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アンリエッタとエゼキエル、十三歳とちょっと
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ーーまただわ。
エルってばまたあんなに楽しそうに…!
今日は図書室での怒涛の邂逅から友人となったユリアナがアンリエッタに会いに登城する日。
早くユリアナとお喋りしたくて待ちきれず迎えに行こうと王宮内を歩いていると、
廊下の一画で楽しそうに立ち話をしているエゼキエルとユリアナの姿を発見した。
やはり二人は魔導談義に花を咲かせているようだ。
ユリアナがエゼキエルに特別な感情がないのは知っている。
本人もそう言っているし、友人としてずっと付き合っていれば彼女のその言葉が本心であるとわかる。
だけど……エゼキエルはどうなんだろう。
そんな事を廊下の角で悶々と考えているアンリエッタの後ろからユリアナが声をかけてきた。
「そんな所でどうして固まっていますの?アンリエッタ様」
「わっ、びっくりした……!あら?エルは?お話はもう良いの?」
「陛下はもうとっくに執務室に行かれましたわ。それより声をかけてくれたら良かったのに」
ユリアナがそうアンリエッタに言う。
アンリエッタは少し気まずそうにそれに答えた。
「……だって楽しそうにお話しているのを邪魔したら悪いと思ったんですもの」
「アンリエッタ様を邪魔に思うなんて、天と地がひっくり返ったって有り得ませんわっ!それで遠慮をされるなら、むしろエゼキエル陛下の方が邪魔です!」
「ユリアナ様ったら」
それから二人は王族専用のサンルームに移動した。
恒例の二人だけのお茶会である。
今日のケーキはピスタチオクリームがのったショコラムースタルトだ。
ピスタチオクリームの香ばしい風味がチョコレートムースと相まってとても濃厚な味わいになる。
王宮パティシエ自慢の逸品だ。
チョコにはコーヒーを合わせるのか好みのアンリエッタの為に、お砂糖抜きのミルクたっぷりなカフェオレも用意されている。
「ん~~っ!美味しい~~!」
満足そうに舌鼓を打ち、至福の時を満喫するアンリエッタにユリアナは言ってきた。
「前々から否定しておりますけど、私は本当に陛下の事はなんとも思っていませんからね?ちゃんと分かって下さってます?こんなくだらない事で大好きなアンリエッタ様との友情にヒビが入るなんて耐えられませんわ」
アンリエッタはカフェオレが入っているカップを置き、それに答える。
「でも、エルはそうではないかもしれないわ」
「何を仰っているの?陛下のお気持ちはあんなに分かりやすいほどですのに」
「何が?ちっとも分からないわ」
以前、図書室に二人でいたエゼキエルとユリアナを見た時に知ったモヤモヤする感情は、今でも時々アンリエッタの胸の中にやって来る。
ユリアナは違うとしても
エルは、エゼキエルは内心ではユリアナが自分の妃だったら良かったのにと思っているのかもしれない。
だって身分や立場的で言うならば、
幼かったエゼキエルを守る為の婚姻はユリアナでも良かった筈なのだ。
むしろこの国の宰相の令嬢であるユリアナの方がエゼキエルの後ろ盾として相応しかったのではないだろうか。
そうすればエルはいつでも……
一度気になればとことん考えてしまうアンリエッタは、とうとう夕餉の時にエゼキエルの母である王太后ベルナデットに尋ねてみた。
今日は丁度政務の関係でエゼキエルの夕食の時間がずれると連絡を受けていたからだ。
昼食はエルと二人でだが、朝食と夕食はベルナデットと共に必ず三人で食べている。
アンリエッタはデザートを頂きながら(本日2個目のケーキ)、ベルナデットに話しかけた。
「お義母様、少しお尋ねしてもよろしいでしょうか?」
デザート酒を呑んでいたベルナデットがグラスを置いてアンリエッタに言う。
「あらなぁに?わたくしに答えられるものなら良いのだけれど。アンリちゃんの質問にならなんでも答えてあげたいもの」
ベルナデットは母親特有の優しげな眼差しでアンリエッタを見た。
王太后ベルナデットはアンリエッタが王家に嫁いでからは本当の母親のようにアンリエッタを大切にし、殊の外可愛がっていた。
下手すると実の息子のエゼキエルよりも。
「ありがとうございます。あの…率直にお訊きしますが、どうしてエルの妃にモリス侯爵のご令嬢ではなく私が選ばれたのですか?」
