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あの後の事〜責任〜
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その後、ミルルの足の怪我は直ぐに回復した。
既に現場にて医療魔術師の治癒魔法を受けていたのだ。
当然と言えば当然の事と言えようが。
なのでミルルは早々にリハビリに取り掛かった。
元通り繋がったとはいえ一度切断しかけた足はなかなか思うように動かない。
神経や腱を魔術により傷付けられたのだ。
組織は魔障を受けた状態に近い。
その足を動かそうというのだから大変である事は分かっている、つもりだった。
足裏を床に付けると違和感を感じ、立って体重をかけると痛みが走る。
徐々に慣らして立てるようになっても足を前にも後ろにも動かせないのだ。
それでもミルルは毎日、懸命にリハビリを続けた。
なかなか思うようにはいかないけれど。
そしてリハビリの後にいつも傷の状態を確認する。
その時にいつも自分の足に残された酷い傷跡を見ては、ミルルは密かにため息を吐いていた。
ーースカートで隠れる部分だけどこんな醜い傷を持つ身では、もう結婚なんて望めないわね。
ミルルは将来、自分は見合い結婚でもするのだろうとぼんやり考えていた。
でももうそんな将来はやって来ない。
人生設計の大幅な変更だ。
ここは何としても、杖をついてでもなんとか歩けるようになって事務とかに復職しないと……
一生自分と母親を養っていけるだけの給金を得られるこの魔法省の仕事を、ミルルは手放す訳にはいかなかった。
そんな事を考える日々が続く中で、ハルジオは毎日病院を訪れていた。
お菓子やフルーツなどの差し入れや雑誌や本などを持って来てくれる。
そしてミルルの担当医と会って、リハビリの進み具合とかを確認するのだ。
今ではミルルの母親ともすっかり顔馴染みである。
「……ハル先輩、面倒見が良すぎますよ……まるでお父さんみたいです」
「おとっ……?…せめてお兄さんにして……」
ミルルの発言がショックだったのか、ハルジオは項垂れながら言った。
「でもここまで良くして貰って申し訳ないですから、本当にもう大丈夫ですから……」
「俺がやりたくてやってる事だから気にしないで。それより、リハビリを頑張っているらしいね」
「そりゃあ今後の人生が掛かってますもの」
ミルルがそう答えるとハルジオがぴくりと反応した。
「今後の人生?」
「あ、え、えーと……」
ミルルの怪我が自分の責任だと思っているハルジオに、酷い傷跡と後遺症の所為で結婚を諦めたとはとても言えない。
どうしよう、なんて答えようかと考えあぐねているミルルをハルジオをじっと見つめて、何かを言おうとした。
「あのね、ミルル……
しかしそれは告げられる事はなかった。
何故ならハルジオやミルルの上官である検務部の部長と課長が突然病室を訪れたからであった。
「ぶ、ぶちょ、かちょ……」
驚き過ぎてしどろもどろになるミルル前にハルジオが立ち上がって二人の上官に対応した。
「お二人ともどうされたんですか」
直属の上官であるラウン課長が持参した花をハルジオに渡しながら答えた。
「いつもキミから状況の報告を受けるだけだったからね。そろそろ落ち着いた頃だろうと、お見舞いに寄させて貰ったんだ。そうしたら部長もご一緒して下さってね」
「大変だったなセノくん、足の具合はどうだね?」
「はい、おかげさまでかなり良くなりました」
ミルルがそう答えると、検務部長はミルルに言った。
「結婚前のお嬢さんがこんな事になるなんてな、気の毒に……」
ーーはて?気の毒?
あぁ怪我をした事?それとも歩けなくなった事かしら?
