その温かな手を離す日は近い

キムラましゅろう

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そしてその事件は起きた〜風の刃〜

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魔法省の人たちの喧騒がどこか遠くに聞こえる。

こんなにも騒然としているのに、まるでわたしだけ何だか別の所にいるみたい。

何も痛くないし何も感じない。

「早くっ!!医療魔術師をっ!!」

聞いた事もないようなハル先輩の声がする。

あぁ……失敗しちゃったな……

結局はハル先輩が心配した通りになっちゃった。

カッコいいところ、見せたかったんだけどなぁ……

「ミルルっ!!ダメだっ!!意識を手放すなっ!!止血魔術で既に血は止まっているっ、直ぐに医療魔術師が来るからっ!!ミルルっ…ミルルっ!!」

先輩、どうしてそんな泣きそうな顔をしているの?

先輩……わたしは大丈夫だから……先輩……



◇◇◇◇◇



魔術札による無差別殺傷事件の証拠品の調査の上で事故が起きた。


犯人の自宅から押収され見つかった魔術札こそが、犯人の狙いだったのだ。

ミルルに重傷を負わせた魔術札について尋問された犯人はこう述べたそうだ。

「そこら辺にいる平民をいくら傷付けようが憂さ晴らしにはならないさ。本当のターゲットは魔術師団の魔術師や魔法省の職員。俺よりも劣るくせしてエリート面した奴らの泣き顔が見たかったんだよ」

つまり最初からそれこそが犯人の目的だったのだ。
街の中で騒ぎを起こし自身の身を捕縛させる。
当然自宅が捜査され、予め仕掛けておいたトラップ付きの札が押収されて魔術師団か魔法省の手に渡るという算段だ。

立証の際に反転魔術を施されるのを知っていて、わざと。

魔術師か職員を傷付けるのが目的で。


あの時ハルジオは調査の為に魔術札の術式を展開させ、瞬時に反転魔術を掛けた。

反転魔術は施術した術の効力を相殺、または真逆の術となるようにするものだ。

現場で用いられた風の魔術札はやいばと同じ鋭さを持つ風が顕現するように仕込まれたものであった。
従って反転魔術を掛ければただの微風程度の効力しか現れない筈だったのだ。

しかし、それこそが犯人の罠であった。

反転魔術を掛けられる事を見越しての札への施術。
札にはただの微風程度の効力の術式しか施されてはいなかった。

という事は、それに反転魔術を掛けるという事は………

瞬間、ハルジオは異変に気付いた。

何かの強い違和感を感じ、その原因を突き止める前にとにかく防御陣を張った。

そして側にいたミルルを素早く引き寄せ腕の中に囲い込もうとしたその刹那、硬質な刃のような風がミルルを襲った。

それは一瞬の出来事だった。

まさに一陣の風ならぬ、一刃いちじんの風がミルルの左足を切り裂いた。

「っ!?」

「ミルっ………!!」

ハルジオは斬り付けられる前に掴もうとしたミルルの腕をそのまま構わず掴み、自身の防御陣の中に引き入れた。
そして直ぐ様、止血魔術をミルルの足に掛け始める。

魔法省に入省して直ぐに、誰もが受ける新人研修がある。
その時新人職員全員が初歩的な応急処置の医療魔術がレクチャーされるのだ。
止血魔術と簡単な解毒魔術。

この惨劇の中、ハルジオが何よりもまず取った行動が止血であった。

一過的なものであるにしても、失血死だけは防げるからだ。

「ミルルっ……ミルルっ……ウソだっ……そんなっ……」

小刻みに震えながらも、それでもハルジオは懸命に止血魔術を施した。

その間も風の刃は、二刃にじん三刃さんじんと襲いかかってくる。
防御陣の中にいても衝撃が伝わる。

しかしハルジオはそれに構わず止血を続けなんとか止血出来た事を確認すると、次にもう一度反転魔術を掛け、まさに嵐のように次々と押し寄せる風の刃を相殺した。

ハルジオは自身の魔法省のローブをミルルに被せ、急ぎ部屋の外へ出て医療魔術師を呼ぶように近くにいた職員に訴えた。

ミルルはその時はまだぼんやりとだが意識は保って、その光景を眺めていた。

ハルジオや他の職員たちが騒然となっているのがただ遠くに感じる。

だけど悲壮感溢れる声でミルルの名を呼ぶハルジオに、心配を掛けたくなくて力なくも懸命に微笑みを浮かべた。

大丈夫だと。

心配いらないと。

言う事を聞かなかった自分が悪いのだという気持ちを込めて。


そして段々と意識が遠退いてゆくミルルにハルジオが必死で何かを言っているのを感じながら、目の前がゆっくりと暗転した。



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