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厄介な誓約 クリスside②

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魔法大臣次席秘書官補佐となり、秘書官室に出入りするようになったクリスが時折ふと感じる魔力があった。
直接的な魔力というよりは魔力の残滓のようなものを、ふとした時に感じのだ。

それが一体何なのか、クリスは不思議に感じていたのだが、ある日それを知る事となる。

王都内にある施設への視察を終え、そのまま直帰するという次席秘書官であるドウマ卿(次席秘書官は男爵位を持つ)を自邸まで送った時の事だ。

ドウマ男爵夫人にお茶でも飲んでいくようにと誘われ、補佐仲間と共にお茶をご馳走になっている時にふと近頃感じていた魔力を感知した。
それもかなり強く、至近距離に。

クリスが「ん?」と思った時、突如転移してきた魔法生物がクリスに飛びかかった。

一緒の長椅子に座っていた同僚(男)の悲鳴が聞こえたと同時にクリスの体がなぎ倒される。
その瞬間、クリスは確信した。

───コイツだ、コイツの魔力だ

自分に飛びかかり、今も体の上に伸し掛る魔法生物を見てクリスはそう思った。

今、クリスの目の前にいるのは大型犬くらいの、容貌も犬に近いモフモフの長毛種の魔法生物である。

「お前……」

クリスはその魔法生物を見て眉を顰める。
と同時に次席秘書官ドウマ卿とその夫人の切羽詰まった声が聞こえた。

「バンスっ……!なんて事だっ!」

「バンスちゃん!」

体に伸し掛ったままのバンスと呼ばれた中型の魔法生物を見て、クリスは言った。

「お前、バンスというのか……ドウマ卿、これは……この魔法生物は誓約で結ばれた使い魔ですか?」

クリスのその言葉に、ドウマは何か確信したように話し出した。

なんでもこの魔法生物バンスはドウマが若かりし頃に召喚した魔法生物なのだそうだ。
今では召喚が禁じられている、いわば超レアな希少種。
しかし召喚禁止対象種となる前に契約を結び、使い魔として使役し続ける者は例外としてその所有を許されている。
そのため近頃ではその所有者から希少種を奪い、無理やり契約を解除して裏で売買する犯罪が後を絶たない。

なので希少種を有する術者には国からその存在を秘匿とするか、契約を解除して魔法生物を元のフェーズに戻すかの二択を迫られた。
そして使役を続行するとした者とその関係者達には、その魔法生物の情報が他者に漏れ出さないように簡易的な誓約魔法を課す事を義務付けた。

多くの者がその誓約魔法を厭い契約を解除したそうたが中にはこうやって国と誓約を交わしてでも使役し続ける者がいるという。
次席秘書官ドウマはその後者のようだ。

しかし問題はそこではない。

クリスは自身の上に伸し掛る魔法生物に話しかけた。

「お前……著しく魔力が減っているじゃないか。それにこんなに痩せ衰えて……」

クリスのその言葉を聞き、ドウマは情けなさそうな顔をして告げる。

「じつは……私の魔力に飽きたのか近頃食傷気味でな……魔力を一切摂取しなくなったのだ」

召喚された使い魔は普通、契約した使役者の魔力を糧として現世に存在する事ができる。
(たまに気まぐれでオヤツ程度に他者の魔力も食するが)
その使役者の魔力を摂取しないと言う事は、生命維持に必要な魔力を補えないということだ。

「それでコイツはこんなに弱っているのですね……契約を解除して元の世界へ帰すという選択は取られないのですか?」

「バンスを召喚してすでに四十年が経過している。ここまで共にいれば家族も同然だ。それにバンス自身も元の世界の記憶が薄れて、戻ったとしても自力で生きていける保証はない……」