「あらどうして?アンリちゃんはエゼキエルのお嫁さんになりたくはなかった?」
逆にそう尋ねられアンリエッタは首をふるふると横に振った。
「とんでもないです!私、エルの事が大好きですもの!エルの役に立てて本当に良かったと思っているんです」
「ありがとうアンリちゃん。貴女のその気持ちを本当に有り難く思っているのよ。それで…なんだったかしら、ああそう、何故エルの妃にユリアナ嬢ではなくアンリちゃんになったか、だったわね」
「はい」
「政治的な面で言うと、エゼキエルが成人するまで摂政も務めるモリス侯爵に力が集中しないためよ。
これはモリス侯爵自身が言っていたのだけれど、『宰相として摂政も担う私が娘まで妃に差し出してご覧なさい、モリスは国を乗っ取るつもりだとアバディ公爵派閥の格好の餌食になってしまうでしょう?』と」
「なるほど……」
「それなら、“武力”の面でモリス侯爵家と肩を並べるベルファスト辺境伯のご令嬢なら、表立って非を唱える者を抑えられ、国内のパワーバランスが乱れない…という事だったのよ」
「なるほど。それで……」
アンリエッタが頷くと、ベルナデットは笑みを浮かべながら言葉を次いだ。
「大まかな理由はそれが本筋だけれども、最大の理由はアンリちゃんの性格ね」
「え?私の性格?それで選ばれたのもあるのですか?」
「ふふ、そうよ。ベルファスト辺境伯がウチのアンリエッタなら微妙な立場であったとしても鬱屈する事もなく、その状況の中で最大限努力して楽しみを見つける筈だ。そしてその屈託のない為人がエゼキエルの助けになるだろうとね」
「助け…口煩く言う事がかしら……」
「ふふふ。アンリちゃんの存在自体が、かしらね」
ベルナデットはそう告げて柔らかく微笑んだ。
ーー私の存在……
政治的な意味でユリアナが選ばれなかった理由は分かった。
でもだからといってそれがエゼキエル個人の望みとなるかは別問題だ。
そんな考えが次の日もアンリエッタの頭の中を占めていた。
ぼーっとしながら図書室の窓から外を見ている時、ふいに後ろからエゼキエルに声を掛けられた。
「アンリ」
アンリエッタはゆっくりと振り返る。
「エル。どうしたの?大陸史の授業中ではなかった?」
アンリエッタがそう問いかけると、
エゼキエルはアンリエッタが座っていた読書用のソファーの隣に座った。
「母上から聞いたんだけど、どうして俺の妃がユリアナではなかったのかと尋ねたんだって?」
口止めはしていなかったが、
まさかベルナデットがその事をエゼキエルに話すとは思っていなかった。
「ま、まぁ……素朴な疑問というやつかしら?」
「どうしてそんな事が気になったの?」
なんだか尋問されてる気分になる。
この話を終わらせたくて、なんとも無いように答えておく。
「とくに意味はないわ?」
「ウソだね」
それが瞬時に返されて、アンリエッタはなんだか腹立たしくなってきた。
「ウソじゃないわ」
「だって右の耳たぶを触ってるじゃないか」
「ま」
アンリエッタには昔からウソを吐く時に右耳たぶを触ってしまう癖があるのだ。
「ねぇ、どうしてそんな事が気になったの?俺の妃でいるのが嫌になった?」
「違うわっ」
それだけは絶対にない。
出会った時から今日まで、ずっとエゼキエルと一緒にいた。
一緒にいればいるほど彼の事が大好きになってゆく。
それを嫌がっているなんて絶対に誤解して欲しくなかった。
少し怒ったようにハッキリと否定したアンリエッタを見て、エゼキエルはどこかほっとしたような表情を見せた。
そして改めてアンリエッタに尋ねてくる。
「じゃあどうしてユリアナの名前が出て来たの?」
「だって……ユリアナ様がお妃様だったらいつでも魔導学のお話が出来るでしょう?」
「へ?」
エゼキエルにとって思いがけない言葉だったのか目をぱちくりさせてアンリエッタを見た。
「家柄の釣り合いも年齢的な釣り合いも私と全く同じ条件なら、同じ魔導学を学ぶユリアナ様との方がエルは楽しいんじゃないかと思ったのよ……私じゃ……エルが魔導学の話をしてもちっとも分からないから……」
なんだか自分で言っていて悲しくなってきた。
口に出してしまうと本当にそれが正しい事だと思ってしまう。
思わず俯いてしまったアンリエッタの頭の上で、エゼキエルが小さく溜め息を吐いた。
ーー呆れられた?
それともやっぱりエルもそう思っていた?
