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第二幕

自由恋愛制度ってなによそれ!

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あれ?アルノルト?

わたしは校舎の片隅に立つ
アルノルトを見つけた。

こんなところで何をしてるのかしら。

何か困った事が起きてたら大変、
助けてあげなくちゃと
わたしはアルノルトがいる方へ向かった。

すると何やら話し声が聞こえてくる。

あら誰かと一緒?

それなら盗み聞きになってもいけないと思い、
わたしは引き返そうとした。
でも「…シモン… 」とシモンの名を耳にして、
いけないと思いつつも
そろ~っと近づき聞き耳をたててしまった。


「何故ですか?何故わざわざそんな事をニコル殿下のお耳にいれなくてはいけないのです!?」

アルノルトの口から
わたしの名が出て、わたしはぎょっとした。

え?わたしに関係あること?

するとアルノルトと対話しているであろう人物が
言った。

「だって。知っておいて欲しいんですもの。
私という者の存在を」

「っ……!ニコル殿下はがいたという事はご存知ですっ。ぼ、僕が最初についうっかりベラベラ喋ってしまって……。
だからもう言う必要はないと思います!」

ん?そういう人?
ついうっかり?

「でもそれが私だとはご存知ないのでしょう?
だったらちゃんとご承知おき願いたいわ」

「なんのためにっ?」

「だって私、学園にいる間はシモン様と
自由恋愛をしたいんだもの」


な、なぬ!?

シモンと自由恋愛!?

どういう事!?


「上級学園で水面化で横行している
自由恋愛制度ですね」

「あら、知ってるんじゃない」

自由?恋愛?制度?

え、何それ?

と思わず前のめりになりそうになった時、
授業開始のチャイムが鳴った。

まずい!盗み聞きしてたのがバレる!

わたしはとりあえず来た道をこっそり戻る。

アルノルトが話していた相手、
シモンと自由恋愛なるものをご所望されている女子がどんな人なのか知りたかったけど、
ここで見つかるとなんだか
面倒くさい事になる、という野生の勘が働いた。




でも気になる、
自由恋愛制度とはなんだろう。

わたしは授業の合間の休み時間に、
コレット様に聞いてみる事にした。

「ねえコレット様、自由恋愛制度とは一体どんなものなのですか?」

するとコレット様のゆで卵のように
つるんとした美しき眉間にシワが刻まれた。

「……あぁ、なんかこの学園、そんなふざけた風習があるみたいですわね」

「ふざけた風習?」

「この学園に通うような年齢、
16歳にもなると大体の者が婚約者が既に
決まっておりますでしょう?」

「そう……なんでしょうね」

「何を他人事な、ニコル様にも婚約者の方はおられるのでしょう?」

「まぁ……いるわね」

「自由恋愛制度とは、
学園にいる間だけ、親が決めた婚約者ではなく、
自ら好感を持った相手と恋人となって
自由な恋愛を謳歌するというものだそうですわ」

「えぇー!?なにそれっ!?」

そんなものをウチのシモンヌとやりたいと、
あの声の主は言ったの!?

ゆ、許せぬ……


「そして、その自由恋愛制度を婚約者が望んだ場合、相手の婚約者は口を出さずに見守らなければならない、という暗黙のルールもある。そして大体の場合は相手も仕方ないからと諦めて、別の相手を見つけて自由恋愛をするというのが多いみたいだ」

突然、横からトレリア帝国の公子、
ダズ=ワーダーが話に入ってきた。

「まぁ、聞いておられましたのね。
勝手に会話に混ざるなどマナー違反ですわよ」
コレット様が言うと、
ダズ=ワーダーは片目を閉じて謝った。

「すまん、興味深い話が聞こえたものだからつい」

「そ、そんな……じゃあ相手が自由恋愛したいと言ったら受け入れなくてはいけないの?」

「まぁそういう事になるな。
貴族間では政略結婚後にお互い自由恋愛に走る夫婦が多いけど、まさか学生のウチにそれを許すとは
どうかしてる。
この学園は自由を尊重しすぎておかしな事になっていると思う」

「まったくですわ!」

「そんなご立腹なロリンス嬢の婚約者がもし、自由恋愛を望んだらどうする?」

「余計な心配は結構ですわ。
私の婚約者は五つも年上で、既に学生ではありませんもの」

「左様でございますか。
ニコル嬢は?……って、ニコル嬢?」


な、な、なんて事なの!
こんな事ならちゃんと相手の女子の
顔を確かめておけばよかった……!

あの時のわたしの野生の勘大外れ!

わたしのバカバカ!

