夫はオシドリ夫婦と評される※ただし相手は妻の私ではない

キムラましゅろう

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ナイショでバイトすること事になりました

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「すまないリゼット……恩に着るよ……」

「まったくです。お父様には今後一生恩着せがましく言い続けてやります」

「うっ……」

「じゃあまぁ行ってきますから」

「うん……よろしくな……せめてバイト先がレイナルドの赴任先で良かったよ……」

「フィリミナ様にりすまして仕事するんですから意味ないですけどね」

「うっ……本当にすまない……」

「今さら反省しても遅いですよお父様。私が留守の間、領地の事をお願いしますね」

「はい……」




リゼット(21)はクロウ子爵家の一人娘だ。
領地は王都から最も離れた国境近くにあり、自然豊かな環境…まぁ所謂ど田舎だ。

一人娘であるリゼットは後継として(この国では女性も襲爵出来る)家門を継ぐ為に入婿を迎えた。

父の弟の息子…それすなわち従兄、であるレイナルド=クロウ。

レイナルドはリゼットより三歳年上で、
幼い頃から優秀で見目も良く性格も穏やかで優しいと、かなりの優良物件であった。

そんな彼を永きに渡る婚約の末に結婚に漕ぎ着けられたのは偏に親戚であった事と田舎でライバルが少なかったからであろう。

今は亡き、しっかり者であった母が早めにレイナルドに唾を付けてくれたおかげで、
彼が魔術学園に入学して寮生活をしても、その後隣領にある魔法省の地方局勤めとなったとしても、リゼットは彼の婚約者の座に君臨し続けられていた。

レイナルドはリゼットの初恋の相手だ。
そんな相手と結ばれる事が出来て…まぁそれを表立って言うのは恥ずかしくて出来ないが、リゼットは本当にラッキーだと思った。

そしてリゼットが十八になったと同時に入籍と挙式を済ませたのであった。

レイナルドとは夫婦となっても良好な関係が築けていたと思う。
互いを尊重し大切にし合う。
レイナルドは変わらず魔法省に勤め(父も健在であるしリゼットと古くから仕える家の者で運営は充分であったから)、リゼットは領地運営に勤しむ。
そんな忙しくも順調な日々に変化が訪れたのは結婚して一年後の事であった。

とある事件の捜査の為に、レイナルドが王都にある本省への配属が決まったのだ。

当然、次期子爵としてリゼットは領地を離れる訳にはいかず、レイナルドは単身赴任する事となったのだった。

「任期はおそらく三年くらいだと思う。それに、担当する事件は以前から捜査に関わりたいと思っていた案件なんだ。リゼと離れて暮らすのは寂しいけど、犯人逮捕の為に尽力してくるよ」

「うん。レイ、頑張って」

「なかなか帰れないとは思うけど、手紙を沢山書くから」

「うん。私も書く」

「リゼは体調を崩しても気のせいで終わらせるから心配だよ。くれぐれも無茶してはダメだよ?」

「うん。問題ない」

「そっか」

「うん」

「…ってちょっと待ってリゼット?レイナルドがこんなに言葉を尽くしてくれてるのにしょっぱ過ぎない?」

レイナルドが王都へ発つ日、見送りの際の夫婦のやり取りにリゼットの父親である現クロウ子爵フレディがツッコミを入れた。

何を今さら……といった視線をリゼットは父親に向ける。
リゼットが誰に対しても塩い対応をするのは今に始まった事ではないというのに。

父はかつて無邪気で明るかった頃のリゼットを今だに引きずっているのだ……。

リゼットがどう返すべきかと思いあぐねていると、
レイナルドがフレディに言った。

「お義父さん、そこがリゼの可愛いところなんですよ」

「え?塩っぱいのが可愛いの?今の若者ってそうなの?」

「お父様うるさい」

「う、中年は塩分の摂り過ぎはよくないんだよっ……ほどほどの塩加減でよろしくね」

「お父様は甘いもの苦手でしょ」

「あはは」

そんな塩梅の別れを済ませ、レイナルドが単身王都へ赴任となって早二年……。

なんの因果かリゼットも王都へ行く羽目になったのだ。

つい先日、父の借金が発覚した。
父が若かりし頃に友人である魔法省魔法科捜研の長であるレザム=ハリス氏に借り三ヶ月分の家賃を返却し忘れていた事実が明るみに出たのだ。

未返済期間は実に二十五年。
もう今さら……と思わなくもないその借金を敢えて今、告げてきたのは、金ではなく他の目的がレザムにあったのは明確である。

「利子付きで返せ……とまでは言わないが、二十五年も借りたままになって悪いと思うならこちらの頼みを聞いて欲しい。出来れば娘であるリゼットさん、キミに」

そう言われてしまえば、金を借りたまま忘れていた非があるこちらに拒否権はない。

その頼みとやらは、
やっとの事で魔法省の入省試験をパスしたレザムの娘フィリミナ(21)が、性病治療のために入院をする事になったそうだ。
未婚の女性が性病に罹り、入省早々長期休暇を取る。
国家機関である魔法省の職員は貴族平民問わず全員公務員。
その公務員として、未婚の女性が性病に罹り入省早々治療の為に長期休暇を取るのは……それは大変よろしくないのだとか。
(公務員でなくてもよろしくないわ)

自業自得とはいえ、快癒したとしてもこのままでは職を失ってしまうかもしれない。
それを哀れに思った父親のレザムが急遽変身魔法が出来ると聞いていた友人の娘であるリゼットに目を付けたのだった。

「娘フィリミナに変身して、配属先の魔法科捜研で働いて欲しい。期間はフィリミナが治療を終え退院して体調が万全に戻るまで。それで二十五年の借金はチャラとし、尚且つ多額の礼金も支払う。去年の大雨で破損した領内の橋の架け替えをして財政的に厳しいのだろう?バイトと考えれば悪い話ではないと思うが?」

「………やりましょう」

背に腹は代えられぬと、リゼットはこの成りすましバイトを引き受けたのであった。

というわけで、リゼットは王都へバイトという形で赴く事となった。
夫レイナルドに事の次第を打ち明ける暇もなく。

フィリミナの配属先は奇しくもレイナルドと同じ立証魔術開発班。
そこの新人職員フィリミナに成りすまして職務に就くのだ。

しかしそうやって本省で働き始めたのだが、
夫にだけは秘密裏に事を打ち明けようと思っていた矢先に、リゼットは驚くべき実態を知る。

単身赴任となり二年。

夫レイナルドはオシドリ夫婦の夫として名を馳せていた。

それ自体は別におかしな事ではない。
レイナルドは既婚者で妻を持つ身なのだから。

問題はそのオシドリ夫婦の妻の方として認識されているのが、
リゼットではなくレイナルドの同期で同僚の女性職員であるという事なのだった。

本当にレイナルドとその女性職員が夫婦と思っている者もいれば、
あまりにも二人が似合いで、仕事のバディとしで息が合っている事によりそう揶揄する者もいるという。

王都から高速遠距離馬車を用いて十一日、駿馬を乗り継いでも五日は掛かる遠く離れたクロウ子爵領にそんな話が届くはずもなく……。

王都に来てみて初めて知ったその状況にリゼットは驚いたのであった。


「あーびっくりした」


……こんな感じだが本当に驚いているのである。








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