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ある日、コロコロされました
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プリムローズたちエリザベス心の友の会メンバーが小説のヒロインであるリュミナ・ドビッチ(エリザベス命名)と生徒会執行部の面々と邂逅したその翌朝。
エクトル・ワーグナー伯爵令息は貴族院学院の停車場にて幼い頃からの婚約者であるプリムローズ・キャスパー伯爵令嬢が登校してくるのを待っていた。
───昨日はなんだかプリムの様子が変だった。
最初廊下で顔を合わせた時はいつも通りのプリムローズであった。
なのに途中から表情に翳りを感じたのだ。
それがどうにも気になって、比較的時間の空くこの朝の通学時間にエクトルはプリムローズの様子を見に来たのであった。
ややあって、プリムローズがいつも通学に使っているキャスパー伯爵家の馬車が到着した。
長年キャスパー伯爵家に仕えているベテランの馭者がエクトルの姿を見て苦笑いをしながら馬車から降りた。
「おはようございますワーグナー小伯爵」
「おはよう。よく晴れたいい朝だな」
エクトルが馭者に挨拶を返すと、馭者は「ええ……いっそのこと今日が雨だったら……と思いましたよ……」
「え?それはどういう……」
馭者が発した言葉が理解出来ず首を傾げるエクトルの前で馭者は馬車の扉を開けた。
プリムローズが降りてくると思い、エクトルはエスコートするために馬車へと近付く。
しかし馬車に乗っていたのは……
「………………鞄?」
馬車の座席にはプリムローズではなく、プリムローズの学生鞄だけが鎮座していたのである。
眉根を寄せるエクトルに馭者は困り顔をしながら言った。
「お嬢様は体力作りのために今朝から走って登校されるそうです……」
「キャスパー家のタウンハウスから学院までっ?誰も引き止めなかったのかっ?」
「鞄を馬車に置かれるなり走って行くと告げられそのまま……お嬢様の足に敵う者は当屋敷にはおりません……私は慌てて馬車で追いかけるしか出来ませんでした……」
「……それで、プリムは?」
「更に校庭を一周されてから停車場に鞄を取りに向かうから待っていてくれと……あぁほら、いらっしゃいました」
馭者がエクトルの後方に視線を向けてそう言ったのを聞き、エクトルは慌てて振り返る。
すると向こうから元気に走ってくるプリムローズの姿が目に飛び込んで来た。
「……プリムローズ」
伯爵家の令嬢が屋敷から学院まで走って来た。
副騎士団長の父親仕込みの武芸の才があったとしても危険極まりないその行動に、エクトルは軽く頭痛がした。
眉間に指を当てるエクトルに到着したプリムローズが声を掛ける。
「おはよう!エクトル…様っ!清々しい朝ですわね!」
元気いっぱい朝の挨拶をしたプリムローズ。
昨日自分自身で取り決めた、敬称呼びもなんとか忘れずに言えた。
しかしエクトルがそれに反応する。
「エクトル“様”?プリム、どうして急にそんな呼び方を?」
「え?」
まさかその事を気にされるとは思っていなかったプリムローズは内心慌てた。
「新学期のために少々執行部の仕事が忙しくなり、あまり交流出来なかった間に呼び方が変わっているのは……なぜだ?」
「えっと……その……オトナの雰囲気を醸し出す練習?」
「オトナ。呼び方ひとつでそんなものが醸し出せるか」
「な、なによぅ。別に呼び方くらい何でもいいでしょう?」
「良くない。キミがそんな顔してる時は大概良くない事を考えている時だ」
「えっ、そんな顔ってどんな顔?」
「そんな顔だよ」
「そんな顔……」
今、自分がどんな顔をしているのか心配になったプリムローズが自身の両頬を手で押さえた。
それを見ながらエクトルが言う。
「プリム、何を考えて突然ランニング登校を始めたり呼び方が変わったのかを問い詰めたところで、きっとキミは俺に話す気はないんだろう?」
「え、ええ……そうね、わたしだけの問題じゃないから……」
皆で断罪を回避しようとしているのに、自分だけ告げ口のように婚約者に話す事は出来ないとプリムローズは思った。
そんなプリムローズにエクトルは言う。
「何か問題が起きて、それを解決しようと頑張る姿は微笑ましいが、あまり危険で無茶な事だけはしないでほしい。俺の心臓が幾つあっても足らなくなる」
