その温かな手を離す日は近い

キムラましゅろう

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ミルルの大好きな手で

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「あら?ミルルちゃんじゃない?」

就職斡旋所からの帰り道で、夫ハルジオの元恋人であるリッカ=ロナルドから声をかけられたミルル。

「え?リッカ先輩?」

今日もメイクもヘアスタイルも踏まれたら痛そうなピンヒールも、何もかも完璧な美しさのリッカを見て、ミルルは胸を撫で下ろしていた。

先日の結婚式で彼女の涙を目の当たりにしてから心配していたのだ。

食事も喉を通らないほど涙に明け暮れる日々を過ごしているのではないかと。

でもアイメイクバッチリのリッカを見て、涙を流してないのは一目瞭然。
ミルルは心の底から安堵していた。

「ミルルちゃん一人でお出かけだったの?」

「えぇそうなんです。ちょっと野暮用がありまして」

まさかハルジオとの離婚後の為に就職斡旋所に行ったとは言えないミルルはそう答えておいた。

ーーリッカ先輩に気を遣わせてはいけないものね。

リッカは微笑みをたたえながらミルルに言った。

「足の方はもうすっかり平気なようね」

「はいおかげさまで。飛んだり跳ねたり走ったりは出来ませんが日常生活ではもう困る事はありません」

「そう。それは良かったわ。でもハルジオったら本当にお人好しよね?大怪我を負った後輩に人生まで面倒を見ようなんて。でもミルルちゃんも助かったんじゃない?経済的にも社会的にもハルジオに貰って。ハルジオはとてもの強い人間だもの、きっとミルルちゃんを結婚したのよ。彼って昔から優しい性格だったから……」

「そう、ですよね……」

リッカはミルルの足にちらりと視線を向けて続けた。

「その足じゃあ社会復帰も時間がかかったでしょうし、ハルジオはそれを鑑みて貴女と籍を入れたのね。本当にというか面倒見がいいというか、自分の事を結婚するなんて、が強過ぎるわよね~善人過ぎるわよ」

リッカは、ハルジオはあくまでも同情心や義務感でミルルと結婚したのだという事を強調した。

そしてそれをするハルジオの人の良さを主張したのだ。
ミルルがそれを利用して今の生活を送っているのだと認めさせたいようだ。

「ね?ミルルちゃんも本当はそう思っているのでしょう?」

リッカはこれ見よがしにミルルに同意を求めた。

ミルルはリッカの話を黙って聞いていた。

ーーフン、現実を突きつけられて何も言い返せないようね。

さて、更に言葉を重ねてハルジオの側に居られないようにしてやろうと思ったその時、ミルルがいきなりリッカの両手を握ってきた。

それはもう力強くガッシリと、そして目をキラキラさせて激しく頷きながらミルルはリッカに同意した。

「そうなんです!!ハルさんは本当に責任感が強くて面倒見がよくて、真面目で律儀で優しい人なんですっ!!」

「………は?」

「さすがはリッカ先輩!ハルさんの元彼女さんなだけはありますね~。ハルさんの素晴らしいところを分かっていらっしゃいますっ、リッカ先輩の仰る通りです!ハルさんは様々な事に真摯に対応できる人で、困ってる人や弱ってる人にも優しく手を差し伸べられる善人オブ善人、まさに完璧な人なんですよね!!」

「…………え、えぇ……そう、ね……?」

突然のハイテンションでハルジオを褒めちぎるミルルに気圧されたリッカが引いているのに気付き、ミルルは慌てて握りしめていた手を離した。

「あ……ご、ごめんなさい、わたしったら……つい熱くなってしまって…でもハルさんの素晴らしさをリッカ先輩と一緒に語り合えるなんて幸せですっ。でもどうしましょう、ハルさんの事を語るには一晩では足らないと思うんです。リッカ先輩はまだお仕事中ですか?よろしければ夕食でもご一緒して、素敵なハルさんを語り合いま……ふがっ!?」

ミルルが最後まで言葉を告げる事は出来なかった。

ハルジオの素晴らしさを語り尽くしたいミルルの止まらない口を、後ろから優しく塞ぐ手があったからだ。

ミルルが大好きな大きく温かな手。

「ど、どうして貴方がこ、ここに……?」

リッカがその手の主を見上げて狼狽える。

「ふぁひゅひゃん!」(ハルさん!)