いた堪れない気持ちになり、アンリエッタは思わず目をぎゅっと閉じる。
だけどその時、ふいに手に温もりを感じた。
婚姻を結んだ時はほとんど同じ大きさだったのに、今ではアンリエッタの手よりも大きくなったエゼキエルの手に握られている。
エゼキエルはアンリエッタの手を握りながら呟くように言った。
「俺はずっと、アンリが妃で良かったと、そう思っているんだけど」
「うそっ」
思わず顔を上げると、視線がエゼキエルのガーネットの瞳とぶつかった。
真剣な眼差しでアンリエッタを見つめている。
「嘘じゃない。俺は別に自分の妃にも魔導学に長けていて欲しいなんて思わない。むしろいつもアンリとしているような何でもない会話の方がいいんだ」
「侍従長の鼻毛が一本コンニチワしていた話でも?」
とアンリが言うと、
「鳥の鳴き声が『てっぺんハゲたか?』って聞こえたという話でも」
エゼキエルも言った。
「料理長のサーモンテリーヌのレシピは彼のひぃおばあさんのものだという話でも?」
「木から落ちたイモムシが慌てて木に戻ろうとして、イモムシなりにダッシュしている話でも、ね」
「私とじゃあそんな会話ばかりになるのよ?」
「それがいいんだよ。人に言うまでもないような些細な事を見つけても、アンリとなら面白おかしく報告し合える。それが何より楽しいんだ」
「エ、エル゛ぅぅ……」
アンリエッタは思わず涙目になる。
確かにそんないつもの会話をするのがアンリエッタにとってはかけがえのない時間だ。
エゼキエルがそう思っていてくれた事が本当に嬉しかった。
「だからもうユリアナや他の違う人間が妃だったら、なんて言わないでよ?」
「うん分かった。もう言わない」
「良かった」
そう言ってエゼキエルはふわりと笑った。
「……!」
その優しい笑みを見て、アンリエッタは小さく息を呑む。
胸がきゅぅ~っとせつなくなって苦しくなる。
ーーこれは……この感情は……
間違いない。
経験が無いからわからなかったけど、きっとこれが恋というものなのだろう。
このところ感じていたモヤモヤもこのせつなさも、
コイゴコロという奴の仕業なのだろう。
となれば、アンリエッタにとって初恋という事になる。
ーー恋……恋!私、エゼキエルに恋しちゃったんだわ……!
とにかく言葉に表現出来ないこの胸の内を、早くユリアナに聞いて貰いたいっ……と思うアンリエッタであった。
エルってばまたあんなに楽しそうに…!
今日は図書室での怒涛の邂逅から友人となったユリアナがアンリエッタに会いに登城する日。
早くユリアナとお喋りしたくて待ちきれず迎えに行こうと王宮内を歩いていると、
廊下の一画で楽しそうに立ち話をしているエゼキエルとユリアナの姿を発見した。
やはり二人は魔導談義に花を咲かせているようだ。
ユリアナがエゼキエルに特別な感情がないのは知っている。
本人もそう言っているし、友人としてずっと付き合っていれば彼女のその言葉が本心であるとわかる。
だけど……エゼキエルはどうなんだろう。
そんな事を廊下の角で悶々と考えているアンリエッタの後ろからユリアナが声をかけてきた。
「そんな所でどうして固まっていますの?アンリエッタ様」
「わっ、びっくりした……!あら?エルは?お話はもう良いの?」
「陛下はもうとっくに執務室に行かれましたわ。それより声をかけてくれたら良かったのに」
ユリアナがそうアンリエッタに言う。
アンリエッタは少し気まずそうにそれに答えた。
「……だって楽しそうにお話しているのを邪魔したら悪いと思ったんですもの」
「アンリエッタ様を邪魔に思うなんて、天と地がひっくり返ったって有り得ませんわっ!それで遠慮をされるなら、むしろエゼキエル陛下の方が邪魔です!」
「ユリアナ様ったら」
それから二人は王族専用のサンルームに移動した。
恒例の二人だけのお茶会である。
今日のケーキはピスタチオクリームがのったショコラムースタルトだ。
ピスタチオクリームの香ばしい風味がチョコレートムースと相まってとても濃厚な味わいになる。
王宮パティシエ自慢の逸品だ。
チョコにはコーヒーを合わせるのか好みのアンリエッタの為に、お砂糖抜きのミルクたっぷりなカフェオレも用意されている。
「ん~~っ!美味しい~~!」
満足そうに舌鼓を打ち、至福の時を満喫するアンリエッタにユリアナは言ってきた。
「前々から否定しておりますけど、私は本当に陛下の事はなんとも思っていませんからね?ちゃんと分かって下さってます?こんなくだらない事で大好きなアンリエッタ様との友情にヒビが入るなんて耐えられませんわ」
