いつか終わりがくるのなら

キムラましゅろう

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アンリエッタとエゼキエル、十四歳

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「あ、アンリエッタ様、愛しのエゼキエル陛下がいらっしゃいますわよ♡」

宰相モリス侯爵の令嬢でアンリエッタの親友であるユリアナが回廊の向こう側を歩くエゼキエルを見ながら言った。

「……ユリアナ様、その“愛しの”という文言をわざわざ付けるの、やめてくださらない?」

アンリエッタがジト目で抗議するもユリアナはシレっと言葉を返してくる。

「あら、だって本当の事でしょう?今でも忘れられません……アンリエッタ様が頬を赤らめながらエゼキエル陛下に恋をしたと報告して下さった日の事を……あの日のアンリエッタ様の初々しいお可愛らしさはまるで天使のようでしたわ……!」

「ユリアナ様ってば記憶を操作をされてません?我ながらあの日は鼻息が荒くて、若干怖かったのではないかと分析していますのに」

「怖いなんてとんでもないですわっ!あの日のアンリエッタ様の破壊力は凄まじいものがありましたもの!」

「まぁ確かに興奮しすぎてティーカップを落として割ってしまいましたからね」

「それもまた良き思い出ですわーっ♡」

「どこが?」

そんな事を二人で話している内に、アンリエッタに気付いたエゼキエルが従者と一緒に近付いて来た。


「アンリ」

「あらエル」

なんとなく気恥ずかしいので今気付いた体をとっておく。
アンリエッタはエゼキエルの後ろに控える二人の従者にも声を掛けた。

「アーチーとリックもごきげんよう」

アンリエッタの声掛けに文官と武官、二人の少年が胸に手を当て、軽く礼を執った。

「妃殿下、おはようございます」

「いやだわ妃殿下だなんて。いつものようにアンリエッタと名前で呼べばのに」

アンリエッタがそう言うと、武官…騎士である少年が答えた。

「まぁたまにはいいじゃないですか」

「あはは」

騎士の少年の軽口に文官風の少年が笑う。

二人はエゼキエルが十四歳になったと同時に彼の側に付けられた者たちだ。

文官風の少年の名はアーチー=ケリー。
ケリー伯爵家の嫡男だ。
年はエゼキエルと同じ十四歳で、将来の最側近候補としてエゼキエルの側に置かれた。
宰相モリスの再来(彼はまだまだ若く壮健であるが)と言わしめる程、聡明で優秀な少年だ。

対して騎士である少年の名はリック=エバンスといい、エバンス伯爵家の三男坊だ。
武の家門であるエバンス伯爵家の血を色濃く受け継ぎ、まだ準騎士であるにも関わらず剣技の腕前はベテラン正騎士にも引けを取らない程であるという。
年齢はエゼキエルの二歳年上で十六歳。
彼もまた、将来は近衛として国王専属護衛騎士となる事を踏まえて側近くに置かれた。

