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李亥レガルド奇譚 ②
レガルドが眠らせた菫を連れて来たのは東和一の妓楼、紫檀楼であった。
この妓楼の楼主夫妻の亡くなった息子とレガルドが友達だった縁で、楼主夫妻は未だに息子の友人として可愛がってくれているのだ。
転移魔法でいきなり菫を抱いて現れたレガルドに、女将は目を見張るも直ぐに部屋を用意して菫を休ませてくれた。
別室にて女将の女郎花がレガルドに言う。
「あのお方が若様の大切なお姫様ですのね。確か……弓削の菫様」
「ああ……」
「お可哀想に……一瞬にして根無し草になられましたのね」
「女将、頼みがある」
レガルドが真剣な表情で女郎花を見る。
彼女はすぐに頷いた。
「菫様をお預かりしたらよろしいのでございましょう?」
「そうだ。菫のあの父親が、弓削庄左衛門が謀反を企てるなんてとても信じられない。他の重臣達もそう思っているようだが、あまりにも状況証拠が揃い過ぎていて認めざるを得なかったらしい。でもだからこそ怪しいんだ」
「どういう事です?」
遠くで雷鳴が聞こえる。
ぽつりぽつりと聞こえていた雨粒が地面を叩く音が忙しなく耳に届くようになった。
レガルドは降り出した雨を妓楼の窓から眺めた。
「州主殺害を企てるような奴が、自らが不利なるような証拠を残しておくと思うか?」
「……よほどのおバカさんじゃない限り、すぐに処分致しますわよね」
「そうだ。しかもそれが二つ三つと露見する事自体がおかしい」
「では若様は真犯人は他にいると、弓削様たち家臣の方々は無実の罪を着せられたとお考えなのですね」
「……おそらく、いや、間違いなく。どうやら菫は女将と同じ相手が仇となったらしい」
「!!」
レガルドが口にした言葉を聞き、女郎花は息を呑んだ。
十年前、最愛の息子を馬車で轢き殺した李亥家の嫡男。
鞠を追いかけ、馬車の前に飛び出したのは確かに息子の非であると言えるのかもしれない。
だが李亥家の嫡男は轢いた子どもをゴミのように放置し、その場を後にした。
その現場を見ていた他の妓楼の遊女や若い衆がすぐに医師の元へと運んでくれたが既に手遅れであった。
あの時、放置などされず直ぐに医師の元へ運んでくれていたなら。
逆恨みと取られても何と言われても、女将の胸には李亥の嫡男への憎しみが今も身の内を灼き続けているのだ。
「……俺は今まで跡目争いには一切興味がなかった。成人すれば直ぐにでも菫を連れてこの国を出て行くつもりだった。いや、その気持ちは今も変わらない。だけどアイツらを野放しにしたまま、菫の父親の無念を晴らさずにいたままでは本当の意味で幸せにはなれない」
「どうなさるおつもりですか?」
「異母兄サイドをまとめて殲滅する」
「では若様が次代の州主に?」
「俺はごめんだ。そんな柄でもないしな。異母弟にでもやるよ。あいつならまぁなんとか上手くやれるんじゃないか?とりあえずこれからすぐにでも行動を移す。暫く来れないと思うが菫を頼む」
「承知いたしました。若様、でもその前に……」
「なんだ?」
「菫様が暫く紫檀楼で暮らすのであれば、名を授けてあげてくださいまし。この花街で生きてゆくための美しい花の名前を」
「ふむ、源氏名か……そうだ女将、分かっているとは思うがくれぐれも菫を他の男に近付けるなよ」
「何を野暮な事を……ちゃんと心得ておりますよ。菫様は若様だけの花である事を」
「俺だけの花……いいな!」
「………左様でございますわね、して、名は?」
「そうだな……」
レガルドはしばし思案した。
菫に相応しい名、菫を思う気持ちをその名に託せるものは……
「桔梗、桔梗がいい」
「桔梗……桔梗の君ですか……桔梗の花言葉は“変わらぬ愛”ですわね、まぁ若様が花言葉をご存知だったとは」
「茶化すなよ。偶然何かの本で読んだのを思い出したんだ」
「申し訳ございませぬ。では桔梗の君は今日よりこの紫檀楼の遊君として扱います。決して勝手に手折られる事などないよう、細心の注意をはかりますゆえご心配なきよう」
「頼む」
レガルドは刀を手に立ち上がる。
出来れば菫が起きるまで側にいてやりたいが、まずは弓削の屋敷へ戻り、菫が大切にしていた家族の思い出の品を確保しておいてやりたいのだ。
ーー可哀想にな。親の形見の品一つ持たせて貰えなかったなんて……。
急がなくては勝手に持ち出して奪われる可能性がある。
ーー親父殿の許可など知るか。門前払いを喰らうなら全員その場で沈めてやる。
女郎花がレガルドに言った。
「どうか、どうかあの者たちに天罰を」
縋るような、いや、希望を見出しているかのような瞳をレガルドに向ける。
レガルドは力強く頷いた。
「ああ。女将にも仇を打たせてやるからな」
「はい。心待ちにしております」
その言葉を耳にしながらレガルドは転移にて紫檀楼を後にした。
次にレガルドが菫に会えたのは三ヶ月後。
