その温かな手を離す日は近い

キムラましゅろう

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リッカ=ロナルド

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「「別れよう」ましょう」

別れを切り出す言葉が同時だった事に、
私、リッカ=ロナルドは内心驚いていた。

学生の頃にそれなりの見目と頭の良さで付き合い始めて、卒業後もなぁなぁに続いてきた恋人のハルジオ=バイス。

もっとも学生が責任の取れないような行為は出来ないと頑なだった彼と、ちゃんと恋人らしくなれたのは魔法省に入省してからだったけど。

でもそれも互いに仕事が忙しく滅多に会えなくて、ハルジオという恋人が居るのを忘れてしまう事の方が多かったわね。

とにかく早く上に上がりたくて。
卒業生の中で、そして同じく魔法省に入省した同期の中で誰よりも早く出世したくて必死だった。

“美しい女性であり、更に稀に見る優秀さだ”
男性社会の中でこう賞賛される事が、学生時代から何よりも大好きだったから。

ハルジオに交際の申し込みをしたのも、彼が常に学年主席で魔力量も高く女子生徒に人気だったから。
まぁ卒業試験では私が彼を抜いて主席を取れたけどね。
誰もが羨む優秀な美男美女カップル、周りからの羨望はとても気持ちが良かった。

思えばそれが私の向上心の原点よね。

それにハルジオは学年の頃から淡白で束縛もなく、淡々と友達の延長のような付き合いで楽だった。
私の邪魔をして縛り付けるような男は嫌いだもの。
だからハルジオ=バイスの恋人という座を手放す気にはなれなくて、彼を愛しているフリを周りに見せつけてきた。

そしてそうやって魔法省でバリバリ働いていた四年目、ある出会いが私に転機をもたらした。

本省から出向してきた人事部の高官。
彼に気に入られたおかげで私の出世コースに最短ルートが作られるチャンスが訪れたの。

王都の本省に引き上げて貰う条件として体の関係を迫られたけど、彼の手を取る事に迷いは無かった。

その高官が既婚者だからとか、ハルジオに対する裏切りだとか、そんな罪悪感も一切無かったわ。

目の前にあるチャンスをものにしたかった、ただそれだけ。

そして本省へ行ける事が決まり、ハルジオとの関係を精算する時が来た、ただそれだけだった。

私の方が別れを突きつける立場だと思っていたのに、ハルジオも同じ考えだった事が少しだけ癪に触った。

遠距離恋愛になる事がネックなのか、それとも私の栄転が気に入らなかったのか。

私という女をアッサリと手放そうとしている事に、無性に腹が立った。

だから二年後に地方局こっちに戻ったらやり直しましょうと言ってあげたのに、それをハルジオは拒否した。

……ハルジオはわたしと本省の高官との関係を知っていた。

あぁそうか……だからなのね、
私を寝取られて傷付き、それで自棄になって別れ話を切り出してきたのね。

哀れな男。
長い付き合いだったし可哀想になったから、高官と関係を持った事を謝ってあげた。

だけど、それなのにハルジオはあの時こう言ったのよ。

「キミが身体的に俺を裏切ったというのなら、俺は結果的にだが心でキミを裏切った事になる。いつの間に他の女性を好きになっていたのだから。だけどその人への想いに気付いた以上、キミと付き合い続ける事は出来ない。だから俺を憐れむ必要はない。お互い、気持ちの変化を受け入れて、それぞれの人生を歩もう」

は?なんですって?

私以外の女を好きになった?

私ほどの女を差し置いて?


悔しかった。

この私がフラれた形になった事に。

それは一体誰なのかと訊いても、彼は答えてくれなかった。

「年上である俺の一方的な片想いだから」と。

これがまたショックだった。
貴方が片想い?
あの、ハルジオ=バイスが片想い?

