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第二幕 幕間

俺の婚約者

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毎朝俺は
婚約者と共に馬車に乗り、 
片道45分かけて学園に向かう。

朝の45分間、
婚約者のニコは喋り通しだ。

生徒会執行部の仕事が忙しくて
一緒に帰れなかった次の日はそれはもう、
よくもこんなに口が動くなと感心するくらいよく
喋る。

俺が書類に目を落としながら
粗雑ぞんざいに返事をしても
まったく気にせずに喋っている。

授業の課題が多く、
生徒会の仕事にも忙殺されていて、

帰宅するのがかなり遅くなる時など、
先輩方に寮に入ってはどうかなどと言われるが、
寮に入るつもりはない。

時間が掛かろうが馬車には
乗っているだけでいいのだし、
朝のこのニコの話をただ聞いている、
そんななんでもない時間が結構貴重だったりするからだ。

婚約者のニコルは
父親の国王が日頃からよく言うように
かなり純心培養されている。

よく言えば純粋だが、
悪く言えば単純で騙されやすい。

先日も
俺が自由恋愛をする、というような事を吹き込まれたらしく、
それを間に受けて大泣きした。

俺の事が大好きだと、
だから自由恋愛などしてくれるなと
ニコは泣いた。

するわけないだろう。

己の立場云々差し引いても、
俺にはニコだけで手一杯だ。

全身全霊を掛けて俺にぶつかってくるニコ。

それを受け止めるだけで大変で、
他に目を向ける余裕などない。

まぁ片手間で捌ける相手なんて
つまらないだけだろうな。

昔の俺なら絶っ対にそんな事は考えなかっただろう。

元婚約者は気位が高く、
彼女とは当たり障りのない会話をよくしていた。
幼い頃から定期的に会うのが恒例になっており、
それ以外では忙しい相手を
煩わせるような事はお互い一切しない、
そんな間柄だった。

俺がイコリスへの婿入りという
事実上の廃嫡となり、
元婚約者との婚約が破談になった時、
俺はどんな気持ちだったか……。

悲しかったのか、
寂しかったのか、
惨めだったのか、
悔しかったのか、

確かに何か感じたはずなのに
何も覚えていない。

その後すぐに出会ったニコに
振り回されっ放しだったせいか?

元婚約者以外
他の女の子を知らなかったから
最初のうちは彼女をニコとの比較対象として
よく思い出していたが、
ニコと暮らす日々が増えるにつき
いつの間にか思い出す事はもうなくなっていた。

そんな元婚約者と再会したのは
上級学園の入学式でだった。

入学前試験の主席と次席で、
席が隣合わせだったからだ。

向こうは俺を見てなにやら
仰天したように見上げていたが、

俺の心は不思議なほどに凪いでいた。

相変わらず綺麗だとは思ったが、
それだけだった。

やはり常日頃からニコアレを相手にしていたら、
少々の女などただのお人形のように感じてしまう。


ニコは不思議な奴だ。

自国を弱小と侮る国から来た王子に、
懸命になって居場所を作ってくれた。

俺はこの国にモルトダーンに対抗するための手段の一つとしてやって来たのに。

伴侶となるお前を意のままに操り、
自分の自尊心を取り戻すために
イコリスを利用しようと企んでいたというのに。

だけど俺の中で、
いつの間にかそんな気は失せていた。

逆にが次の女王になるという危機感を感じ、

王配となる自分がしっかりせねばと
奮い立った。

この学園にいる間に
これから外交の中心となっていくであろう人材と
懇意になり、
実力を認めさせて今後イコリスに優位に事が
運ぶように足場づくりをしておきたい。

大国に挟まれたイコリスが
これからも永世中立国を保てるように
しっかりとしたパイプラインを繋ぎたい。

そのために遊ぶ暇もなく
執行部の仕事を引き受けているのだ。

学園の中には、
俺が廃嫡された身の上だと知っている者もごく少数だがいる。

そいつらに
侮られたり、ましてや哀れみの目を向けられるのは真っ平ご免だ。

俺は俺だ。
今や俺自らの意思でイコリスにいる事を
周りに知らしめたいのだ。


しかし問題はあいつだな……。

元婚約者のルチア=リトレイジ。

ニコが泣きじゃくった日、
アルノルトは俺に事の顛末を全て話した。

もちろん迂闊すぎるアイツの口を摘みあげ、
脳天チョップをお見舞いしといた。

ニコにするような軽いヤツじゃない。

結構本気で痛いやつだ。

アルノルトのヤツもかなり反省していたらしく、
甘んじてそれを受けていた。


その時に聞いたリトレイジ嬢の思惑。

今さら恋愛だと?

俺が国を追い出されて直ぐに
弟である第二王子と婚約を結び直したというのに。

しかも第二王子
リトレイジ嬢の自由恋愛を許しただと?

あいつらが何を考えているのかが
さっぱりわからない。

……何か他に狙いがあるのか。

少し探りを入れてみるか。


さっぱりわからないのは
学園の自由恋愛制度もそうだ。

なんでこんなものが廃れることなく
伝統として受け継がれている?

俺たちの親世代もそのまた上の世代も
自由恋愛制度の恩恵を受けて遊んでいた者が多いと聞く。

自分たちが自由恋愛を謳歌しておいて
その子どもにするなとは言えないわけか。
変に騒いで埃が立つのを恐れているのだろう。

情けない話だ。

さすがに学生であるし
婚姻前なので一線を越える男女はいないらしいが、
それまでの事は平気でしているという。


はっきり言ってバカか?と思う。

とくに男ども。

学園の慣いだからいい、
一線は越えないのだからいい、
と考えてる奴らもいるようだが

俺にしてみれば
他の男の手垢が付きまくった後の女と
卒業後に心機一転、 
新しい人生を共に歩いてゆく……
なんて気持ちには一切なれない。

まぁその点、
ニコは俺しか見えてないから
心配はいらないが。

もともと自由恋愛なんて楽しめるような器用な性格でもないしな、あいつは。

でもあいつが実は陰でもの凄くモテている事は
知っている。

ニコは黙っていれば相当な美形だからな。

俺は忙しいし、執行部の仕事もあるので
ほとんど
アイツとは一緒にいられない。

頭の悪い奴にちょっかいを
かけられるその前に、

そろそろ周りに
俺たちが婚約者同士だと知らしめておく
必要がありそうだな……。

さて、どうしたものか。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


作者のひとり言

自由を謳う上級学園内では
国同士や家同士の軋轢や諍いなど、
一切持ち込んではならないという決まりがあります。
生徒たちも学生時代くらいは
そいういものに縛られず暮らしたいと思っているので、誰もがそれに従っています。
なので
国と国、家と家の繋がりも明らかにする必要もなく。
誰と誰が主家と従家だとか、
誰と誰が婚約者同士だとかも
意外と知られていないのです。
個人的に知りたい者は秘密裏に調べているようですが。



















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