二人ともエゼキエルとはもっと幼い頃から親交があり、どちらもエゼキエルにとって気の置けない心安い友人でもあった。

当然、エゼキエルの妃であるアンリエッタとも前々から面識があり、こうやって飾らない接し方をしてくれる。


エゼキエルがアンリエッタに尋ねてきた。

「アンリは今日は母上のサロンへ行くのだったかな?」

「ええそうよ。十四歳になったからそろそろ出席してもよいでしょうと、お義母さまにお誘い頂いたの。もちろんユリアナ様も一緒よ」

アンリエッタのその言葉に頷きながらアーチーが言った。

「十六歳でのデビュタントに備え、そろそろ様々なお茶会や園遊会などに出て場慣れや顔繋ぎをするのがこの国の社交界の慣いですもんね」

それを受けリックが軽い口調で言う。

「初めて出席する公式なお茶会が王太后様のサロンというのがなんとも凄い話だけどな」

ユリアナが悲鳴に近い声でリックに抗議した。

「言わないでリック様っ!緊張するからその事はなるべく考えないようにしていましたのにっ」

「モリス侯爵家の令嬢ならアンリエッタ様抜きで出席してもおかしくないくらいでしょう。なにもそこまで身構えなくてもよいのでは?」

「王太后様のサロンという字面だけで身が竦みますのっ!」

更にヒステリックになるユリアナにアンリエッタは言葉掛ける。

「大丈夫よ。お義母様はお優しい方だから」

「アンリエッタ様ぁ……!」

べそべそと泣き顔になるユリアナを慰めるアンリエッタにエゼキエルが言った。

「……まぁ母上主催のお茶会で問題を起こすような輩は居ないだろうけど念のため気をつけて。不敬を働くような奴が居たら、側にいる近衛に言って強制退場させていいから」

物騒な事を言うエゼキエルにアンリエッタはころころと笑う。

「も~エルったら冗談ばっかり」

と、この時はそうのん気に返してた。

実際ベルナデットのサロンでは特筆するような事は何も起こらなかったし、場の雰囲気も悪くはなかった。

が、伯爵位以上のお茶会に度々出席するようになったアンリエッタは、自分が思いの外この国の社交界ではお飾りの妃として見られている事に気付かされる。

まだ十四歳と年若く、幼き国王の即位を助ける為に急拵えで据えられた妃。

侯爵位以上の名家で同世代の令嬢が居る家門のお茶会に呼ばれた時などそれはそれは明らさまに…とはいかずとも、それなりに見下した態度を取られる事も少なくはなかった。

ーーまぁ気にしないのだけれども。

自分が妃に選ばれた性格上の理由とはこれか!とアンリエッタは得心していた。

確かにあんまり気にならない。
直接危害を加えられる訳でもないし、ベルファスト辺境伯領で年に数件起きる魔獣の被害の方がよほど深刻である。

とこんな感じでアンリエッタは高位貴族達の思惑など、どこ吹く風であった。

そして今日、ユリアナと共に出席したフィン侯爵家のお茶会では、
本来ならこの場の誰より高位である筈のアンリエッタの席がフィン侯爵令嬢と同列に置かれている。

テーブルの向かいには何食わぬ顔で着座しているフィン侯爵夫人とその娘がいた。

まぁアンリエッタにしてみればそのおかげでユリアナと隣同士の席に着けたので何の文句もないのだが、隣に座るユリアナはいたくご立腹であった。

小声でアンリエッタにぷんすこと文句を言っている。

「こんな無礼なお話ってあります?これは意図的にアンリエッタ様のお立場はいつでもウチの娘に代わりますのよというアピールですわっ……許せませんっ……!」

「どぅ、どぅどぅですわユリアナ様。気を鎮めて下さいまし。私、本当にどうでもいいと思っているのですから」

「どうでもよくなんかありませんわっ…こんな事、エゼキエル陛下と王太后様がお知りになったら、フィン侯爵家はただでは済まされませんわよっ」

「ユリアナ様ったら物騒な……エルが知ってもそんなに怒ったりしないと思うわ」

「アンリエッタ様は知らないからそんな事を言えるんですわっ。この頃の陛下の腹黒さに磨きが掛かった感じといったらもう…魔導学の授業ではそれが如実に出ておりますのよっ。あぁ怖い怖いっ……」

「あの穏やかなエルが?……信じられませんわ」

「アンリエッタ様の前では猫を被ってらっしゃるんですっ……!」

そうやって二人で小声でやり取りしていたら、ふいに向かいに座るフィン侯爵令嬢が声を掛けてきた。

「お二人とも何をこそこそとお話していらっしゃるの?折角のお茶会ですのに、皆さまと交流されたら如何かしら?」

何故か上から目線な令嬢のもの言いに対し、ユリアナが答えた。

「あら、ごめんあそばせ。王宮の作法とはあまりにもかけ離れた斬新な客席の配置に、ビックリしておりましたの。フィン侯爵領ほど王都から離れた領地の方ともなればこのような奇抜な席順になるのが当たり前なのですね、勉強になりますわ~~っおほほほ……!」

「なっ……」

言外に(でもないか)あり得ない無礼な席順である事と、意趣返しの為にフィン侯爵領が王都から遠く離れた田舎の地である事を匂わされ、フィン侯爵令嬢は顔を赤くして怒りに震えている。

そして今度は不躾に言い放った。

「うちの領地よりベルファスト辺境伯領の方がよっぽど王都より遠くて田舎ではありませんかっ」

その言葉に対し、アンリエッタが大きに頷いた。

「確かに!ベルファスト辺境伯領には魔獣がわんさかおりますしね!」

「アンリエッタ様ったら。国境警備を担うベルファスト辺境伯領が秘境中の秘境なのは当たり前でしょう?」

「それも確かにそうですわね。フィン侯爵令嬢、田舎者同士仲良くしましょうね」

「なっ…なっ……!」

アンリエッタにそう言われ、悔しさで言葉を無くした娘の代わりにフィン侯爵夫人が口を挟んできた。

「まぁ……なんて無遠慮なもの言いなのでございましょう。いくら今は第一妃のお立場にいらっしゃるからと、そのような辛辣な言い方では国王陛下に厭われておしまいになりますわよ?それとも既に厭われておられるのでは?心配ですわ、女性は可愛げが一番ですからねぇ。あら、不敬と取らないで下さいましね?女性の年長者として、そう、男親しかいらっしゃらない妃殿下にご忠告をして差し上げているだけなのですから」

「フィン侯爵夫人……貴女という方はっ……」

ユリアナが怒りのあまりワナワナと震え出した。

ーーたかが十四歳の私達にこの態度……少し大人気おとなげ無くないかしら?