なんだかその相手の女が私よりも上に立っているような気がして、余計に惨めに感じた。

だけど追い縋って私を選べなんて、そんなプライドが許せない事は言えない。

本省行きを不意にするつもりもなかったし、
その場はそれで別れるしかなかった。


本省へ行ってからも、ハルジオが想いを寄せる女が誰なのか、気になって仕方がなかったわ。

でもそれから少しして、ハルジオが担当した案件で彼の後輩バディであるセノ=ミルルが大怪我を負い、その後に彼女と結婚した事を聞かされた。

一部の人間はハルジオ=バイスが傷ものになった後輩に同情してだとか、責任を取って結婚しただとか言っているようだけど、彼はそういう男ではない。

責任の取り方なんて他に幾らでもあるのに、わざわざ一生縛られる結婚を選択する筈がない。

少なくとも私が知ってるハルジオ=バイスはそんな男ではなかった。

だけど、それを、選んだという事は……

セノ=ミルル、彼女がハルジオが想いを寄せた相手だったという事だ。

ハルジオは自分の片想いだと言っていた。

だからアイツは……今の状況を逆手に取って彼女を手に入れたんだわ。

そこまでしてでも、彼女を自分のものにしたかった……

そんなハルジオは知らない。

私は、そんな劣情を向けられた事がない。

悔しい。
そんなの許せない。

他人が持ってて、私が持てないものがあってはならない。

地方局あっちに戻ったら、必ず奪い返してやる。

周りの上官からも、結婚して社会的に安定した立場を手に入れれば更に上に上がれるとも仄めかされていたし。

必ず、ハルジオに再び私の手を取らせてみせる。


それなのに……

本省から戻って直ぐに何度も復縁のアプローチを仕掛けたのに、ハルジオは少しもなびかない。

それどころか私に近寄るなと虫ケラを見るような目で見下してきたのよっ!

あんな小娘のどこがいいと言うのっ!?

しかも醜い傷と後遺症の残る女なんて!

鬱々とそんな不満を募らせていた時、出席した法務局長の息子の結婚式でハルジオとその妻の姿を見つけた。

そして誰もが微笑ましく思うような睦まじい夫婦仲を見せつけられた。

何よりも腹立たしかったのが、

私と付き合っていた時と、ハルジオが別人のようだった事!!

何アレっ!!!

あんな優しげで蕩けた瞳で妻を見ちゃって!!

私に一度だってあんな視線を向けて来た事があった!?

甘やかすような優しい声で語りかけ、手を繋いだり腰を抱いて独占欲を見せつけたりするなんて!!

私がさりげにあの嫁を他のテーブルに遠ざけようとしても邪魔するし!!

その後もベッタリくっ付いて、付け入る隙もありゃしない!!

だけどさすがにトイレにまでベッタリという訳にはいかないわよね。

ハルジオを攻めても無駄ならあのノロマそうな嫁の方に揺さぶりをかけてやる事にしたの。

私、昔から嘘泣きで本当に涙を流すのが得意だったのよ。

案の定、ちょっと悲しそうに涙を見せただけで酷く狼狽えていたわ。

単純で助かるわね。

顔色を悪くして立ち尽くす姿を見て、私は幾分か溜飲が下がった。

ふふ、ざまぁだわ。

あんな女にハルジオを取られたなんて思いたくはない。

そう、貸してあげてるだけ。

彼にはやはり、私のような女が相応しいのだから。

あの反応を見るに、もう少し揺さぶりをかければハルジオと別れるんじゃないかしら。

鉄は熱いうちに打て。
私は以前に恩を売っといた魔法省の下働きの男にあの女の行動を見張らせた。

そして一人で外出した知らせを受け、満を辞してあの女の元へと会いに行く。

さぁ、なんと言って揺さぶりをかけてやろうかしら?

分不相応にハルジオの妻の座に収まっている事に気付かせて、死ぬほど後悔させてやるんだから。


私は満面の笑みを浮かべ、さも偶然出くわしたように声をかけた。

「あら?ミルルちゃんじゃない?」















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