「え?エクトルって心臓のスペアがあるの?さすがは我が国有数のお金持ち、ワーグナー伯爵家ね!」
「……スペアはないから。だから無茶はしないでくれ」
「エクトルの心臓を守るために?」
「プリムの身の安全のためにだ」
「わたしは頑丈で心臓に毛が生えているくらいに強心臓だと言われているから大丈夫だけど……エクトルの心臓のために気をつけるわ」
「ありがとうプリム。いい子だ」
そう言ってエクトルはプリムローズの頬を指の背で触れた。
昔からよくするスキンシップだが、ここ数年で身長がぐっと伸びて貴公子然としたエクトルにそれをされると、なんだかドキドキして落ち着かなくなる。
プリムローズの頬が赤く熱を持っているのは果たして走って来たせいだけなのだろうか。
その後エクトルは馭者からプリムローズの鞄を受け取り、プリムローズの手をガッチリと握りながら教室までエスコートしてくれた。
プリムローズの後に登校して来たエリザベスに朝の出来事の事を話すと、エリザベスは眉根を寄せて諭すように言った。
「いいことプリムローズ。この先の展開なんて、物語の強制力でコロっと変わってしまうのよ?それなのにカンタンにコロコロされてはダメ」
「わ、わたし、コロコロされちゃいました?」
「ええもうコロッコロに。エクトル様はとくに弁が立つのだから流されて転がされてはダメよ」
「わ、わかりましたわ……」
これは明日からも頑張って走って体力作りをしなくては……と思うプリムローズであった。
───────────────────────
生徒会執行部メンバーとリュミナ・ドビッチの容姿のご紹介。
エクトル・ワーグナー (17)
プリムローズの婚約者。身長180センチ、ベージュグレイの髪に青灰色の瞳を持つイケメン。
ルドヴィック第二王子(17)
エリザベスの婚約者。身長180センチ、金髪碧眼のいかにも王子様然としたイケメン。
イヴァン・オーブリー侯爵令息(17)
ロザリーの婚約者。身長183センチ、黒髪にアンバーの瞳の体格の良い脳筋。
コラール・ミレ伯爵令息 (17)
フランシーヌの婚約者。身長175センチ、銅色の髪に青い瞳の線の細いいかにも文官タイプ。
リュミナ・ドビッチ(ドウィッチ)(17)
突然変異の稀な魔力を持って生まれてきた、小説の中の主人公。
ピンクブロンドにマスカットグリーンの瞳を持つ、ふわふわと小動物系の美少女。
しかし性格に難あり。
エクトル・ワーグナー伯爵令息は貴族院学院の停車場にて幼い頃からの婚約者であるプリムローズ・キャスパー伯爵令嬢が登校してくるのを待っていた。
───昨日はなんだかプリムの様子が変だった。
最初廊下で顔を合わせた時はいつも通りのプリムローズであった。
なのに途中から表情に翳りを感じたのだ。
それがどうにも気になって、比較的時間の空くこの朝の通学時間にエクトルはプリムローズの様子を見に来たのであった。
ややあって、プリムローズがいつも通学に使っているキャスパー伯爵家の馬車が到着した。
長年キャスパー伯爵家に仕えているベテランの馭者がエクトルの姿を見て苦笑いをしながら馬車から降りた。
「おはようございますワーグナー小伯爵」
「おはよう。よく晴れたいい朝だな」
エクトルが馭者に挨拶を返すと、馭者は「ええ……いっそのこと今日が雨だったら……と思いましたよ……」
「え?それはどういう……」
馭者が発した言葉が理解出来ず首を傾げるエクトルの前で馭者は馬車の扉を開けた。
プリムローズが降りてくると思い、エクトルはエスコートするために馬車へと近付く。
しかし馬車に乗っていたのは……
「………………鞄?」
馬車の座席にはプリムローズではなく、プリムローズの学生鞄だけが鎮座していたのである。
眉根を寄せるエクトルに馭者は困り顔をしながら言った。
「お嬢様は体力作りのために今朝から走って登校されるそうです……」
「キャスパー家のタウンハウスから学院までっ?誰も引き止めなかったのかっ?」
「鞄を馬車に置かれるなり走って行くと告げられそのまま……お嬢様の足に敵う者は当屋敷にはおりません……私は慌てて馬車で追いかけるしか出来ませんでした……」
「……それで、プリムは?」
「更に校庭を一周されてから停車場に鞄を取りに向かうから待っていてくれと……あぁほら、いらっしゃいました」
馭者がエクトルの後方に視線を向けてそう言ったのを聞き、エクトルは慌てて振り返る。