これはどうしたものかとアンリエッタが思案していると、俄にお茶会の会場となっている庭園の入り口の方が騒然となった。

フィン侯爵家の使用人たちが何やら慌てて右往左往している。

そして家令と思われる紳士が忙しなく側に来て、フィン侯爵夫人に耳打ちをした。

夫人は驚愕しすぎて付けまつげ取れる勢いで目を見開いていた。

「えぇっ!?な、なんですってっ!?国王陛下がっ!?」

ーーん?国王陛下?

その単語に驚きつつ、アンリエッタが騒ぎになっている方に視線を向けると……

「エルっ?」

フィン家の使用人に案内されながらこちらに向かって来るエゼキエルの姿が目に飛び込んで来た。

なぜ彼がわざわざ一家門のタウンハウスに?

驚きすぎて目を見開くしか出来ないアンリエッタの側に、脇目も振らず一直線に来たエゼキエルが優しく微笑んだ。

若き国王の柔らかな笑みを初めて目の当たりにした会場中のご令嬢やご夫人方が皆、息を呑んで見惚れていた。
小さく悲鳴を上げる者もいる。

それらを全てスルーしてエゼキエルはアンリエッタに言う。

「迎えに来たよアンリ。午後からは天気が崩れるそうだ。もう王宮に戻った方がいい」

「え?それでわざわざ迎えに来てくれたの?」

アンリエッタが訊くとエゼキエルはさも当然だというように答える。

「そうだよ。大切なアンリが風邪を引いたりでもしたら大変だからね。さぁ一緒に帰ろう」

そう言ってエゼキエルはアンリエッタの手を引いて立ち上がらせる。

その時、フィン侯爵夫人と娘がずいっとエゼキエルの前に進み出た。

「こ、国王陛下にご挨拶申し上げます!まさか陛下に我が家にお越し頂けますとは思いもよらず……!大変光栄な事に存じますっ!こちらに居りますのが我が娘で……」

フィン侯爵夫人が挨拶を述べるのを、
エゼキエルは片手を上げて静かに制した。

そして感情の籠らない硬質な声で夫人と令嬢に言った。

「挨拶は無用。我が妃を迎えに立ち寄っただけの事、すぐに失礼する」

「そんなっ…折角おいで下さいましたのに何のおもてなしもしないとなれば主人に叱られますわっ……
是非、娘に庭園を案内させますのでゆっくりとご覧になっ…「必要ない」

エゼキエルはまた夫人の言葉を遮った。

そしてアンリエッタの手をしっかりと握りながら告げる。

「このようなな席順の茶会で楽しめるとは思わないからな」

「っ……そ、それはっ……!」

アンリエッタを見くびり、下に置いた事を指摘するエゼキエルの発言にフィン侯爵夫人と娘は一気に顔色を悪くした。

「これはあまり良い気分ではないな。私の妃であるアンリエッタに対して礼を尽くす事が出来ないというのは、偏に王家に対し礼を尽くさないという意思の現れと取る。これは当主である侯爵に厳重に抗議しておこう」

それだけ言ってエゼキエルはアンリエッタの手を引き、すたすたと歩き始めた。

「お、お待ちください陛下っ!妃殿下を下に見たなど、そのような事は一切ございませんっ!どうかっ、どうか主人にはこの事はっ……!」

追い縋ろうとする夫人を、護衛の一人であるリックが制した。

こちらも温度を感じさせない冷たい眼差しで。

「……!」

その場に力なく座り込む夫人と娘を、招待客達も顔色を悪くして見つめていた。

自分たちもアンリエッタをお飾りの妃だと見下していたクチなのだろう。


しかし今回、エゼキエルが自ら足を運んでアンリエッタへの寵愛ぶりを示した事により、自分たちの見解が間違っていた事実を否が応でも突きつけられる形となった。

エゼキエルによりその場から連れ出されるアンリエッタの後をユリアナも追う。

その時ちらりと振り返り、小さな声で「ざまぁですわ」と言ったのは誰の耳にも届かなかった。


この日、何故エゼキエルが迎えに来たのか。

前々から娘のユリアナから、お茶会の席などでのアンリエッタの扱いに礼を欠く家門多い事を訴えられていたモリス宰相がエゼキエルにこそっとご注進したのだそうだ。

それを聞いた途端、エゼキエルは無言で立ち上がりそのまま部屋を出て行ったらしい。

どうやらその足で直ぐにフィン侯爵家へと向かったようだ。


そしてそれから、フィン侯爵夫人と娘がどうなったか……

二人はその後まだ社交シーズンの真っ只中にあったにも関わらず、
慌てふためいてフィン侯爵領へと戻って行ったらしい。

なにやら恐怖に駆り立てられるような感じで。

フィン侯爵家に何が起こったのか、確かな事は誰も知らない。


そしてその事は瞬く間に社交界に知れ渡り、
アンリエッタをお飾りの妃と扱う者は誰一人とて居なくなったという。




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