アンリエッタはカフェオレが入っているカップを置き、それに答える。
「でも、エルはそうではないかもしれないわ」
「何を仰っているの?陛下のお気持ちはあんなに分かりやすいほどですのに」
「何が?ちっとも分からないわ」
以前、図書室に二人でいたエゼキエルとユリアナを見た時に知ったモヤモヤする感情は、今でも時々アンリエッタの胸の中にやって来る。
ユリアナは違うとしても
エルは、エゼキエルは内心ではユリアナが自分の妃だったら良かったのにと思っているのかもしれない。
だって身分や立場的で言うならば、
幼かったエゼキエルを守る為の婚姻はユリアナでも良かった筈なのだ。
むしろこの国の宰相の令嬢であるユリアナの方がエゼキエルの後ろ盾として相応しかったのではないだろうか。
そうすればエルはいつでも……
一度気になればとことん考えてしまうアンリエッタは、とうとう夕餉の時にエゼキエルの母である王太后ベルナデットに尋ねてみた。
今日は丁度政務の関係でエゼキエルの夕食の時間がずれると連絡を受けていたからだ。
昼食はエルと二人でだが、朝食と夕食はベルナデットと共に必ず三人で食べている。
アンリエッタはデザートを頂きながら(本日2個目のケーキ)、ベルナデットに話しかけた。
「お義母様、少しお尋ねしてもよろしいでしょうか?」
デザート酒を呑んでいたベルナデットがグラスを置いてアンリエッタに言う。
「あらなぁに?わたくしに答えられるものなら良いのだけれど。アンリちゃんの質問にならなんでも答えてあげたいもの」
ベルナデットは母親特有の優しげな眼差しでアンリエッタを見た。
王太后ベルナデットはアンリエッタが王家に嫁いでからは本当の母親のようにアンリエッタを大切にし、殊の外可愛がっていた。
下手すると実の息子のエゼキエルよりも。
「ありがとうございます。あの…率直にお訊きしますが、どうしてエルの妃にモリス侯爵のご令嬢ではなく私が選ばれたのですか?」
「あらどうして?アンリちゃんはエゼキエルのお嫁さんになりたくはなかった?」
逆にそう尋ねられアンリエッタは首をふるふると横に振った。
「とんでもないです!私、エルの事が大好きですもの!エルの役に立てて本当に良かったと思っているんです」
「ありがとうアンリちゃん。貴女のその気持ちを本当に有り難く思っているのよ。それで…なんだったかしら、ああそう、何故エルの妃にユリアナ嬢ではなくアンリちゃんになったか、だったわね」
「はい」
「政治的な面で言うと、エゼキエルが成人するまで摂政も務めるモリス侯爵に力が集中しないためよ。
これはモリス侯爵自身が言っていたのだけれど、『宰相として摂政も担う私が娘まで妃に差し出してご覧なさい、モリスは国を乗っ取るつもりだとアバディ公爵派閥の格好の餌食になってしまうでしょう?』と」
「なるほど……」
「それなら、“武力”の面でモリス侯爵家と肩を並べるベルファスト辺境伯のご令嬢なら、表立って非を唱える者を抑えられ、国内のパワーバランスが乱れない…という事だったのよ」
「なるほど。それで……」
アンリエッタが頷くと、ベルナデットは笑みを浮かべながら言葉を次いだ。
「大まかな理由はそれが本筋だけれども、最大の理由はアンリちゃんの性格ね」
「え?私の性格?それで選ばれたのもあるのですか?」
「ふふ、そうよ。ベルファスト辺境伯がウチのアンリエッタなら微妙な立場であったとしても鬱屈する事もなく、その状況の中で最大限努力して楽しみを見つける筈だ。そしてその屈託のない為人がエゼキエルの助けになるだろうとね」
「助け…口煩く言う事がかしら……」
「ふふふ。アンリちゃんの存在自体が、かしらね」
ベルナデットはそう告げて柔らかく微笑んだ。
ーー私の存在……
政治的な意味でユリアナが選ばれなかった理由は分かった。
でもだからといってそれがエゼキエル個人の望みとなるかは別問題だ。
そんな考えが次の日もアンリエッタの頭の中を占めていた。
ぼーっとしながら図書室の窓から外を見ている時、ふいに後ろからエゼキエルに声を掛けられた。
「アンリ」
アンリエッタはゆっくりと振り返る。
「エル。どうしたの?大陸史の授業中ではなかった?」
アンリエッタがそう問いかけると、
エゼキエルはアンリエッタが座っていた読書用のソファーの隣に座った。
「母上から聞いたんだけど、どうして俺の妃がユリアナではなかったのかと尋ねたんだって?」
