【完結】 婚約者が魅了にかかりやがりましたので

キムラましゅろう

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大賢者の一番弟子

 王宮内で突然に意識を失って倒れる者が続出し、副師長のジスタスは状況を把握するために四苦八苦していた。

「な、なぜ突然多くの者が倒れたんだ?全く平気な者がいるのも不可解だ。しかも意識がしっかりしている者は皆、王女の魅了の感化されていないようだし……これはもしかして魅了に掛かった者だけが倒れている……?」

 ジスタスが考察しながらブツブツと言っていると、急に凄まじい魔力の波動を前方に感じた。

 えっ!?と思って前方を見るとそこには一人の青年がこちらを見据えて立っている。

 見た事がない青年だ。
 この国の魔術師団の者ではない。
 漆黒のローブを身につけているということは特級魔術師であるはずだが、あまりにも若すぎる。
 ジスタスは言葉を発せずに訝しげにその青年を見つめた。
 すると青年の方からジスタスに声をかけてきた。

「ジスタス・ウォードーム副師長ですね?」

「いかにも。貴殿は……?」

「ロア・ガードナー。チェルカ・ローウェルの関係者です」

「関係者?」

「幼馴染兼塾の仲間兼友人兼、そして俺にとってチェルカは大切な人です」

「そう、ですか……。ん?ロア・ガードナー?」

 はて?どこかで聞いた名だな?とジスタスが思っていると、徐にロアがジスタスに告げた。

「ハイラム王国より貴国の王太子アルマール殿下に随行して来ました。これより王太子殿下が王宮入りされます。その際、貴方にもご同行願いたい」

「もしや、貴殿がハイラムよりの助っ人……?」

「ではよろしく」

 ロアは端的にそう言うと唐突にロアごと空間転移を行った。

「え、」

 突然の事にジスタスの反応が遅れる。
しかも次に接地した場所は王女宮のエントランスであった事によりジスタスはさらに驚いた。

「え、えぇっ!?こ、ここは第二王女宮っ……?」

 ジスタスがキョロキョロと周りを見渡していると、ロアがエントランスの大きな扉の方を見て告げた。

「アルマール殿下のご入来です」

「え、」

 その途端、転移魔法による大きな魔力の移動を感じた。
 そしてややあって扉が開かれる。

「ガードナー特級魔術師、ご苦労さまです」

 そう言いながら、自国の王太子であるアルマールが複数の魔術師や騎士や従者たちと共に王女宮へと足を踏み入れた。

「お、王太子殿下っ……!」

 ジスタスは慌てて片膝を折り、胸に手を当て臣下の礼を執る。
 アルマールはジスタスに視線を向け、彼に告げた。

「ウォードーム魔術副師長だな。師長は魅了に汚染されているとか。王太子の権限を以て今より其方そなたを魔術師団の師長代理に任ずる」

「わ、私がですか……?」

「其方の評判は聞き及んでいる。勤勉で実直、もの腰は穏やかで思考も柔軟。残念ながら父王は先代からの癒着で懇意にしていた伯爵家の者を魔術師長に据えて重用していたが、実力は遥かに其方が上であり人間的に優れているとか」

