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8 紛争勃発
クライブが諜報員で、私の祖父が遺したものを手に入れるために近づいたと知ってからというもの、私は彼と会うのを避けていた。
どんな顔をして会えばいいのかわからなかったし、ストレスからか体調を崩してしまったからだ。
クライブは毎日様子を見にアパートまで来たけれど、私は感染してはいけないからと理由をつけてドアを開けずに対応した。
『医師の診察は受けているの?』
『何か必要なものはない?何でも言ってくれ』
『ミルチア、感染してもいいから顔を見せてほしい』
ドアの向こうから聞こえる声はとても優しくて、私が知る彼の声だった。
とてもあの路地裏で無機質な声を発していた同じ人物とは思えない。
私はドア越しに、大丈夫だと告げて対応する。
そんなやり取りを終えて彼が帰っていった後には必ず、パンや缶詰や果物が入った袋がドアノブにかかっていた。
そして小さな花束も。
彼はどんな気持ちでこんなことをしているのだろう。
単なる任務で?それとも少しは私のことを心配してくれているのだろうか。
(潜入捜査の対象者に避けられていたら任務を遂行できないわよね……。大丈夫なのかしら?もういっそのこと、以前行ったように強制捜査でもなんでもすればいいのよ)
半ば自棄になってそんなことを思ったりもしたけど、クライブはそれは……それだけはしないような気がした。
いつまでも避け続けてばかりもいられない。
一思いに彼の望みどおりにする?
私は花嫁姿の祖母のフォトフレームに視線を向けた。
そんな迷いを抱えながら日々を過ごしていると、我が国の機関紙が隣国との紛争が勃発したことを報じた。
隣国が国境線を侵害し、それを阻止しようとした我が国の国境騎士団との間で武力衝突が起きた。
戦闘はその場限りで収束せず、隣国は次々に戦力を補充していることから長期化する恐れもあると機関紙には記されていた。
そのとき私の頭に真っ先に浮かんだのはクライブのことだったわ。
彼も騎士として……諜報員として前線へ向かうのかもしれない。
そうなれば、きっともう私には会いに来ないのだろう。
二国間の間で争い事が起きている今、一研究員が遺した術式に構っている暇はないだろうから。
そうなればもう会えない。
どのみち私と彼に先などない。
ならば、どうせそうならば……。
私は意を決してフォトフレームから祖母の写真を取り出した。
その写真の裏には祖父母が入籍した日付けが書かれている。
大陸歴千八百八十八年、六月十日。
私はその数字の羅列をひと文字ひと文字崩して唱えた。
「イチ、ハチ、ハチ、ハチ、ロク、イチ、マル」
それは鍵だった。
祖父が亡くなる前に私に暗示をかけて刻んだ記憶の鍵だ。
その数字を口にすることにより、普段は忘れている私の記憶を引き出すものだった。
鍵が無ければ存在していないに等しい記憶だ。
私自身、フォトフレームが割れるまで覚えさせられた記憶さえ薄れていた。
そのまま忘れてしまっても構わない、生前祖父はそう言っていた。
祖父が自らの研究を守るために、私を守るために考えた苦肉の策だった。
私はすぐにペンを取り、紙に書き出した。
この記憶の維持は五分ほど。
その後はまたすぐに忘れてしまう。
祖父が遺したこれが本当は何なのか、私にはわからない。
ただ、国が睨むような悍ましいものではないと信じているから。
そのとき、玄関のチャイムが鳴った。
だけどいつもクライブが訪ねてくる時間帯ではない。
私は覚悟を決めてドアを開けた。
そこには、いつもとは様子の異なる彼が、クライブが立っていた。
どんな顔をして会えばいいのかわからなかったし、ストレスからか体調を崩してしまったからだ。
クライブは毎日様子を見にアパートまで来たけれど、私は感染してはいけないからと理由をつけてドアを開けずに対応した。
『医師の診察は受けているの?』
『何か必要なものはない?何でも言ってくれ』
『ミルチア、感染してもいいから顔を見せてほしい』
ドアの向こうから聞こえる声はとても優しくて、私が知る彼の声だった。
とてもあの路地裏で無機質な声を発していた同じ人物とは思えない。
私はドア越しに、大丈夫だと告げて対応する。
そんなやり取りを終えて彼が帰っていった後には必ず、パンや缶詰や果物が入った袋がドアノブにかかっていた。
そして小さな花束も。
彼はどんな気持ちでこんなことをしているのだろう。
単なる任務で?それとも少しは私のことを心配してくれているのだろうか。
(潜入捜査の対象者に避けられていたら任務を遂行できないわよね……。大丈夫なのかしら?もういっそのこと、以前行ったように強制捜査でもなんでもすればいいのよ)
半ば自棄になってそんなことを思ったりもしたけど、クライブはそれは……それだけはしないような気がした。
いつまでも避け続けてばかりもいられない。
一思いに彼の望みどおりにする?
私は花嫁姿の祖母のフォトフレームに視線を向けた。
そんな迷いを抱えながら日々を過ごしていると、我が国の機関紙が隣国との紛争が勃発したことを報じた。
隣国が国境線を侵害し、それを阻止しようとした我が国の国境騎士団との間で武力衝突が起きた。
戦闘はその場限りで収束せず、隣国は次々に戦力を補充していることから長期化する恐れもあると機関紙には記されていた。
そのとき私の頭に真っ先に浮かんだのはクライブのことだったわ。
彼も騎士として……諜報員として前線へ向かうのかもしれない。
そうなれば、きっともう私には会いに来ないのだろう。
二国間の間で争い事が起きている今、一研究員が遺した術式に構っている暇はないだろうから。
そうなればもう会えない。
どのみち私と彼に先などない。
ならば、どうせそうならば……。
私は意を決してフォトフレームから祖母の写真を取り出した。
その写真の裏には祖父母が入籍した日付けが書かれている。
大陸歴千八百八十八年、六月十日。
私はその数字の羅列をひと文字ひと文字崩して唱えた。
「イチ、ハチ、ハチ、ハチ、ロク、イチ、マル」
それは鍵だった。
祖父が亡くなる前に私に暗示をかけて刻んだ記憶の鍵だ。
その数字を口にすることにより、普段は忘れている私の記憶を引き出すものだった。
鍵が無ければ存在していないに等しい記憶だ。
私自身、フォトフレームが割れるまで覚えさせられた記憶さえ薄れていた。
そのまま忘れてしまっても構わない、生前祖父はそう言っていた。
祖父が自らの研究を守るために、私を守るために考えた苦肉の策だった。
私はすぐにペンを取り、紙に書き出した。
この記憶の維持は五分ほど。
その後はまたすぐに忘れてしまう。
祖父が遺したこれが本当は何なのか、私にはわからない。
ただ、国が睨むような悍ましいものではないと信じているから。
そのとき、玄関のチャイムが鳴った。
だけどいつもクライブが訪ねてくる時間帯ではない。
私は覚悟を決めてドアを開けた。
そこには、いつもとは様子の異なる彼が、クライブが立っていた。
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