口止めはしていなかったが、
まさかベルナデットがその事をエゼキエルに話すとは思っていなかった。
「ま、まぁ……素朴な疑問というやつかしら?」
「どうしてそんな事が気になったの?」
なんだか尋問されてる気分になる。
この話を終わらせたくて、なんとも無いように答えておく。
「とくに意味はないわ?」
「ウソだね」
それが瞬時に返されて、アンリエッタはなんだか腹立たしくなってきた。
「ウソじゃないわ」
「だって右の耳たぶを触ってるじゃないか」
「ま」
アンリエッタには昔からウソを吐く時に右耳たぶを触ってしまう癖があるのだ。
「ねぇ、どうしてそんな事が気になったの?俺の妃でいるのが嫌になった?」
「違うわっ」
それだけは絶対にない。
出会った時から今日まで、ずっとエゼキエルと一緒にいた。
一緒にいればいるほど彼の事が大好きになってゆく。
それを嫌がっているなんて絶対に誤解して欲しくなかった。
少し怒ったようにハッキリと否定したアンリエッタを見て、エゼキエルはどこかほっとしたような表情を見せた。
そして改めてアンリエッタに尋ねてくる。
「じゃあどうしてユリアナの名前が出て来たの?」
「だって……ユリアナ様がお妃様だったらいつでも魔導学のお話が出来るでしょう?」
「へ?」
エゼキエルにとって思いがけない言葉だったのか目をぱちくりさせてアンリエッタを見た。
「家柄の釣り合いも年齢的な釣り合いも私と全く同じ条件なら、同じ魔導学を学ぶユリアナ様との方がエルは楽しいんじゃないかと思ったのよ……私じゃ……エルが魔導学の話をしてもちっとも分からないから……」
なんだか自分で言っていて悲しくなってきた。
口に出してしまうと本当にそれが正しい事だと思ってしまう。
思わず俯いてしまったアンリエッタの頭の上で、エゼキエルが小さく溜め息を吐いた。
ーー呆れられた?
それともやっぱりエルもそう思っていた?
いた堪れない気持ちになり、アンリエッタは思わず目をぎゅっと閉じる。
だけどその時、ふいに手に温もりを感じた。
婚姻を結んだ時はほとんど同じ大きさだったのに、今ではアンリエッタの手よりも大きくなったエゼキエルの手に握られている。
エゼキエルはアンリエッタの手を握りながら呟くように言った。
「俺はずっと、アンリが妃で良かったと、そう思っているんだけど」
「うそっ」
思わず顔を上げると、視線がエゼキエルのガーネットの瞳とぶつかった。
真剣な眼差しでアンリエッタを見つめている。
「嘘じゃない。俺は別に自分の妃にも魔導学に長けていて欲しいなんて思わない。むしろいつもアンリとしているような何でもない会話の方がいいんだ」
「侍従長の鼻毛が一本コンニチワしていた話でも?」
とアンリが言うと、
「鳥の鳴き声が『てっぺんハゲたか?』って聞こえたという話でも」
エゼキエルも言った。
「料理長のサーモンテリーヌのレシピは彼のひぃおばあさんのものだという話でも?」
「木から落ちたイモムシが慌てて木に戻ろうとして、イモムシなりにダッシュしている話でも、ね」
「私とじゃあそんな会話ばかりになるのよ?」
「それがいいんだよ。人に言うまでもないような些細な事を見つけても、アンリとなら面白おかしく報告し合える。それが何より楽しいんだ」
「エ、エル゛ぅぅ……」
アンリエッタは思わず涙目になる。
確かにそんないつもの会話をするのがアンリエッタにとってはかけがえのない時間だ。
エゼキエルがそう思っていてくれた事が本当に嬉しかった。
「だからもうユリアナや他の違う人間が妃だったら、なんて言わないでよ?」
「うん分かった。もう言わない」
「良かった」
そう言ってエゼキエルはふわりと笑った。
「……!」
その優しい笑みを見て、アンリエッタは小さく息を呑む。
胸がきゅぅ~っとせつなくなって苦しくなる。
ーーこれは……この感情は……
間違いない。
経験が無いからわからなかったけど、きっとこれが恋というものなのだろう。
このところ感じていたモヤモヤもこのせつなさも、
コイゴコロという奴の仕業なのだろう。
となれば、アンリエッタにとって初恋という事になる。
ーー恋……恋!私、エゼキエルに恋しちゃったんだわ……!
とにかく言葉に表現出来ないこの胸の内を、早くユリアナに聞いて貰いたいっ……と思うアンリエッタであった。
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