すると向こうから元気に走ってくるプリムローズの姿が目に飛び込んで来た。
「……プリムローズ」
伯爵家の令嬢が屋敷から学院まで走って来た。
副騎士団長の父親仕込みの武芸の才があったとしても危険極まりないその行動に、エクトルは軽く頭痛がした。
眉間に指を当てるエクトルに到着したプリムローズが声を掛ける。
「おはよう!エクトル…様っ!清々しい朝ですわね!」
元気いっぱい朝の挨拶をしたプリムローズ。
昨日自分自身で取り決めた、敬称呼びもなんとか忘れずに言えた。
しかしエクトルがそれに反応する。
「エクトル“様”?プリム、どうして急にそんな呼び方を?」
「え?」
まさかその事を気にされるとは思っていなかったプリムローズは内心慌てた。
「新学期のために少々執行部の仕事が忙しくなり、あまり交流出来なかった間に呼び方が変わっているのは……なぜだ?」
「えっと……その……オトナの雰囲気を醸し出す練習?」
「オトナ。呼び方ひとつでそんなものが醸し出せるか」
「な、なによぅ。別に呼び方くらい何でもいいでしょう?」
「良くない。キミがそんな顔してる時は大概良くない事を考えている時だ」
「えっ、そんな顔ってどんな顔?」
「そんな顔だよ」
「そんな顔……」
今、自分がどんな顔をしているのか心配になったプリムローズが自身の両頬を手で押さえた。
それを見ながらエクトルが言う。
「プリム、何を考えて突然ランニング登校を始めたり呼び方が変わったのかを問い詰めたところで、きっとキミは俺に話す気はないんだろう?」
「え、ええ……そうね、わたしだけの問題じゃないから……」
皆で断罪を回避しようとしているのに、自分だけ告げ口のように婚約者に話す事は出来ないとプリムローズは思った。
そんなプリムローズにエクトルは言う。
「何か問題が起きて、それを解決しようと頑張る姿は微笑ましいが、あまり危険で無茶な事だけはしないでほしい。俺の心臓が幾つあっても足らなくなる」
「え?エクトルって心臓のスペアがあるの?さすがは我が国有数のお金持ち、ワーグナー伯爵家ね!」
「……スペアはないから。だから無茶はしないでくれ」
「エクトルの心臓を守るために?」
「プリムの身の安全のためにだ」
「わたしは頑丈で心臓に毛が生えているくらいに強心臓だと言われているから大丈夫だけど……エクトルの心臓のために気をつけるわ」
「ありがとうプリム。いい子だ」
そう言ってエクトルはプリムローズの頬を指の背で触れた。
昔からよくするスキンシップだが、ここ数年で身長がぐっと伸びて貴公子然としたエクトルにそれをされると、なんだかドキドキして落ち着かなくなる。
プリムローズの頬が赤く熱を持っているのは果たして走って来たせいだけなのだろうか。
その後エクトルは馭者からプリムローズの鞄を受け取り、プリムローズの手をガッチリと握りながら教室までエスコートしてくれた。
プリムローズの後に登校して来たエリザベスに朝の出来事の事を話すと、エリザベスは眉根を寄せて諭すように言った。
「いいことプリムローズ。この先の展開なんて、物語の強制力でコロっと変わってしまうのよ?それなのにカンタンにコロコロされてはダメ」
「わ、わたし、コロコロされちゃいました?」
「ええもうコロッコロに。エクトル様はとくに弁が立つのだから流されて転がされてはダメよ」
「わ、わかりましたわ……」
これは明日からも頑張って走って体力作りをしなくては……と思うプリムローズであった。
───────────────────────
生徒会執行部メンバーとリュミナ・ドビッチの容姿のご紹介。
エクトル・ワーグナー (17)
プリムローズの婚約者。身長180センチ、ベージュグレイの髪に青灰色の瞳を持つイケメン。
ルドヴィック第二王子(17)
エリザベスの婚約者。身長180センチ、金髪碧眼のいかにも王子様然としたイケメン。
イヴァン・オーブリー侯爵令息(17)
ロザリーの婚約者。身長183センチ、黒髪にアンバーの瞳の体格の良い脳筋。
コラール・ミレ伯爵令息 (17)
フランシーヌの婚約者。身長175センチ、銅色の髪に青い瞳の線の細いいかにも文官タイプ。
リュミナ・ドビッチ(ドウィッチ)(17)
突然変異の稀な魔力を持って生まれてきた、小説の中の主人公。
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