あなたと別れて、この子を生みました

キムラましゅろう

文字の大きさ
13 / 21

特別な存在 クリスside①

しおりを挟む
「………え?辞めた………?辞めた、というのは退省した…という事か……?」

「そ、そうですけど……え?ライナルド先輩ご存知なかったんですかっ?ニール先輩が退省する事を?」

「ジュリアはまだ省舎内にいるかっ?」

「さぁ…どうでしょうか……三十分ほど前に挨拶を済ませて二課を出て行った後の事はわかりません」

「嘘だろう……ジュリア……?」

三十分ほど前、クリスはジュリアが転移魔法を用いた気配を感知した。
その途端、妙な胸騒ぎがして仕事中だったにも関わらず補佐官室を飛び出して法務二課に向かったのだ。
そしてそこで初めてクリスはジュリアが魔法省を退省した事を知ったのであった。

「ジュ……ジュリア……」

様子がおかしいとは思っていた。
もしかして…と気になり、話を聞かねばと思いながらも毎日の業務プラス次席秘書官の別件に忙殺され、魔力を削られてその余裕がなかったのだ。

その結果がこれだ。
ジュリアが何も言わずに魔法省を辞め、転移魔法にて何処かへと消えた。
その事がクリスに絶望を与え、激務のせいでピークを優に超していた身体と精神の限界値が振り切れた。
クリスはゆらりとよろめき、片手で顔を覆う。

「ライナルド先輩……?」

法務二課の後輩がクリスの異変に気付き、顔を覗き込んでくる。
顔を覆ったクリスの指の隙間から見える瞳はもはや光を宿してはいなかった。

「ジュ……リア……」

抑揚のない低い声でそうつぶやいた瞬間、何かがブツッと千切れた感覚がした後クリスの意識はブラックアウトした。

「っライナルド先輩っ!!」

遠くで後輩が呼ぶ声が聞こえた気がしたが、
本当に聞きたい声でなければ聞こえても意味が無い。

クリスがただ一心に求めるのは、
ジュリアの声ただ一つだけだった。


クリスがジュリアと初めて会ったのは入省式の日。
入省試験の会場でもちらと視界入る事はあったのだろうが、意識して彼女を見たのは入省式当日が初めてであった。
試験で首席を取ったクリスに僅差で負け次席となった女性がいると聞き、クリスは式の前からジュリア・ニールという存在を意識はしていた。
それが入省式で挨拶を交わした時に一瞬で心を鷲掴みにされたのだ。

柔らかな印象の明るいブラウンの髪に青に近い紫の瞳。
意思の強そうな眼差しに形の良いふっくらとした唇は勝気な性格を物語るように悠然と弧を描いていた。
今までクリスの周りに居た女性はどこか媚びるような目線で見上げ、甘えるような声色で語尾が高めに話す者ばかりであった。
だけどジュリアは身長差的に確かにクリスを見上げはするがその視線はどこか対等でどこか挑戦的なものだ。
こんな女性もいるのか。
そう思った瞬時に、クリスは自分がジュリアに一目惚れをしたのだと悟った。

だけどジュリアの瞳に映る自分は同期で入省試験の首席を争ったライバルでしかない。
それならばまずは一番近しい同僚になってやるとクリスは決めた。

それから長い月日をかけて、クリスはジュリアと最も仲の良い同期で同僚という立場を手に入れ、それを死守してきた。
本当はそんな立場ではなくもっと深くもっと特別な存在になりたい。
だけど自分の事を異性とは見ていないジュリアに告白をして、今の関係性が壊れてしまうのが何よりも怖かったのだ。

───俺ってこんなヘタレだったんだな。

言ってはなんだが今まで女性に対してこんな気持ちになった事などなかった。
町の小さな私塾から魔法省に入るために必死に努力を重ねて恋愛どころでなかったのもあるが、女性との接点がなかったわけではない。
どちらかというとモテる方だったと思う。
誰とも付き合う気はなかったが、しょっちゅう恋慕され告白は受けていた。
だけど実は恋愛スキルは経験値不足のクリス。そんなクリスが初めて夢中になった女性、それがジュリアだったのだ。

しかし入省して五年が経ち、さすがにこのままではいけないとクリスは焦り出した。

ジュリアは結婚には興味が無いようだが、周りが放っておくはずがない。
近頃ますます綺麗になってゆくジュリアを、いつか誰かに取られるのではないかと、クリスは焦燥感を募らせていた。