ひとり考え込むわたしに
ダズ=ワーダーが覗き込む。

「なにがバカなんだ?」

「あ!また勝手に人の心を読んだ!」

「だから声に出てるんだってば……」


こうなったらもう、
アルノルトに直接聞いてみるしかないわね。

「何を聞くんですの?」

「ぎゃっ!?コレット様まで!?」




早速わたしは昼休み、
アルノルトに緊急招集をかけた。

こういう時、
呼び出すのは鍛錬場の裏と相場は決まっている。

「お呼びですか?ニコル殿下」

アルノルトがきっとランチタイムに食べたであろう
食事の香辛料の香りをぷんぷんさせてやって来た。

「急に呼びたててゴメンねアルノルト。
あ、そういえばシモンっていつもどこでランチを食べてるの?やっぱり教室?」

聞きたい事はそれじゃないのに、
ふと気になって先に聞いてしまった。

「いえ、生徒会室にランチを持ち込まれて、仕事をされながら食べておられます」

「うわっ、そんなに大変なの?
執行部の仕事って」

「シモン殿下は次期生徒会長と内定されていますからね」

「え、そうなの?
今からもう決まっているの?」

「優秀な人材の場合、
早々に唾をつけられるそうですよ」

「さすがはウチのシモンくんね」

「ははは!ホントですね。
ところでご用とは?」

「あ、そうだった。ゴメンね、
ちょっとアルノルトに聞きたい事があって」

「珍しいですね、なんですか?」

「あのね……」


その時、
透き通ったクリスタルを連想させるような涼やかな声が聞こえた。

「イコリスのニコル殿下でいらっしゃいますね」

「え?」

そこに現れたのは
ストロベリーブロンドの髪のあの、
シモンと噂されているAクラスの女子生徒だった。

一瞬、アルノルトが息をのむ。

「っ……ルチア様……」


あらお知り合い?

わたしはピンク色の髪の人に向き直った。

「ええ。イコリスの第一王女、
リリ=ニコルです……あの、あなたは?」

「大変失礼致しました。
私はモルトダーン王国リトレイジ侯爵家の
ルチアと申します。以後、お見知りおきを」

「モルトダーン……ではシモンとは同郷の方なのですね」

わたしがそう言うと
ピンクさん……じゃなかった、
リトレイジ侯爵家のルチア様は
少し困ったような顔をされて微笑まれた。

「同郷……それだけではありませんけれども……ではそうなりますわね」

「……それだけではない?今の関係?」

「その事も全てこれからお話した上で、
ニコル殿下に是非ともお許しいただきたい事がございますの」

「……許す?何をですか?」

「許可を頂くというよりは
どちらかと言うとご報告になりますでしょうね、
彼が断るとは思えませんもの」


彼?誰の事?

この人は何を言っているの?


「っルチア様っ!」

アルノルトが慌てたように
ルチア様を制止しようとする。


でもルチア様は構わず話を続けた。



それはわたしにとって、

とても嫌な内容だった。



その後の事は、

あまりよく覚えていない。

気がついたら教室に戻っていて、

わたしのあまりの顔色の悪さに

コレット様とダズ=ワーダーに

医務室に連れて行かれた。

そして今は授業に出ずにベッドで横になっている。



あの時、


ルチア様はわたしにこう言った。


『私とシモン殿下は幼い頃から強い絆で結ばれた
婚約者同士でした。
本来なら生涯を共にするはずでしたわ。
今はお互い、それぞれ違う婚約者がおりますけれども、せめて……せめてこの学園にいる間だけは、
本来あるべきであった姿に戻させてくださいませ。
これから、シモン様と私は自由恋愛をします。
口には出さずとも、きっと彼もそれを望んでいるはず。
私の婚約者は認めてくれましたわ。
ニコル殿下お聞き届けいただけますわよね?」




……これからシモンはあの人と自由恋愛をするの?

ずっと一緒にいるというのはあの人が
元婚約者で、
まだあの人の事を思っているから?

だからシモンも自由恋愛を望んでいるの?

わたしはそれを我慢しなくてはいけないの?

