任せる事にした。

王宮薬剤師であった、
直属騎士の妻のハトコからの密告を受けてから早10ヶ月。

王都内に出回っていた違法薬物製造と販売の犯人達を一網打尽にする事に成功した。

薬物犯罪の主犯格が王族というこの国始まって以来の不祥事に頭を抱えたい気持ちだが、とりあえずは薬物が王都中、そして国中に広まる前に潰せて良かったと思う事にしよう。

この10ヶ月、専属騎士たちは本当によくやってくれた。

休みも取らず、プライベートな時間を後回しにしてまで、国の為に奔走してくれた。

沢山労ってやりたいし、負担をかけたその家族達にも褒賞も与えたい。

まずは野郎共に最上級の希少部位のステーキでも食べさせてやるか…と考えるシルヴァンはこの時、
まだ知る由もなかった。

この一連の騒動から思わぬ所に火種が飛び、
自身の護衛騎士一人の約束された幸せな将来が、
風前の灯火となっている事を……。




◇◇◇◇◇◇


「……どこに行く気かな?リリー」

ぎくり。
背後から突然聞こえたその声に、リリーはその場で氷づけにされた。

女性家庭教師ガヴァネス協会の登録をするために、こっそりと王都に行こうとしているところをヘイワードに見つかったのだ。

「……え?えっとぉ……ちょっとそこの図書館まで……?」

「トランク持って?大量に本を借りるつもり?一度の貸し出しは最大8冊までですよ?ご利用者サマ?」

「ぅ゛……ちょっとそこの王都まで……」

「リリー」

「ごめんなさい……」

「しばらく領内から出さないって言ったよね?」

「仰いましたね……」

「一人で王都に行くのは危険だとも」

「……はい」

ヘイワードとの対話が進む度にリリーの首の俯く角度が深くなる。

じっ…とヘイワードの靴のつま先を見つめながら返事をするリリーの頭上からため息が聞こえた。

また黙って勝手に一人王都へ行こうとしたのである。
叱られても仕方ない。

が、何か行動していないとどんどん卑屈になっていく自分がいて、居た堪れないのだ。

なんとか許して貰えないだろうかと考えるリリーに、ヘイワードが告げた。

「……婚姻約定書差し戻し請求と婚約解消手続きの書類を持って王都に行こうと思っている。私と共に行くのなら、王都行きは認めよう」

「ホントですかっ!?」

リリーが凄い勢いで首を上げる。

「本当だ。今すぐ支度して来るから30分だけ待ってくれ」

「待ちます!もう色々と待ちくたびれてるけど、あと30分くらいどーんと待てます!」

「ふ……」

ヘイワードは小さく笑い、リリーの頭にポンと手を置いた。
そしてすぐに身支度を整える為に自身の部屋へと戻って行った。

「良かった……ありがとうございますヘイワード様……」


こうしてリリーはヘイワードと共に今一度王都へ向かって旅立った。



◇◇◇◇◇


王都へ着いたリリーとヘイワードはまずホテルを探して荷物を置く事にした。

その後ホテルのレストランで昼食を食べる。

「ここのジンジャーポークソテーは絶品だよ」

「あ、じゃあそれを戴こうかしら♪って、
こんなのん気にランチしてる場合じゃないと思うんですけど」

リリーは軽く唇を尖らしてヘイワードに言う。

「まぁまぁ、さっきホテルの者に聞いたんだけど、数日前に違法薬物の一斉検挙が行われたそうだよ。その影響か役所はもちろん民間も色々な所が混雑して大変な状況らしいよ?」

女性家庭教師ガヴァネス協会は関係ないでしょう?」

「先ほど予めアポを取ったら、そこの事務員が一人、違法薬物使用で逮捕されたらしい。その対応に追われているけど、明日の午後なら時間が取れるらしいから予約をしておいたよ」

ヘイワードのその言葉に、リリーはパッと表情を明るくする。

「そうなんですね!さすがはヘイワード様だわ、予約を入れてくれてありがとうございます」

「だから今日は美味いランチを食べて、ホテルでゆっくりしていて。私は少し、用事があるから出掛けるけど、一人で勝手に出歩いてはいけないよ?わかったね、リリー」

「はい。わかりました」

王都まで連れて来てくれて、その上女性家庭教師ガヴァネス協会へのアポも取ってくれて、尚且つ美味しいランチもご馳走になるのだ。
リリーにヘイワードの言い付けを守らない理由があるはずがなかった。



言われた通りにリリーはホテルの部屋で大人しく過ごした。

少し読書をしてから何となく窓から外を見る。

このホテルは王都のメインストリート沿いにあり、都会の賑やかな街の景色が一望出来る。

ホテルの部屋は三階にあり、窓から人々の様子をぼんやりと眺めて過ごした。

その時、見覚えのある赤い髪色が視界の端に見えた。

「……!?」

赤い髪の人なんてそうそういる筈がないと思う。

リリーは一心にその方向を見据えた。

「……グレインっ!!」

気付けば部屋を飛び出していた。

通りの向こう側に赤い髪の女性と一緒にいるグレインの姿を見つけたのだ。

かなりの距離はあったが、リリーがグレインの姿を見間違える筈がない。

リリーは走った。

婚約者とその恋人の元へと。

浮気の言い逃れが出来ないように現場を押さえてやる!

……現場を押さえてどうするの?

浮気?グレインは浮気なんかしない。
あれはきっと本気だ。本気であの女性の事が好きなのだ。

そんな事を走りながら考える。

通りには多くの人が行き交い、思うように前へ進めない。
それでもリリーは懸命にグレインとその恋人の元へと向かった。

やがて二人の様子がよく見える場所まで来た。

もちろん向こうはこちらに気付いていない。

そこで急にリリーの足が動かなくなってしまう。

いざとなったら怖気づいてしまったのか。

足を前に押し出そうとしても、動いてくれない。

その場からじっと二人の事を眺める事しか出来なかった。

赤い髪の女性がグレインの両手を掬い上げた。

そして自身の側へと押し頂き、目を閉じて涙を流し始めた。

リリーはグレインの斜め後ろの位置にいる為に彼の表情はわからないが、赤い髪の女性はポロポロと涙を流しているのが見えた。

これは……別れの光景なのだろうか。

まるで恋人たちの別れを描く舞台を観ているような気持ちで、リリーはその光景を眺めた。

二人は今、別れようとしているの?

何故?

愛し合っているのでしょう?

あんなに楽しそうに肩を寄せ合い歩いていたじゃない。

………わたしがいるから。

グレインにはわたしという婚約者がいるから、だから二人は別れようとしているの?

グレイン、どうして?務めを果たすために?


わたしは、

わたしはそんな事は望んでいない。

人の幸せを踏み躙った上で幸せになろうとは思わない。

他の誰かを心に住まわせたままのグレインと結婚したって、互いに幸せにはなれない。

固まっていたリリーの足がゆっくりと動き出した。

一歩一歩、確実に歩みを進め、二人へと近づいて行く。


そしてリリーは声を押し出す。

声が震えて掠れないように、凛とした声が出せるように、必死で声を押し出した。


「グレイン」







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お気付きでしょうか。

かのるちあん卿に「騎士爵を!!」と叫んだアデリオールの王様が実は彼だった事を……。










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