「でも、だからと言って……ん?」

魔力を補う事が出来なくなっているのにこの世界に留めてもよい訳がないとクリスが言おうとしたその時、バンスの異変に皆が気付いた。

「バンスっ……お前!」

「コイツ、俺の魔力を食ってやがる……!」

思わずクリスが素で言ってしまうほどの驚きであった。
魔力欠乏というか栄養失調で衰弱していたバンスがクリスの肌に接触し、直接魔力を摂取しているのだ。

どうやらクリスがドウマの自邸に来た時からバンスは彼の魔力の波長を感じ取り、魔力を補おうと転移して飛んできたらしい。

またクリスが秘書官室で不思議な魔力を感じ取っていたのもこのバンスの魔力だったのだ。
二人……いや一人と一体の魔力の波長は不思議なまでに合致していた。

とはいえまだまだバンスが衰弱している事に変わりはなく、クリスはこの希少種の魔法生物の生命維持の為に魔力提供を余儀なくされたのであった。

というか、バンスが自らの意思でクリスの前に姿を現したその時からすでにクリスも誓約魔法の干渉下にあるのだ。
ドウマがクリスに秘密を打ち明けられたのはそのためだ。

奇しくもこの魔法生物保護責任という魔法律もクリスが法務二課にいた頃に改正の素案作りに携わった内容の一つであった。
従って当然希少種に関わるにあたり、クリス自身も魔法律により定められた誓約対象者となってしまう。

この魔法生物の情報を外部に一切漏らす事を禁ずる誓約魔法を、クリスはその身に課せられた。

誓約の重さはそんなには強くはないが、誓約違反を犯すと一定期間声を失ったり両腕の自由を奪われたりとペナルティが下される。

ハッキリ言ってかなり迷惑な話だが、クリスが魔力提供を行わねばバンスが命を落とすのは目に見えていた。
今、研究機関に魔力提供を受けずとも生命を維持してゆけるフードの開発を大金を投入して依頼しているらしいので、それが完成するまではと期限付きなのがせめてもの救いだ。

というより希少種の生命の危機を知った以上、救護せねばクリスが魔法律により罰せられ最悪懲役刑を食らうのだ。
なので協力するより他、道はなかった。

魔力提供は一週間に一、二度ほど。
しかし毎日の激務の上に休日の魔力の給輸協力と、クリスの体力はどんどん削られてゆく。

何よりクリスが辛いのは魔力と体力を削られる事ではなくジュリアと共にすごす時間を削られる事だ。
しかも誓約によりその内容を詳しく話す事も出来ない。
バンスの事だけではない、補佐官の業務内容は守秘義務により一切語れないのだ。

クリスがジュリアに言える事はただ、

「忙しくてごめん」「時間が取れなくてごめん」
「家にいても寝てばかりでごめん」

だけであった。

そんな中、ドウマの娘であるルメリアとの縁談を、ドウマから直接打診された。

魔法生物看護師の資格を取得しているルメリアとは、バンスの治療の関係で頻繁に接していた。
そのやり取りを見て、ドウマが娘の結婚相手としてクリス・ライナルドはなかなか良いのではないかという考えを抱き、申し入れをしてきたのだ。

「ライナルド。キミは本当によくやってくれている。我が娘ルメリアとも息がピッタリで、しかも並んでいても実に似合いの二人で好ましい。どうだ?ルメリアと結婚して、ウチの婿にならんか?」