気がつけば涙が溢れていた。

でも泣いてるのがわかったら、

きっと医務室に在中の医師に心配をかける。

わたしは毛布を被り、
声を殺して一人泣いた。


わたしは昔から単純で、
泣き疲れていつの間にか眠ってしまう。

今日もいつの間にか眠ってしまっていたようだ。

今何時だろう。

ゆっくり起き上がって、

ふと横を見て驚いた。


「シモンっ」

なんとシモンがベッドの横に置いてある
椅子に座っていたのだ。

そして本を熱心に読んでいたシモンが
わたしの声に気が付いてこちらを見る。

「目が覚めたのか。よく眠っていたな。
具合が悪くなったと聞いたが、大丈夫なのか?」

「う、うん……大丈夫……なぜシモンはここに?」

「アルノルトから、お前がクラスに戻ってすぐに友だちに医務室に運ばれて行く姿を見たと聞いたんだ……それで……」

そこまで言って、

シモンはわたしの顔を真剣な眼差しで見た。

眉間にシワが寄り初め、
わたしはなんだか怖くなった。

シモンから明らかに怒気が漂ってきたから。


「……誰に何をされた?
 何か嫌な事を言われたのか……?」


シモンが地を這うような低い声で言った。

「え?何?」

「誰に泣かされた」

「え!?」

「相当泣いただろ。言ってみろ、
どこのどいつに泣かされた」

な、なんでわたしが泣いていたってわかったの?

そんなに酷い顔をしてる!?

にしても、どうしてシモンがそんなに怒るの?

わたしは恐る恐る尋ねた。

「知ってどうするの……?」

「決まってる。
倍返しをしてやらないと気が済まない」

「ええっ!?」


で、でも……
相手はシモンの元婚約者で、

シモンと固い絆で結ばれていて、

これから自由恋愛をする相手で、

わたしはそれを許さなくてはならなくて……


いやだ。

ダメだ。

どうしてもいや。

シモンのため?ホントに?

ホントにシモンが望んでいる事なの?

わたしはまた悲しくなってきて
涙がぼろぼろと溢れてきた。

それを見たシモンが更に怒りを露わにする。

そして椅子を倒す勢いで立ち上がり、
わたしの肩を掴んで問い詰めてきた。

「っ……!誰だ!?一体何をされた!?」

「うっ……ふっ……シ"、シ"モ"ン"……」

「なんだ!?どうした!?」

「うわーんっ!自由恋愛なんてしないでぇぇー!」

わたしはとうとう大声で泣き出してしまった。

「は?え?自由恋愛?」

シモンは思ってもみなかったワードを
耳にしたのかきょとんとしている。


「う"っ…う"っ……
わたしはイヤなのっ、学園の風習とか言われても、黙認するのが暗黙のルールとか言われても
やっぱりイヤなのっ……
シモンが大好きなんだもん!
こんなに好きでゴメン、でもっでもシモンが大好きなのっ……!
だからどうしても自由恋愛なんかして欲しくないっ……」


「……お前……」


しばしの沈黙がわたし達を包む。

わたしが目を擦ると、
シモンに手を掴まれて制止された。

「擦るな、赤くなる……
お前が泣いていた理由はそれか……?」

「う、うん……」

「俺が自由恋愛するって、誰かに言われたのか?」

わたしは俯いた。
そしてそのまま頷く。

お願いシモン!

否定して!

そんな事はしないって、俺にはお前だけだって、

ニコルが一番可愛くて大切だって、

そう言って!!

目を閉じてぎゅっとそんな事を願っていたら、 


急に脳天に衝撃が来た。


「ぎゃふんっ」

「バカかお前はっ!!」

「な、なんで今、脳天チョップなのぉー?」

「お前がくだらない事で泣くからだ!」

「くだらなくなんかないもの!」

「くだらないだろ!俺がお前以外と恋愛なんて!」

………え?

今なんて言った?

するとシモンも失言だったのか
ハッと口元を押さえてそっぽを向いてしまった。

「シ、シモン、今なんて言った……?」

「何も言ってない」

シモンがしれっと答える。

「え?言ってない?」

なんかわたし以外とは恋愛しないみたいな事を言ったような気が……。

「言ってない」

「そ、そう……?」

あ、あれ……?

「体調が大丈夫ならもう帰るぞ。ほら立てるか?」

あれ?
ごまかされた?
違う?あれ?

「う、うん……」

まぁ……いいか……?


シモンの手を借りながら起き上がって靴を履く。

例の如く今日もシモンは鞄を持ってくれる。

わたしはさっきまでの
悲しい気持ちなんてどこかに吹き飛んで、
不思議とふわふわとした心地よさを感じていた。

直接的な否定の言葉ではなかったけど、

シモンは自由恋愛はしないという事よね?

ルチア様はシモンも望んでいると言っていたけど
どうなんだろう……。

でもわたしはシモンを信じたい。

わたしが泣かされたからと
怒ってくれたシモンを信じたい。



なんか今もシモンの背中からは

怒気のオーラを感じるような気がするけど。




































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