【完結】都合のいい妻ですから

キムラましゅろう

文字の大きさ
5 / 14

夫の研究室にて

しおりを挟む
哀れな師団長のSOSを受け、イムルが引き篭る個人研究室へとやって来たマユラは結婚後はじめて彼の研究室へと足を踏み入れ……られなかった。

「また汚くなってる……」

イムルの研究室内は酷い状態になっていた。
以前、あれだけ精を出して綺麗にしたというのに。
足の踏み場もないほどに物が散乱し、ゴミなのか魔道具なのかの区別もつかない。

当の本人は悪びれもなく魔術で体を浮かして、床に散乱した物を踏むこともなく研究室部屋の中に居る。

困った。
話がしたくても歩けるスペースがないのでこれではマユラは中に入れない。
仕方ない、このままここで……と思っていたらふいに体が浮遊したように感じた。

「えっ?」

すぐ近くにイムルの顔がある。
どうやら横抱きに抱えられているらしい。

(か、顔が近いっ……)

夫婦なのだからもっと密な触れ合いもしているのだが、閨事とは違う不意打ちの接触は変に緊張する。
イムルの堅い胸板と腕の感触がダイレクトに伝わってきた。
一見優男やさおとこなイムルだが、じつはわりとガッシリとした体格であることをマユラは知っている。
そのこともさらにマユラの頬を染め上げさせ、人妻になっても初心うぶウブな反応をしてしまうのであった。

そんなマユラの心情などわかるはずもないイムルはスタスタとまるで透明の床の上を歩くように進み、唯一物が置いていない長椅子の上へと静かにマユラを下ろした。

「あ、ありがとうございます」
と礼を言うのもおかしな感じだが、とりあえずマユラがそう言うとイムルは「ん」とだけ返してきた。

居住まいを正し、マユラがイムルに尋ねる。

「イムル様。何がそんなにお嫌だったのですか?」

魔術機械人形オートマタの回収という今回の任務。
大の魔術機械人形オートマタ好きのイムルなら一も二もなく飛びついてもおかしくないのにそれを任務拒否するなどよほどのことだ。

「…………」

イムルは何も答えない。
マユラの方を見ずに汚れで曇ったガラス窓の外へと顔を向けている。
目元を覆い隠す前髪のせいでその表情は一切わからない。
だけど……

「怒っておられるのですね」

夫の様子からそう察したマユラが言うと、イムルはこくんと小さく頷いた。

「師団長様に……ではないですよね。
魔術機械人形オートマタの持ち主である王族の方に対してですか?」

マユラの問いかけにイムルはまた頷く。
そしてボソリとつぶやくように言った。

「魔力供給過多だなんて」

「普通は有り得ないことなのですね?」

「無能すぎる」

「無能……魔術機械人形オートマタの動力源である魔力を与えるのには、魔力量のコントロールが不可欠ですものね」

そのことは七日に一度、魔術機械人形オートマタのハウゼンとザーラに主であるイムルが魔力を与えている姿を目の当たりにしているためマユラでも知っている。
イムルは口笛を吹きながら(口笛を吹くのは好きらしい)簡単そうにそれを行っているが、実際にはとても緻密な魔力コントロールを要するのだとハウゼンから聞いた。

「無能が分不相応に所有するからだ」

それの尻拭いをさせられることが腹立たしいというわけなのだろうか。

「壊れていたら廃棄処分だとほざきやがった」

「まぁ」

それはひどい。
自らのミスで暴走を招いたのに、壊れた魔術機械人形オートマタに用はないと簡単に廃棄を口にするなんて。

確かに彼らは人間ではない。
どちらかというと道具の分類に入るのだろう。
だけど物や道具だって粗末に扱わず、壊れたのであれば修理をして大切に使うべきなのに。
それをせずに簡単に棄てるなどと……。
それではイムルが怒るのもわかる。

わかるが、悲しきかな宮仕え。
命じられればその任に就かねばならない。
それでろくを得ているのだから。

そして何事においても誰かがやらねば片付かず、解決しないものである。
いつまでもそのままでいて、ある時突然消えて問題解決……なんてことにはならない。

まぁイムルにはそこら辺のところはどうでもよいのだろうけど。
だからマユラはイムルがどうでもよいと思わない方向へと話を振ってみた。

「でも……誰も行かないとなると、その魔術機械人形オートマタはいつまでも尖塔の上に放置されたままですよね……そんなの、かわいそうだわ」

憂いを滲ませてそう言ったマユラの言葉に、イムルの肩がぴくりと揺れた。

「それに魔術機械人形オートマタの扱いに長けたイムル様ではない他の方が無理やり回収して、人形ドールボディをめちゃくちゃにされるのは心が痛みます……」

それまで窓際の壁に腕を組んでもたれかかっていたイムルがガバリと前のめりになる。
魔術機械人形オートマタを製作するイムルはその造形美に心酔しているのだ。
ましてや……