ミルルは部長課長と会話をしながら頭の中で答え探しをしていた。
その後、部長と課長はミルルの回復と職場復帰を心から願っている事を告げ、病室を後にした。
ハルジオも仕事が残っているので魔法省に戻るそうだ。
ベッドの上から三人を見送り、ミルルはひと息吐きながら、お見舞いの品として贈られた花がキレイだなと眺めていた。
するとハンカチが置き忘れているのに気が付く。
先程、課長がこのハンカチで汗を拭いているのを見た。
課長の忘れ物に間違いない。
ミルルは急いで…という訳にはいかないがこれもリハビリだと思い、杖を突き、足を引き摺りながら三人を追いかけた。
するとハルジオ達三人はエントランスフロアにある椅子に座って、まだ何やら話し込んでいた。
丁度いい、急がなくてもハンカチを渡せるとミルルがゆっくりと近付くと、その場にミルルの足を縫いとめる言葉が聞こえてくる。
「職務中とはいえ、未婚女性が傷モノになったと、王都の本省でも騒然となっているらしいぞ。バイス、どう責任を取るつもりなんだ」
ーーえ……?責任……?
部長が吐いた言葉が耳に入り、ミルルは思わず背の高い観葉植物の鉢植えの陰に隠れた。
ハルジオを含めた三人はミルルに気付かず話を続ける。
「後遺症が残るほどの大怪我を負った新人女性職員に同情する声が多くてな。彼女が辞めてもそのまま復職して働き続けても、どちらにせよわが部署が変に注目を集めるのは避けて通れなさそうだぞ」
「バイス、優秀なキミが付いていながらどうしてこんな事になったんだ」
ーーそんな、先輩の所為じゃないのに……
そう思うミルルの耳に、ハルジオの声が届く。
「申し訳ありません。全て私の責任です」
部長の低い声が鼓膜を震わす。
「……どうするつもりだ?」
「私の中で、もう答えは出ております」
ーー答え?え?先輩、どうするつもりなの?
まさか責任を取って魔法省を辞める気じゃ……
ミルルの頭にイヤな考えが過ぎる。
辞めるなんてとんでもない、なんとか止めないと……ミルルがそう考えているうちに、いつの間にか三人はエントランスを出て病院を後にしていた。
ハルジオが責任をとって魔法省を辞める……
他ならぬ自分の所為で……
目の前が暗くなるような、そんな感覚がミルルを襲った。
既に現場にて医療魔術師の治癒魔法を受けていたのだ。
当然と言えば当然の事と言えようが。
なのでミルルは早々にリハビリに取り掛かった。
元通り繋がったとはいえ一度切断しかけた足はなかなか思うように動かない。
神経や腱を魔術により傷付けられたのだ。
組織は魔障を受けた状態に近い。
その足を動かそうというのだから大変である事は分かっている、つもりだった。
足裏を床に付けると違和感を感じ、立って体重をかけると痛みが走る。
徐々に慣らして立てるようになっても足を前にも後ろにも動かせないのだ。
それでもミルルは毎日、懸命にリハビリを続けた。
なかなか思うようにはいかないけれど。
そしてリハビリの後にいつも傷の状態を確認する。
その時にいつも自分の足に残された酷い傷跡を見ては、ミルルは密かにため息を吐いていた。
ーースカートで隠れる部分だけどこんな醜い傷を持つ身では、もう結婚なんて望めないわね。
ミルルは将来、自分は見合い結婚でもするのだろうとぼんやり考えていた。
でももうそんな将来はやって来ない。
人生設計の大幅な変更だ。
ここは何としても、杖をついてでもなんとか歩けるようになって事務とかに復職しないと……
一生自分と母親を養っていけるだけの給金を得られるこの魔法省の仕事を、ミルルは手放す訳にはいかなかった。
そんな事を考える日々が続く中で、ハルジオは毎日病院を訪れていた。
お菓子やフルーツなどの差し入れや雑誌や本などを持って来てくれる。
そしてミルルの担当医と会って、リハビリの進み具合とかを確認するのだ。
今ではミルルの母親ともすっかり顔馴染みである。
「……ハル先輩、面倒見が良すぎますよ……まるでお父さんみたいです」
「おとっ……?…せめてお兄さんにして……」
