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意外すぎる新たなる旅立ち

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十三年前に自分から魔力を奪ったのはレザム=ハリスの弟であるジョシュア=ハリスではないかと疑念を抱いているリゼット。

夫レイナルドにその事を打ち明けると、捜査の件は任せて欲しいと言われた。 
協力を仰ぎたい人物がいるとか……。

この世で一番信頼する夫にそう言われたのであれば待つより他はない。
なのでリゼットは今のところ大人しくフィリミナとして日々の勤務をこなしていた。

そして絶対にジョシュア=ハリスには接近しないようにと、レイナルドには強く深く、ず太い釘をぶっ刺された。

塩い対応を心掛けてもジョシュアに対する恐怖心を上手く隠しきれる自信のないリゼットは元より近付くつもりはない。

ーーでも……何か重要な事を忘れている気がする。
何かこう……重大な……

そんな事を女子寮の自分の部屋で考えている時、ふいにノックの音が聞こえた。

「はい?」

遅いというほどの時刻ではないがこんな時間に誰だろうと訝しみながら対応をすると、ドアの向こうから「あたしよ!」という女性の声がした。

あたし、さん?って誰だ?と思いながらフィリミナの姿でドアを開けると、

「ハァイあたし!あたし、フィリミナよ!」

ドアの向こうにもフィリミナが立っていた。

「………」

なんか面倒くさい空気を感じたフィリミナリゼットが何も言わずにドアを閉じようとするとドアの向こうのフィリミナが慌ててドアノブを掴んだ。

「ちょまっ!待ってよ!リゼットさんフィリミナ!せっかく会いに来たんだし、ここで揉めてて他の人に見られたらマズイでしょ!」

名乗られなくてもわかる。
フィリミナリゼットはジト目でフィリミナ本物に言った。

「……フィリミナ=ハリスさんですね、まぁとりあえず中へどうぞ」

リゼットが変身して成りすましている張本人のフィリミナ=ハリスは、
「ありがと。まぁ本来ならあたしが借りてる部屋なんだけどね、変な気分ね♪」
とそう言いながら部屋に入って来た。

「あたしが住むはずだった部屋にオジャマしますっていうのも変だけど、今この部屋の主はリゼットさん、アナタなんだから一応オジャマしますって言っておくわね」

「はぁどうも」

「え、ヤダなに塩いわね!アタシの事嫌い?」

「まったく知らない人物を嫌いになんてなれませんよ。まぁ好きでもないですけどね」

「アハ!リゼットさん塩っぱい!」

リゼットとは正反対のテンションの人だ。
こういうタイプには更に塩分濃度を上げるのみである。

「それで?ここに訪ねて来たという事はもう退院されたんですか?性病は完治を?」

「まぁね!担当してくれた魔法薬剤師のババァがすんごいデキるババァでね?あたしに合う魔法薬をビビビッて調合してくれて、それであっという間に治ったの!」

「それはご快復されてなりよりですね。おめでとうございます。でももう罹患しないようにしてくださいね」

「ホントよね。あたしももう二度とゴメンだわ。彼ピにアタシの他にも女がいるのは知ってたんだけど、まさかビョーキ感染うつされるとは思ってなかったわ~。魔法薬剤師のババァに『揃いも揃って脳みそが下半身にあるバカ男にパカパカお股を開くからこーなるのヨっ!本当のイイオンナってのはね、本当にイイオトコにだけココロもお股も開くものなのヨっ!』と叱られちゃった!」

「………」

リゼットは無言で対応した。
どういうリアクションを取ればいいのか分からない時はもう、何も言わないのが得策である。

「それでさ。元気になったし、アナタには迷惑かけちゃったから、まずはひと言謝っておこうと思ってねそれで伺ったのよ。リゼットさん、この度は、多大なご迷惑をおかけして本当にごめんなさいでした!」

そう言ってフィリミナ(本物)は勢いよく頭を下げた。

今までのチャラい態度一変、途端に礼儀正しく詫びを入れてきたフィリミナにリゼットは面食らった。

「……頭を上げてくださいフィリミナさん。謝礼金欲しさに引き受けたのはこちらです。ですから謝罪は必要ありません」

「うん……ありがと」

リゼットの言葉にフィリミナは小さく笑みを浮かべた。

「では職場への復帰はいつにしますか?人知れず入れ替わりを行うには連休の前後がいいと思うんですが……」

本人が戻って来たのだ。本当はジョシュアの事があるのでもう暫く魔法省へ勤めたいところだが、まさかフィリミナに『あなたの叔父さんを疑っていて、その捜査の為に入れ替わりを待って欲しいの』と言う訳にもいくまい。

しかしフィリミナから返ってきた言葉は以外なものであった。

「あ、それなんだけど、あたし、魔法薬剤師になる事にキメたのよ」

「……………は?」

いつも以上にソルティな態度になってしまっても仕方ないと思う。
え、今フィリミナこの人なんて言ったの?
魔法薬剤師?

「あたしを担当してくれた魔法薬剤師のババァを見ててね、あたしもこの仕事がしたい!って思ったのよ。というかそのババァみたいになりたいと思ったの」

「その老齢の魔法薬剤師に憧れて……それで三度目でようやく入省試験をパスした魔法省を辞めると?」

「べつに魔法省の職員になりたかった訳じゃないもの。お父様が口煩いし、特にやりたい仕事もなかったしね。あ、どうせ陰で裏口だとか不正だとか言われてるんだろうけど一応実力でパスしたからね?かなりギリギリだったらしいけど。ぷっ!」

確かに他の職員の間ではフィリミナが父親のコネでの縁故採用だと真しやかに囁かれている。

「でもね、出逢っちゃったんだもん。一生ついてゆきたい人に。師匠と仰いでその広~い背中を追いかけたい人に」

迷いのない真っ直ぐな瞳でフィリミナが言った。
志しもなく夢も理想もなく性に奔放であったらしい彼女の瞳に、眩いばかりの光が見える。

フィリミナが見つけたその光を、リゼットも応援したくなった。

「本当に素敵な薬剤師の方なんですね」

「まぁね!ババァなんだかジジィなんだかオネェなんだか分からない珍妙なイキモノだけどね!」

「それは……え?ホントはどれなんです?」

「うーん全部?でもどれでもいいのよあの人は」

一体どんな人物なのだろう、興味をそそられるばかりだが、リゼットはとにかくこの後の事をフィリミナに確認した。

まずは父親のレザム=ハリスにはいつ話すのか、それによりリゼットはレザムの判断を待たなくてはならないからだ。

するとフィリミナは、魔法薬学部のある専門学校に母親の協力で入学するのでその手続き云々が片付くまで時間が欲しいと言った。

どうせ父親は反対するし妨害もしてくる、それならば全ての場を整えてから父親に打ち明ける方が得策だと母親と相談したらしい。

リゼットにしてみればフィリミナに変身したままでジョシュア=ハリスを注視出来るので願ったりかなったりだ。
あとふた月ほどはこのままの状態でお願いしたいと言われたので、リゼットは二つ返事で快諾した。

ここでまた何かが引っ掛かる。
何かを忘れていて、それで見落としてしまっているような。
それが何なのか、リゼットにはやはり思い出せない。

モヤモヤする気持ちを抱えながらもリゼットは元気に帰って行くフィリミナを見送った。





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フィリミナが傾倒しているババァだかジジィだかオネェだか分からない珍妙な魔法薬剤師……

お年を召してもなお現役で勤めているらしいかのお方なのですが、
皆さんお分かりになられましたか?












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