急ぎ冤罪の偽装を施したあちら側の人間を手中に収めてからの事であった。
この妓楼の楼主夫妻の亡くなった息子とレガルドが友達だった縁で、楼主夫妻は未だに息子の友人として可愛がってくれているのだ。
転移魔法でいきなり菫を抱いて現れたレガルドに、女将は目を見張るも直ぐに部屋を用意して菫を休ませてくれた。
別室にて女将の女郎花がレガルドに言う。
「あのお方が若様の大切なお姫様ですのね。確か……弓削の菫様」
「ああ……」
「お可哀想に……一瞬にして根無し草になられましたのね」
「女将、頼みがある」
レガルドが真剣な表情で女郎花を見る。
彼女はすぐに頷いた。
「菫様をお預かりしたらよろしいのでございましょう?」
「そうだ。菫のあの父親が、弓削庄左衛門が謀反を企てるなんてとても信じられない。他の重臣達もそう思っているようだが、あまりにも状況証拠が揃い過ぎていて認めざるを得なかったらしい。でもだからこそ怪しいんだ」
「どういう事です?」
遠くで雷鳴が聞こえる。
ぽつりぽつりと聞こえていた雨粒が地面を叩く音が忙しなく耳に届くようになった。
レガルドは降り出した雨を妓楼の窓から眺めた。
「州主殺害を企てるような奴が、自らが不利なるような証拠を残しておくと思うか?」
「……よほどのおバカさんじゃない限り、すぐに処分致しますわよね」
「そうだ。しかもそれが二つ三つと露見する事自体がおかしい」
「では若様は真犯人は他にいると、弓削様たち家臣の方々は無実の罪を着せられたとお考えなのですね」
「……おそらく、いや、間違いなく。どうやら菫は女将と同じ相手が仇となったらしい」
「!!」
レガルドが口にした言葉を聞き、女郎花は息を呑んだ。
十年前、最愛の息子を馬車で轢き殺した李亥家の嫡男。
鞠を追いかけ、馬車の前に飛び出したのは確かに息子の非であると言えるのかもしれない。
だが李亥家の嫡男は轢いた子どもをゴミのように放置し、その場を後にした。
その現場を見ていた他の妓楼の遊女や若い衆がすぐに医師の元へと運んでくれたが既に手遅れであった。
あの時、放置などされず直ぐに医師の元へ運んでくれていたなら。
逆恨みと取られても何と言われても、女将の胸には李亥の嫡男への憎しみが今も身の内を灼き続けているのだ。
「……俺は今まで跡目争いには一切興味がなかった。成人すれば直ぐにでも菫を連れてこの国を出て行くつもりだった。いや、その気持ちは今も変わらない。だけどアイツらを野放しにしたまま、菫の父親の無念を晴らさずにいたままでは本当の意味で幸せにはなれない」
「どうなさるおつもりですか?」
「異母兄サイドをまとめて殲滅する」
「では若様が次代の州主に?」
「俺はごめんだ。そんな柄でもないしな。異母弟にでもやるよ。あいつならまぁなんとか上手くやれるんじゃないか?とりあえずこれからすぐにでも行動を移す。暫く来れないと思うが菫を頼む」
「承知いたしました。若様、でもその前に……」
「なんだ?」
「菫様が暫く紫檀楼で暮らすのであれば、名を授けてあげてくださいまし。この花街で生きてゆくための美しい花の名前を」
「ふむ、源氏名か……そうだ女将、分かっているとは思うがくれぐれも菫を他の男に近付けるなよ」
「何を野暮な事を……ちゃんと心得ておりますよ。菫様は若様だけの花である事を」
「俺だけの花……いいな!」
「………左様でございますわね、して、名は?」
「そうだな……」
レガルドはしばし思案した。
菫に相応しい名、菫を思う気持ちをその名に託せるものは……
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「桔梗……桔梗の君ですか……桔梗の花言葉は“変わらぬ愛”ですわね、まぁ若様が花言葉をご存知だったとは」
「茶化すなよ。偶然何かの本で読んだのを思い出したんだ」
「申し訳ございませぬ。では桔梗の君は今日よりこの紫檀楼の遊君として扱います。決して勝手に手折られる事などないよう、細心の注意をはかりますゆえご心配なきよう」
「頼む」
レガルドは刀を手に立ち上がる。
出来れば菫が起きるまで側にいてやりたいが、まずは弓削の屋敷へ戻り、菫が大切にしていた家族の思い出の品を確保しておいてやりたいのだ。
ーー可哀想にな。親の形見の品一つ持たせて貰えなかったなんて……。
急がなくては勝手に持ち出して奪われる可能性がある。
ーー親父殿の許可など知るか。門前払いを喰らうなら全員その場で沈めてやる。
女郎花がレガルドに言った。
「どうか、どうかあの者たちに天罰を」
縋るような、いや、希望を見出しているかのような瞳をレガルドに向ける。
レガルドは力強く頷いた。
「ああ。女将にも仇を打たせてやるからな」
「はい。心待ちにしております」
その言葉を耳にしながらレガルドは転移にて紫檀楼を後にした。
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