「そ、そのような勿体なきお言葉……!恐悦至極に存じます」

「立ってくれウォードーム卿。そしてこれからも臣下として、至らぬ私を支えてほしい」

「で、殿下……!はい、勿論にございます。誠心誠意、力の限り殿下に忠誠を誓います」

 再び臣下の礼を執り頭を下げるジスタスに、今度はロアが言った。

「チェルカを支えて下さり、感謝します」

「い、いえ……情けない話、私は何も出来ませんでした。彼女には辛い思いを沢山させてしまって……」

「いえ、貴方という味方が一人でも王宮に居た事がチェルカには何よりも救いだったはず」

「い、いやぁ……なんだか照れますね」

 ジスタスはそう言って頭を搔いた。

「そういえばその渦中のローウェル君の姿が見えないのですが、ガードナーさんはご存知ですか?」

 ジスタスにそう訊ねられ、ロアは懐から徐に書類を取り出して彼に渡した。

「チェルカは早退&しばらく休暇を取らせて頂きます。これが早退届けと休暇申請書です」

「え、あ、はい、ご丁寧にどうも。じゅ、受理します」

 二つの書類を受け取るジスタスにロアは言った。

「チェルカはこの件から手を引かせます。その代わりに俺が処理しますんで」

「え?処理?」と、不思議そうにするジスタスを他所にアルマールが告げた。

「ではガードナー特級魔術師、そろそろ始めましょうか」

「え?何を?」

「はい。汚物を片付けて大掃除と換気です」

「え?汚物?換気?」

 ジスタスはロアとアルマールの会話に首を傾げながら二人を見る。
 それに対しロアは「そう汚物の掃除です」と不敵な笑みを浮かべた。


 ◇◇◇


 一方、同じく王女宮の中ではこの宮の主であるラビニアが突然バッタバッタと倒れたメイドや侍従や警護の騎士たちを見て狼狽えていた。

「なに?一体なにが起きているのっ?どうしていきなり皆が倒れたのっ?」

 ラビニアと同じく、動揺を見せるクロビスや取り巻きや一部のメイドたち。

 クロビスが慌てふためきながら王女の言葉に答える。

「わ、わかりませんっ……ど、どうやら王女宮ここだけでなく王宮中がこのような状態になっているようですっ……!」

「だからそれはなぜっ?誰かきちんと説明をなさいっ!」

 ラビニアがヒステリックな声をあげたその時、ノックと同時に彼女の私室の扉が開かれた。
 そしてよく知った声が耳に届く。

異母姉あね上、失礼しますよ」

「ア、アルマール殿下っ……!?」

 ラビニアは突然現れたアルマールに驚愕した。
 これまでラビニアは異母兄弟たちとは必要最低限以上に関わることがなかった。
(アルマール自身がラビニアを遠避けていたのもある)
それがなぜわざわざ自分の宮に来たのか。
 しかもハイラムに遊学中であるアルマールの突然の帰国と先触れ無しの宮への訪い。
 今、王宮で起きている事と併せて何かが起ころうとしているのは、浅慮なラビニアにも流石に理解できるようだ。

 ラビニアはその不安と苛立ちをアルマールにもぶつけたいところだが、異母弟といえど相手は王太子。
 しかも王妃の嫡子でこの国の次期国王。
 ラビニアとておいそれと無礼な口を利ける相手ではない。

 しかし愚かな王女はそれがわかっていても我慢出来ないのだ。
ラビニアはアルマールを睨み、嫌味たっぷりの言葉を投げかけた。

「まぁ、先触れも無しに突然宮に来るだけでなく、女性の部屋に勝手に入って来るなんて随分品のない行いですこと。王太子ともあろうお方がこれではこの国の未来が思いやられますわっ」

 それに対してアルマールは冷静に、しかしあからさまに侮蔑の表情を浮かべてラビニアを見る。

「ふっ……。私欲と私情のためにこの国をめちゃくちゃにした異母姉あね上…いや、お前のような鬼女にだけは言われたくはないな」

「なっ……誰が鬼女ですって……?」

 生まれて初めて投げつけられた屈辱的な言葉に、ラビニアは訳がわからず返って唖然とする。

 だが反対に魅了により支配されているクロビスや取り巻き連中は、愛するラビニアを貶める発言をしたアルマールに対して憤りを見せ、不敬にも口を挟んできた。

「ラビニア様に対し、なんという失礼な発言!王太子殿下といえども看過できません!」

「そうです!ラビニア様になんと酷い言葉を!」

「王太子殿下に激しく抗議いたします!」

 一同騒然となるクロビスたちに、ロアは一瞥して軽く手を上げ、皆の体をその場で硬直させた。

「ぐっ……!」

「か、体がっ……動かなっ……」

 クロビスたちの足はその場に縫い止められ、口と目しか動かせない様子だった。
そんな彼らにロアが言う。

「たかが第二王女の腰巾着風情が王太子に口答えするな。そこで黙って見ていろ」

「な、何だよっ!?お、お前は一体誰だっ?な、何の権限があって……!?」

 クロビスが彫像のようにじっとしながらそう言うと、それまで呆気に取られて彼らを見ていたラビニアがハッと我に返りロアに言う。

「そうよ!お前、無礼だわっ!命令です!今すぐに彼らを自由にしなさい!」

「命令……?」

「そうよ!王女として命じます!従いなさい!」

 ラビニアがそう金切り声で告げると、ロアは嘲笑しそれを一蹴する。

「ふっ…俺はこの国の人間ではないし、この世界に籍を置いている人間ではない」

「はぁっ?籍がないって……一体どういう意味なのっ?」

「俺の籍は師匠と同じく精霊界にある。だからこの世界に俺の“王”はいない。従って誰の指図も受けない、受ける必要がない」

「は、はぁ?」

「お、お前は一体っ……?」

 クロビスは怪訝な顔をしてロアを見た。

 そこでロアは初めてクロビス個人と対峙するように彼へと視線を向けた。
 温度を感じさせない、冷たく、だけど燃えるように熱い怒りを含んだ眼差しを。

「貴様がクロビス・アラバスタだな」

そう言って鋭い眼光を向けられ、クロビスは恐怖を感じて思わず息を呑む。

 そしてロアは低い声で静かに告げた。

「俺の名はロア・ガードナー。大賢者バルク・イグリードの弟子で、チェルカ・ローウェルをこよなく大切に思う者だ」

「は?チェ、チェルカをっ……?」

 目を丸くしてロアを見るクロビスを尻目に、ジスタスがロアに向けて大声を発した。

「そうか!ロア・ガードナー!!どこかで聞いた名だと思ったら!大賢者の一番弟子だ!!そして大賢者にいで、この世界で最も高位な魔術師だと言われている者だっ!」

 その言葉を聞き、皆が驚愕の眼差しをロアに向ける。

 ロアはジスタスの言葉に、敢えて付け足した。

「そしてチェルカ・ローウェルを泣かせる人間を八つ裂きにする、彼女に忠誠を誓う者でもある」

「チェル…カに……忠誠……?」

狼狽えるクロビスの唖然としたつぶやき声が、王女の部屋の中に響いた。


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