「ましてや人形ドールの命とも呼べる顔に傷をつけられでもしたら……」

「……俺が行く」

「それが良うございます」

魔術機械人形オートマタ回収のためにさっさと部屋を出て行こうとしたイムルがふいに立ち止まり、マユラの方へと顔を向けた。

「マユラ、」

「私はせっかくここまで来たのですから少し研究室お部屋を片付けます。構いませんよね?」

以前、この部屋を綺麗にしたのはマユラだ。
その時に触れていい物と駄目な物の分別は聞かされている。

イムルは少し考えて、こくんと頷いた。

そして「すぐに戻る」と言って、研究室を出て言った。

すぐに戻ってくるから待っていろ、という意味なのだろうとマユラは察する。

そして室内をぐるりと見回し嘆息した。
これは掃除に骨が折れそうだ。
マユラは袖を捲りながら、あの時もそう感じたなと思い出した。

イムルと初めて接した、あの日のことを。











しおりを挟む
感想 231

あなたにおすすめの小説

【完結】好きでもない私とは婚約解消してください

里音
恋愛
騎士団にいる彼はとても一途で誠実な人物だ。初恋で恋人だった幼なじみが家のために他家へ嫁いで行ってもまだ彼女を思い新たな恋人を作ることをしないと有名だ。私も憧れていた1人だった。 そんな彼との婚約が成立した。それは彼の行動で私が傷を負ったからだ。傷は残らないのに責任感からの婚約ではあるが、彼はプロポーズをしてくれた。その瞬間憧れが好きになっていた。 婚約して6ヶ月、接点のほとんどない2人だが少しずつ距離も縮まり幸せな日々を送っていた。と思っていたのに、彼の元恋人が離婚をして帰ってくる話を聞いて彼が私との婚約を「最悪だ」と後悔しているのを聞いてしまった。

1度だけだ。これ以上、閨をともにするつもりは無いと旦那さまに告げられました。

尾道小町
恋愛
登場人物紹介 ヴィヴィアン・ジュード伯爵令嬢  17歳、長女で爵位はシェーンより低が、ジュード伯爵家には莫大な資産があった。 ドン・ジュード伯爵令息15歳姉であるヴィヴィアンが大好きだ。 シェーン・ロングベルク公爵 25歳 結婚しろと回りは五月蝿いので大富豪、伯爵令嬢と結婚した。 ユリシリーズ・グレープ補佐官23歳 優秀でシェーンに、こき使われている。 コクロイ・ルビーブル伯爵令息18歳 ヴィヴィアンの幼馴染み。 アンジェイ・ドルバン伯爵令息18歳 シェーンの元婚約者。 ルーク・ダルシュール侯爵25歳 嫁の父親が行方不明でシェーン公爵に相談する。 ミランダ・ダルシュール侯爵夫人20歳、父親が行方不明。 ダン・ドリンク侯爵37歳行方不明。 この国のデビット王太子殿下23歳、婚約者ジュリアン・スチール公爵令嬢が居るのにヴィヴィアンの従妹に興味があるようだ。 ジュリエット・スチール公爵令嬢18歳 ロミオ王太子殿下の婚約者。 ヴィヴィアンの従兄弟ヨシアン・スプラット伯爵令息19歳 私と旦那様は婚約前1度お会いしただけで、結婚式は私と旦那様と出席者は無しで式は10分程で終わり今は2人の寝室?のベッドに座っております、旦那様が仰いました。 一度だけだ其れ以上閨を共にするつもりは無いと旦那様に宣言されました。 正直まだ愛情とか、ありませんが旦那様である、この方の言い分は最低ですよね?

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

病弱な幼馴染を守る彼との婚約を解消、十年の恋を捨てて結婚します

佐藤 美奈
恋愛
セフィーナ・グラディウスという貴族の娘が、婚約者であるアルディン・オルステリア伯爵令息との関係に苦悩し、彼の優しさが他の女性に向けられることに心を痛める。 セフィーナは、アルディンが幼馴染のリーシャ・ランスロット男爵令嬢に特別な優しさを注ぐ姿を見て、自らの立場に苦しみながらも、理想的な婚約者を演じ続ける日々を送っていた。 婚約して十年間、心の中で自分を演じ続けてきたが、それももう耐えられなくなっていた。

公爵夫人は愛されている事に気が付かない

山葵
恋愛
「あら?侯爵夫人ご覧になって…」 「あれはクライマス公爵…いつ見ても惚れ惚れしてしまいますわねぇ~♡」 「本当に女性が見ても羨ましいくらいの美形ですわねぇ~♡…それなのに…」 「本当にクライマス公爵が可哀想でならないわ…いくら王命だからと言ってもねぇ…」 社交パーティーに参加すれば、いつも聞こえてくる私への陰口…。 貴女達が言わなくても、私が1番、分かっている。 夫の隣に私は相応しくないのだと…。

悪役令嬢の涙

拓海のり
恋愛
公爵令嬢グレイスは婚約者である王太子エドマンドに卒業パーティで婚約破棄される。王子の側には、癒しの魔法を使え聖女ではないかと噂される子爵家に引き取られたメアリ―がいた。13000字の短編です。他サイトにも投稿します。

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

寡黙な貴方は今も彼女を想う

MOMO-tank
恋愛
婚約者以外の女性に夢中になり、婚約者を蔑ろにしたうえ婚約破棄した。 ーーそんな過去を持つ私の旦那様は、今もなお後悔し続け、元婚約者を想っている。 シドニーは王宮で側妃付きの侍女として働く18歳の子爵令嬢。見た目が色っぽいシドニーは文官にしつこくされているところを眼光鋭い年上の騎士に助けられる。その男性とは辺境で騎士として12年、数々の武勲をあげ一代限りの男爵位を授かったクライブ・ノックスだった。二人はこの時を境に会えば挨拶を交わすようになり、いつしか婚約話が持ち上がり結婚する。 言葉少ないながらも彼の優しさに幸せを感じていたある日、クライブの元婚約者で現在は未亡人となった美しく儚げなステラ・コンウォール前伯爵夫人と夜会で再会する。 ※設定はゆるいです。 ※溺愛タグ追加しました。

処理中です...