妻と夫と元妻と

キムラましゅろう

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試験展開

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「どうぞ」

カチャリと茶器が小さな音を立てた。
わたしはアウグスト=ケーリオ魔術師団長にお茶を差し出す。

「ありがとう、アシュリさん」

「いいえ。お口に合うといいのですが」

顔を洗って身支度を整えているシグルドの代わりに、師団長さんの対応をする。

師団長さんは居住まいを正してわたしに頭を下げた。

「今回の事は本当にすまなかった。魔力が無いからスタングレイと別れろなんて言われて、辛かっただろう。部下の家族を守れないなんて、自分の不甲斐なさが情けないよ……」

「師団長さん……もういいんです。シグルドが魔術師団を辞めた事で無くなった話ですから」

わたしの言葉を受け、師団長さんは困り果てた顔をした。

「スタングレイを失って、我が魔術師団は大きな痛手を負ったよ……本当にバカな事をした……」

その時、シグルドが居間に入って来る。

「今更何を言われても魔術師団に戻る気はありませんよ」

シグルドの姿を認め、師団長さんはソファーから立ち上がってシグルドを見た。

「そんな事言ってもお前……いや、そうだな、今更だな……」

そう言いながら力なくソファーに座った。
シグルドは対面しているソファーに座る。

「では師団長さん、どうぞごゆっくり」

「ありがとうアシュリさん」

わたしは話の邪魔にならないように席を外す事にした。


洗濯物をやっつけねば。



◇◇◇◇◇


「それで?何のご用ですか?」


アシュリが居間から出た後、俺はかつての上官にそう尋ねた。

「……新術が完成した、おそらく」

「おそらくとは何ですか」

「お前が基礎理論の定義と使用術式の選択、そして術式の構築まで進めてくれていたからな、後はそれらを押し進めるだけで良かったから……残った者で死ぬ気でなんとか完成まで漕ぎ着ける事は出来た。しかしそれが本当に正解なのか、正しく発動するのかまでは確信が持てないのだ」

ーーち、頑張らなくて良かったのに

「……まぁ試験展開してみないと分かりませんからね」

「組んだ術式の効果を考えると、恐ろしくておいそれと発動出来んのだ。下手したら……」

「全てが無に帰す、物理的に。全てが消え去るかもしれない」

師団長が続ける筈であった言葉を俺が継いで口にした。

術が失敗した場合の、最悪のケースを。


師団長は顔色を悪くして俺に告げた。

「……魔術師団を辞めたお前に、こんな事を頼むのは図々しというのは百も承知だ。だが、試験展開に立ち会って貰いたいのだ」

「……師団長、新術の研究と開発に携わってきたからこそ忠告させて貰います。あの術には手を出さない方がいい。あの力は選ばれた者がギフトとして生まれながらに持つ力であって、人工的に作って制御出来る代物ではありません。必ず、大きな代償を払わされる事になるでしょう」

完成させたからこその気付きもあったのだろう。
師団長は俺の言いたい事が理解出来るらしく、俯いてしまった。

そして苦しそうに声を押し出した。

「しかし……陛下は聞く耳を持って下さらない。試験展開を強行されるつもりだ……」

「クソだな」

不敬だろうが知るもんか。
クソ野郎はクソ野郎だ。

その時、居間の窓から念書鳩メッセンジャー(魔術で出来た伝書鳩。電報のようにメッセージを届ける)が飛び込んで来た。

「……!」

「王宮からですか」

念書鳩メッセンジャーはメッセージを伝える相手にだけ聞こえる声で師団長に何かを伝えていた。

途端に師団長の目が見開かれる。

「何っ!?何を勝手にっ!!あれほど軽挙妄動を慎むべきと言ったのにっ……!」

「どうかしたんですか?」

「……陛下よりこれから直ぐに試験展開をするようにと下知が下ったそうだ」

「これからっ?まだ確信が持てていない状態であるのにっ?」

一体何を考えているんだ!
いや、何も考えていないから出来る事だな。

「師団長、今すぐ止めないと。何が起こるか分かりませんよっ!」

「そ、そうだな、急ぎ城に戻ろう」

「俺も行きますが、少しだけ待ってて下さい」

俺はそう言ってアシュリの元へと急ぎ行った。

だけど無闇に心配をかけたくはないし、アシュリを怖がらせたくはない。

俺は努めて冷静にそして軽い調子でアシュリに告げた。

「アシュリ、ちょっとやり残した仕事があるからそれを片付けに王宮へ行ってくるよ」

「今から?随分と急なのね。師団長さんはその為にここに来られたの?」

アシュリが可愛い顔を少しだけ曇らせて俺に言う。

俺は心配要らないと伝えたくて、愛しい妻の頬に触れた。

「そうだよ。まったく…辞めた人間の人使いが荒いよね。仕方ないからちゃちゃ~っと片付けてくるよ」

「シグルド……なんか…大丈夫なの?」

アシュリは俺の心の機微に聡い。

平常心を保ちながらいつも通りに話をしたつもりだが、俺から何かしらの感情を読み取ったのだろう、不安そうな表情をしている。

俺は少しでも安心させたくて出来る限りの笑顔で答えた。

「大丈夫だよ。アシュリは昼寝でもして待ってて」

「シグルド……」

アシュリが縋るように俺のローブを掴んだ。

俺はそっとアシュリの頬にキスをして優しく微笑む。

「心配要らないから。すぐに戻るよ」

「……うん……」


そうして俺は師団長と共に王宮へと転移した。


心配そうに、不安げな顔をするアシュリを一人残して。


「シグルド……」


俺が転移して行った後、

アシュリが俺の名を呟いた事は当然知らない。







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