ミルルの発言がショックだったのか、ハルジオは項垂れながら言った。
「でもここまで良くして貰って申し訳ないですから、本当にもう大丈夫ですから……」
「俺がやりたくてやってる事だから気にしないで。それより、リハビリを頑張っているらしいね」
「そりゃあ今後の人生が掛かってますもの」
ミルルがそう答えるとハルジオがぴくりと反応した。
「今後の人生?」
「あ、え、えーと……」
ミルルの怪我が自分の責任だと思っているハルジオに、酷い傷跡と後遺症の所為で結婚を諦めたとはとても言えない。
どうしよう、なんて答えようかと考えあぐねているミルルをハルジオをじっと見つめて、何かを言おうとした。
「あのね、ミルル……
しかしそれは告げられる事はなかった。
何故ならハルジオやミルルの上官である検務部の部長と課長が突然病室を訪れたからであった。
「ぶ、ぶちょ、かちょ……」
驚き過ぎてしどろもどろになるミルル前にハルジオが立ち上がって二人の上官に対応した。
「お二人ともどうされたんですか」
直属の上官であるラウン課長が持参した花をハルジオに渡しながら答えた。
「いつもキミから状況の報告を受けるだけだったからね。そろそろ落ち着いた頃だろうと、お見舞いに寄させて貰ったんだ。そうしたら部長もご一緒して下さってね」
「大変だったなセノくん、足の具合はどうだね?」
「はい、おかげさまでかなり良くなりました」
ミルルがそう答えると、検務部長はミルルに言った。
「結婚前のお嬢さんがこんな事になるなんてな、気の毒に……」
ーーはて?気の毒?
あぁ怪我をした事?それとも歩けなくなった事かしら?
ミルルは部長課長と会話をしながら頭の中で答え探しをしていた。
その後、部長と課長はミルルの回復と職場復帰を心から願っている事を告げ、病室を後にした。
ハルジオも仕事が残っているので魔法省に戻るそうだ。
ベッドの上から三人を見送り、ミルルはひと息吐きながら、お見舞いの品として贈られた花がキレイだなと眺めていた。
するとハンカチが置き忘れているのに気が付く。
先程、課長がこのハンカチで汗を拭いているのを見た。
課長の忘れ物に間違いない。
ミルルは急いで…という訳にはいかないがこれもリハビリだと思い、杖を突き、足を引き摺りながら三人を追いかけた。
するとハルジオ達三人はエントランスフロアにある椅子に座って、まだ何やら話し込んでいた。
丁度いい、急がなくてもハンカチを渡せるとミルルがゆっくりと近付くと、その場にミルルの足を縫いとめる言葉が聞こえてくる。
「職務中とはいえ、未婚女性が傷モノになったと、王都の本省でも騒然となっているらしいぞ。バイス、どう責任を取るつもりなんだ」
ーーえ……?責任……?
部長が吐いた言葉が耳に入り、ミルルは思わず背の高い観葉植物の鉢植えの陰に隠れた。
ハルジオを含めた三人はミルルに気付かず話を続ける。
「後遺症が残るほどの大怪我を負った新人女性職員に同情する声が多くてな。彼女が辞めてもそのまま復職して働き続けても、どちらにせよわが部署が変に注目を集めるのは避けて通れなさそうだぞ」
「バイス、優秀なキミが付いていながらどうしてこんな事になったんだ」
ーーそんな、先輩の所為じゃないのに……
そう思うミルルの耳に、ハルジオの声が届く。
「申し訳ありません。全て私の責任です」
部長の低い声が鼓膜を震わす。
「……どうするつもりだ?」
「私の中で、もう答えは出ております」
ーー答え?え?先輩、どうするつもりなの?
まさか責任を取って魔法省を辞める気じゃ……
ミルルの頭にイヤな考えが過ぎる。
辞めるなんてとんでもない、なんとか止めないと……ミルルがそう考えているうちに、いつの間にか三人はエントランスを出て病院を後にしていた。
ハルジオが責任をとって魔法省を辞める……
他ならぬ自分の所為で……
目の前が暗くなるような、そんな感覚がミルルを襲った。
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