ミルルが身動いで顔を少しずらして自分の口を塞ぐ人物を見る。
そこにはやはり、今まさに褒めまくっていたハルジオの姿があった。

だねミルル。こんな所で可愛い奥さんに会えるとは思わなかったな。でも会えて嬉しいよ」

ハルジオに手を離して貰い、彼に向き合いながらミルルは嬉しそうに答えた。

「本当にすごい偶然ね!リッカ先輩だけでなくハルさんにも会えるなんて嬉しいわ!今ね、リッカ先輩と二人でハルさんの素晴らしさを語り合っていたのよ」

「へぇそうなんだ、それは光栄だな。でも魔法省から離れたこんな場所でわざわざ出くわすなんて、凄い偶然だよねぇ?」

ハルジオはそう言ってリッカに視線を向けた。

「……!」

ハルジオは笑みを浮かべているが目は笑ってはいなかった。
口元は緩く弧を描いているというのに、目は冷たく、殺気を纏って光っていたのだ。

それを目の当たりにしてリッカの目が大きく見開く。

今のハルジオの表情も、今までリッカが見た事もないようなものであった。

ただ目が笑っていないだけで何故こんな言い様もない恐怖を感じるのか、リッカは背中に冷たい汗が伝うのを感じた。

ミルルがハルジオに尋ねた。

「ハルさんはまだお仕事中なの?」

すると今度は本当の笑みを浮かべてハルジオが答えた。

「今日はもう上がりにしたんだ。明日に回せる仕事は明日に回したから一緒に帰ろう」

「そうなのね。ふふ、嬉しい。じゃあ帰りに市場に寄ってもいい?お買い物をして帰りたいの」

「もちろん。荷物持ちでもなんでもしますよ、可愛い奥さん」

「ふふ。……あ、でもリッカ先輩……」

ミルルはリッカの前でまた夫婦のやり取りを見せつけてしまった事に気付き、そして焦った。

それをハルジオがなんでもない事のように言う。

「ミスロナルド、キミはまだ仕事なんだよね?」

「っ……!え、えぇ……そうよ……」

否定する事は許さない、そんな冷たい気配がハルジオから漂っている事を気取ったリッカが、顔色を悪くして答えた。

秘密裏に復縁を迫っている相手に他人行儀な呼称で呼ばれた事よりも、殺意を乗せた視線を向けられている事のショックが大きかった。

陰でコソコソと動き、ミルルに接触した事をこの男が静かに激怒している事を肌に感じ、リッカは内心、酷く怯えた。

そんなリッカにハルジオは表面上は穏やかな声で告げる。

「じゃあ俺達はこれで失礼するよ。行こうか、ミルル」

「……え、で、でも……」

ハルジオに肩を抱かれて歩き出しながらも、ミルルは後ろ髪を引かれる思いでリッカを振り返る。

俯いて一人何かに耐えるように立ち尽くすリッカに、ミルルは堪らない気持ちになる。

ーーまただ。またわたしはリッカ先輩に辛い思いを……きっとハルさんだって……

だけど乱暴なところは何一つ無いとしても珍しく有無を言わせないハルジオの雰囲気に呑まれ、ミルルは従うしかなかった。

ーーリッカ先輩、ごめんなさい……

そしてリッカを残し、その場を立ち去った。


ハルジオとミルル。
しばらく互いに黙って歩く。

ミルルはハルジオの様子がいつもと違うような気がしてならなかった。

それはやはりリッカとの間にミルルが居続けるからだろう。

それから少しして、隣を歩くハルジオが言った。

「ミルル、そうじゃないから」

「え?」

「今、キミが何を考えてるか俺には分かるよ。ミルル、キミは考え違いをしている」

「考え違い……?」

ミルルはハルジオを見上げた。
ハルジオはミルルと向かい合い、その華奢な両肩を手で掴んだ。

「キミが考えている事を、俺は望んではいない」


「ハルさん……?」

ーーわたしが今考えている事って……


その時………近くで騒ぎが起こった。


「大変だっ!!魔道具が暴発するぞっ!!」










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