それ以外にも優秀なジュリアをやっかんで嫌味を言ったり軽い当て擦りをしてくる先輩や同僚にも負けじとやり返し、多くはないが敵対意識を持つ職員もいて心配で堪らない。

あまり敵を作るなとジュリアに注意しても、彼女は負けるものかとますます闘志を燃やすのだ。

このままではいずれ大きな衝突が起きるやもしれない。
その場合、やはり女性であるジュリアの立場が弱く、被害を被るかもしれないのだ。

クリスはそれが心配で、なりふり構わず表立ってジュリアを庇うようになった。

そんな事をしている内に自分に告白をしてきた秘書課の女性職員がジュリアを標的にして虚偽の訴えを直接二課の面々の前で起こした。

この女、絶対に許さねぇと思ったがその事がきっかけとなってジュリアと想いが通じ合い、恋人同士になれたのだから社会的に潰すのはやめてやる事にした。

そして恋人となったジュリアは只々甘く、可愛いしかない。
料理上手で何でも作ってくれる。
特にドリアが絶品で休日の度に強請ねだって作って貰った。

平日は同僚として信頼を寄せ合い仕事をし、休日は恋人として心を寄せ合い共にすごす。

満たされ、幸せで、充実した日々だった。
ジュリアのいない生活にはもう二度と戻れない。
そんな事があれば自分は死ぬ、そう思うほどクリスはジュリアに夢中だった。

そろそろ結婚を視野に入れ始めた時、何かの拍子に仕事ぶりが上層部の目に止まったらしく、クリスは魔法大臣次席秘書官補佐に大抜擢された。

丁度長年二課で取り組んできた新魔法律の素案が完成して手を離れた事もあり、クリスはその辞令に従い補佐官として上に上がった。

上に行けば給料も上がる。社会的な立場もよくなり、ジュリアにプロポーズもしやすくなる。
ジュリアが専業主婦になって、子どもが数人いてもちゃんと養ってゆけるだろう。

クリスが補佐官の任を受けたのはジュリアとの将来のためであったのだ。

補佐官の仕事は忙しくも充実していた。
これで給料も上がるのだから一石二鳥ではないか、
だがそう思ったのは最初の方だけだった。
只々忙殺される日々に疲労は蓄積され家には寝に帰るだけの生活が続いた。

それでもアパートに戻ると愛しのジュリアが居てくれる。
それだけでクリスは癒された。

そんな中突然、次席秘書官令嬢との縁談を打診されたのだった。




───────────────────────



クリスの言い訳が長くって~

パート②に続く。










しおりを挟む
感想 323

あなたにおすすめの小説

【完結】長い眠りのその後で

maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。 でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。 いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう? このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!! どうして旦那様はずっと眠ってるの? 唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。 しょうがないアディル頑張りまーす!! 複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です 全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む) ※他サイトでも投稿しております ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです ※表紙 AIアプリ作成

ねえ、テレジア。君も愛人を囲って構わない。

夏目
恋愛
愛している王子が愛人を連れてきた。私も愛人をつくっていいと言われた。私は、あなたが好きなのに。 (小説家になろう様にも投稿しています)

元公爵令嬢、愛を知る

アズやっこ
恋愛
私はラナベル。元公爵令嬢で第一王子の元婚約者だった。 繰り返される断罪、 ようやく修道院で私は楽園を得た。 シスターは俗世と関わりを持てと言う。でも私は俗世なんて興味もない。 私は修道院でこの楽園の中で過ごしたいだけ。 なのに… ❈ 作者独自の世界観です。 ❈ 公爵令嬢の何度も繰り返す断罪の続編です。

すれ違う思い、私と貴方の恋の行方…

アズやっこ
恋愛
私には婚約者がいる。 婚約者には役目がある。 例え、私との時間が取れなくても、 例え、一人で夜会に行く事になっても、 例え、貴方が彼女を愛していても、 私は貴方を愛してる。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 女性視点、男性視点があります。  ❈ ふんわりとした設定なので温かい目でお願いします。

ただずっと側にいてほしかった

アズやっこ
恋愛
ただ貴方にずっと側にいてほしかった…。 伯爵令息の彼と婚約し婚姻した。 騎士だった彼は隣国へ戦に行った。戦が終わっても帰ってこない彼。誰も消息は知らないと言う。 彼の部隊は敵に囲まれ部下の騎士達を逃がす為に囮になったと言われた。 隣国の騎士に捕まり捕虜になったのか、それとも…。 怪我をしたから、記憶を無くしたから戻って来れない、それでも良い。 貴方が生きていてくれれば。 ❈ 作者独自の世界観です。

辺境伯へ嫁ぎます。

アズやっこ
恋愛
私の父、国王陛下から、辺境伯へ嫁げと言われました。 隣国の王子の次は辺境伯ですか… 分かりました。 私は第二王女。所詮国の為の駒でしかないのです。 例え父であっても国王陛下には逆らえません。 辺境伯様… 若くして家督を継がれ、辺境の地を護っています。 本来ならば第一王女のお姉様が嫁ぐはずでした。 辺境伯様も10歳も年下の私を妻として娶らなければいけないなんて可哀想です。 辺境伯様、大丈夫です。私はご迷惑はおかけしません。 それでも、もし、私でも良いのなら…こんな小娘でも良いのなら…貴方を愛しても良いですか?貴方も私を愛してくれますか? そんな望みを抱いてしまいます。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 設定はゆるいです。  (言葉使いなど、優しい目で読んで頂けると幸いです)  ❈ 誤字脱字等教えて頂けると幸いです。  (出来れば望ましいと思う字、文章を教えて頂けると嬉しいです)

妻の私は旦那様の愛人の一人だった

アズやっこ
恋愛
政略結婚は家と家との繋がり、そこに愛は必要ない。 そんな事、分かっているわ。私も貴族、恋愛結婚ばかりじゃない事くらい分かってる…。 貴方は酷い人よ。 羊の皮を被った狼。優しい人だと、誠実な人だと、婚約中の貴方は例え政略でも私と向き合ってくれた。 私は生きる屍。 貴方は悪魔よ! 一人の女性を護る為だけに私と結婚したなんて…。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 設定ゆるいです。

婚約破棄ですか?勿論お受けします。

アズやっこ
恋愛
私は婚約者が嫌い。 そんな婚約者が女性と一緒に待ち合わせ場所に来た。 婚約破棄するとようやく言ってくれたわ! 慰謝料?そんなのいらないわよ。 それより早く婚約破棄しましょう。    ❈ 作者独自の世界観です。

処理中です...