「あはは。ご冗談を。お断り申し上げます」

間髪入れずに、一瞬の迷いもなく即答というより瞬答したクリスにドウマは面食らって問い正してくる。

「なっ、何故だっ!?ウチの婿になれば出世は間違いなし、いずれはドウマ男爵となれるのだぞっ!良い事尽くめではないかっ」

「すみません。出世は自分の実力で出来なければ下らないと思っておりますし、それになによりも妻にしたい女性はただ一人ですから」

「何っ!?そんな相手がいるのかっ!!」

「居ますよ。というかいずれプロポーズするつもりなのですから縁談は謹んでお断り申し上げます」

「ぬ、ぬ、ぬ、ぬ……」

ドウマは唸り声を上げていたが、クリスはそれに構わずに抱えている多くの案件を一つ一つ片付けてゆくことに集中した。

減らない雑務、片付けても片付けても降って湧いてくる魔法案件、その中でバンスの治療、それに関わるルメリアとのやり取り、そして慢性化しつつあるジュリア不足。

その全てがクリスの心身に悪影響を及ぼしてゆく。
しかしそれらに負けないように踏ん張って毎日をすごす他方法はなかった。

だから自身の事で魔法省にどんな噂が飛び交っていたのか、どんな思惑により周囲が動いていたのか、完全に失念していたのだ。

それによりジュリアがどれほど辛い思いをしていたのかも。

何かがおかしいと気付いた時には、ジュリアの顔から笑顔が消えていた。

どうしてよいのか分からず、ただジュリアだけを愛している事を伝えたくて、彼女に触れると愛しさが溢れて自制が利かずに激しく求めてしまう。
人間、疲労がたまるほど生殖本能が強くなるというのは本当のようだ。
その夜、クリスは敢えて普段は気を付けていた避妊はしなかった。

子どもが出来れば、ジュリアは結婚に踏み切ってくれるはずだ。
それに未だに諦められないのか時折、縁談を勧めてくるドウマを黙らせる事も出来る。

しかし朝になるとその自身の身勝手な考えに頭を抱えてた。
ジュリアの同意もなしに避妊を怠った。
実際に妊娠して出産をするのはジュリアの体であるというのに、勝手に子どもが欲しいと願った。

───ヤバい、そんな善悪の判断も付かなくなってる……。

そしてそんな自分自身をボコボコにボコりたい状態の時に限り、事態は悪化を辿るものなのか。

バンスの容態が急変したのだ。
大量の魔力が必要との事でクリスは急遽ドウマ邸へ赴き、ルメリアや魔法生物医師と共に治療に協力する。
今夜が峠ということで屋敷に泊まり込みとなった。
ジュリアに連絡を入れ、その夜は医師とバンスを診た。

その中で、このバンスの契約者をドウマからルメリアに移行する事を医師から聞かされる。

年齢のためかドウマがバンスをこの世界に留まらせる契約を維持する力が弱まっているという。

それならば契約者を娘のルメリアに移行した方が良いとの事らしいのだ。

明日にでもさっそく魔法省にて契約移行の手続きを取るのだと、バンスの主治医は言っていた。

そして明くる朝。容態が落ち着いたバンスを医師に託し、いつも通り登省する。
徹夜明けなので本当は休みたいが仕事が山積みで休めない。

そんな満身創痍のクリスに、ドウマに一緒に馬車に乗るようにと勧められた。

手続きの為にルメリアも魔法省へ行くので大きめの馬車を出すと聞き、許可を得て移動の間少しでも仮眠を取らさせて貰うことにした。

その行動が、そして馬車を降りる時に同じく徹夜でふらついていたルメリアに手を貸したその行動が、ジュリアに見られ誤解を生じていた事にも気付けずに。

その後もクリスの過酷な日々は続いていく。
幸い、バンスはあの急変した日を境にぐんぐん回復してゆき、バンス用に開発されたフードのおかげで魔力も栄養も給輸に頼らずとも満足に補えるようになった。

そうしてようやく補佐官の業務だけになったと少し安堵したその時に、
クリスはジュリアの魔力が魔法省から消えたのを感知した。


とてつもなく嫌な予感がして駆け込んだ法務二課でクリスは、ジュリアが魔法省を退省した事を知らされたのであった。





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補足です。

次席秘書官令嬢ルメリアは他に好きな相手がおります。
その相手は魔法省の準職員で、彼との交際は愚か結婚など到底父親には認めて貰えないような立場の者なのでした。

ルメリアがランチを持って度々魔法省を訪れていたお目当ての相手は実はクリスではなくその職員。

ルメリアは自身とクリスの噂話を逆手に取り、それを隠れ蓑に利用してその準職員と逢瀬を繰り返していたようです。

次席秘書官令嬢がクリスに懸想して父親に結婚を強請ったというのは、補佐官たちの勝手な憶測に尾が付いて広がってしまったようです。

ルメリアはクリスに恋人がいるのも知っていたようですね。

強かというか結構卑怯?

彼女は本来、あまり人間には興味がないようです。

ルメリアがその後どうなったかは、また補足としてお伝えしますね。



クリスの言い訳、ちょっと長くなりましてここで一旦切らさせていただきます。

次回でクリスsideも終わりです。







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