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さわこさんと、温泉 その1

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 今夜も居酒屋さわこさんの入り口横には提灯が灯っています。
 
 最近の居酒屋さわこさんには、新規のお客様がお見えになられることが多い感じがいたします。

 これには1つ理由がございます。

 私と同じく、バテアさんの家に居候なさっている吟遊詩人のミリーネアさんが冒険者組合で居酒屋さわこさんの割引券を配っているからなんです。
 この割引券ですけど、誰にでもお配りしているわけではございません。
 吟遊詩人のミリーネアさんがですね、歌の題材に出来そうな話題を冒険者組合にやってこられた冒険者の方からお聞きした際に、そのお礼として配布なさっているんです。

『ミリーネアさんさえよかったら、これをお礼にお使いくださいな』

 私がそう提案させていただいた次第なんですけど、これ、結構好評のようでして、

「最近、冒険者組合に行くと、冒険者のみんなが待ってくれてるの」

 ミリーネアさん曰く、そんな感じになっているそうです。
 要は、ミリーネアさんから居酒屋さわこさんの割引券をもらいたいがために、歌の題材になりそうなネタをわざわざ仕入れて来ておられるそうなんです。

 こういった歌のネタは、必ず提供者の名前まで聞いておいてですね、もしその内容に嘘だった場合には冒険者組合を通じて全国土にそのことが通達される仕組みが出来上がっているそうなんです。
 それを冒険者の方々もご存じですので、適当な話をでっち上げるなんてことは滅多にないそうなんですよね。

 こうして、ミリーネアさんを待ち構えているお客様の多くは、この春になって新しく辺境都市トツノコンベにやってこられた冒険者の方々でして、割引券で居酒屋さわこさんにやってこられまして、料理やお酒を気に入ってくださった方が多いんですよね。

 やはりあれですね、常連さんに贔屓にしていただけるのも嬉しいのですが、こうして新しいお客様が増えるのもとても嬉しく思う次第です。


「さわこさん、クッカドウゥドルの焼き鳥をお替わりしてもらえるかな」
「こっちには肉じゃがをお願い」
「はい、喜んで!」

 店内からの新規注文の声に、私も笑顔でお応えいたしました。
 お昼のうちに仕込んでおいたクッカドウゥドルの焼き鳥串を炭火コンロの上に並べまして、

 パタパタパタ

 うちわで炭火を扇いでいきます。

 ここは私が元いた世界とは別の世界ですけど、バテアさんの転移魔法のおかげで時々元いた世界に戻ることが出来ているんです。その際に炭や調味料などの、私の世界でしか購入出来ない品物を購入してきているんです。
 この炭も、その1つです。

 肉じゃがは、元々私の得意料理だったのですが、こちらの世界でも人気のメニューになっています。
 ジャルガイモやニルンジーンといった、こちらの世界の野菜を使用していますけど、味付けは私が元いた世界で行っていたのと同じにしています。
 なんといいますか、もう体が覚えちゃってる感じなんですよね。

 肉じゃがは、大皿に入れてカウンターの上に置いています。
 この大皿料理は、リンシンさんが担当してくださっていまして、先ほどの注文を受けまして早速リンシンさんが器にそれをよそってくださっています。

「……おまたせ」
「あ、ありがとうございます」

 そのお客様は、嬉しそうにその器をリンシンさんから受け取っておられます。
 そして、それを一口食べるなり

「うん! やっぱり美味い! この肉じゃがってなんか懐かしい感じがするんですよねぇ」

 嬉しそうな声をあげておられます。

「ありがとうございます。そう言って頂けると嬉しいです」

 私も笑顔で返事をお返しします。

「ホント、さわこさんは料理が上手いなぁ……こりゃ、旦那さんになる人は幸せ者だ」
「そうですねぇ……まずはお相手探しから頑張りませんと」

 ……はい
 陸奥さわこ三十ウン才……そっち方面に関しては本当に頑張りたいものです……


「はいはい、そういう話題は抜きにして、さぁさぁもっと飲んで飲んで」

 そこに、一升瓶を片手にバテアさんが割り込んでこられました。
 主に、お酒の注文とお客様のお話のお相手をしてくださっているバテアさん。
 そのおかげで、店内に笑い声が絶えないんですよね。
 中には一人でのんびり飲みたいお客様もおられるのですが、そういうお客さんにはあえて近寄らないで、その方のグラスが空きそうになると、
「おかわりいかが?」
 と、絶妙のタイミングで一声かけられるんです。
 あの見極めとタイミングは、私も見習いたいと本気で思っているんです。

 バテアさんは、肉じゃがを御注文くださった方に日本酒をお注ぎなさっています。

 肉じゃがに日本酒って、肉じゃがが甘めなせいもあって敬遠なさる方が多いのですが、私が自信をもってお勧めさせていただいているのが純米吟醸の満天星でございます。
 水のようにすっきりしていて、後味のキレの良さが肉じゃがの味を邪魔しないどころか、むしろ引き立ててくれる日本酒なんです。

 そのお客様も、バテアさんが注がれた満天星を美味しそうに飲み干しておられます。

「かーっ! うまい!この酒がまた肉じゃがに合うんだよねぇ」

 そう言いながら、肉じゃがを頬張られているそのお客様。
 その笑顔を拝見出来ただけで、私も思わず笑顔になれてしまいます。

 そんな中……

「うむ、さわこ! ぜんざいおかわりだ! いやぁ、さわこのぜんざいはいつ食べても美味いな」

 カウンター席に座っておられる常連客のゾフィナさんが満面の笑顔でぜんざいのお椀を私に向かって延ばしてこられました。
 
 このゾフィナさん……私が作るぜんざいをすごく気に入ってくださってですね、週の半分近くの割合で通ってこられているんですよね。

「いやぁ……最近は他の世界で……おっと、これは言ってはまずかったな、うん。同僚のクリアノという女とあれこれ調査をしているんだが、なかなか進展してなくてなぁ……ぜんざいで気分転換して仕切り直さないと、うん」

 そう言って、一度伸びをなさるゾフィナさん。

 お気持ちはわかるのですが……えっと、ゾフィナさん……これでぜんざい7杯目なんですけど……

 苦笑しながらも、私は新しいお餅を炭火コンロの上にのせている網の上へとのせていきました。

 そんな感じで、今夜の居酒屋さわこさんも楽しく営業を続けておりました。

◇◇

 この日の営業が終わりました。

 後片付けを終え、順番にお風呂をすませていく私達。
 バテアさんのお宅のお風呂は少し広めなものですから、いつも2人一組で入っています。
 ベル達お子様チームは自分達でお風呂をすませて、すでにお休みしていますので、この時間帯にお風呂に入るのは居酒屋さわこさんで働いていた私達のみです。

「今日もお疲れ、さわこ」
「バテアさんもお疲れ様でした」

 湯船でくつろいでいるバテアさんと、浴槽の外で体を洗っている私。

「そういえば、明日は店休日じゃない? 久しぶりにみんなで温泉にでも行ってみない?」
「わ、いいですね! ……でも急にどうにかなるんですか?」

 こちらの世界にも温泉がいくつかございます。
 有名なところでは、辺境都市リバティコンベの温泉集落や、辺境都市ララコンベのララコンベ温泉郷といったところです。

「そのララコンベ温泉郷の近くにあるオザリーナ温泉郷ってところの招待券をもらったのよ」
「わぁ、それはいいですね!」

 バテアさんの言葉に、思わず笑顔の私。
 こうして、明日から温泉旅行に出かけることになりました。

 喜びのあまり、髪の毛を洗いながら、私は思わず鼻歌をうたっていた次第です。

ーつづく
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