異世界居酒屋さわこさん細腕繁盛記

鬼ノ城ミヤ(天邪鬼ミヤ)

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さわこさんと、厨房 その1

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 この日の居酒屋さわこさんの営業では、早速クッカドウゥドル焼き鳥をお出ししてみました。
 先日のマウントボアの時同様、食用として出回っていない食材でしたので、皆さん最初は引き気味なご様子でした。

 クニャスさんとリンシンさんにお聞きしたのですが、この世界でこのクッカドウゥドルは
「羽をむしって、適当に切り分けて丸焼きにして食べるのが普通ねぇ」
 とのことでした。
 そのお話をお聞きして、私はなぜこのクッカドウゥドルがこの世界で美味しくないと言われているのか理解いたしました。
 このクッカドウゥドルなのですが、人間で言う横隔膜、内臓を支え包んでいる膜がですね、恐ろしく不味いのです。私のように丁寧に部位事に切り分けていけば問題ないのですが、丸焼きにしてしまうと、この膜が鳥の肉の味をすべて台無しにしてしまうこと請け合いなのです。
 不味いという固定観念が出来上がっているものですから、誰もこの肉を細かく切り分けようと考えなかったのではないかと思われます。

 そのため、店内のお客さまも最初は引かれていたのですが、炭火で焼き鳥が焼けていく良い匂いが店内に充満していくにつれまして、
「さ、さわこさん、ちょっと試しに1皿もらってみようかのう」
「う、うむ、こっちにも1皿頼むぞい」
 そんな感じで、徐々に注文の声がかかるようになってまいりました。
 それを一口召し上がった方は、
「んん!? これは!?」
「おいおい、これがあのクッカドウゥドルの肉なのか!?」
 もれなくそのような声を上げられまして、あっという間に焼き鳥を平らげられまして、
「さわこさん、おかわりじゃ! 3皿頼む!」
「こっちもお代わりだ! こっちは5皿持ってきてくれ!」
 このように、次々と追加注文をしてくださっております。
 そのお声が呼び水になりまして、お店にいらしてくださっていた皆様全員が一斉にクッカドウゥドルの焼き鳥を注文してくださるようになりました。

 この世界に持参しておりました七輪は全部で5つです。
 これをフル稼働して焼いているのですが、一度に焼けるのは七輪1つで串6本、5つで合計串30本でございます。
 一皿2本でお出ししておりますので、一度に15人前焼ける計算になるのですが、皆様お一人で複数注文なさる方がほとんどですので、焼いても焼いてもおいつきません。
 私は、着物をたすき掛けし、額にはちまきを巻いて焼き続けてます。
 それでもすぐには注文をこなすことが出来ません。
 徐々に、お待たせしてしまうお客さまの数が増えておりました。
 すると、
「ほらほら、合間に他の物も頼みなって、さわこの肉じゃがだって美味しいんだからさ」
 着物姿で接客に当たって当たってくださっていたバテアさんが、カウンターの上に置いてある大皿料理を皆さんに勧めてくださり始めました。
 すると、お客様も
「確かにそうだな。じゃ、焼き鳥が焼けるまでの間に肉じゃがを一皿もらおうか」
「じゃ、こっちもだ」
 そのように声をかけてくださるようになったのですが……私は私で、焼き鳥に手一杯でございます。
 肉じゃがをよそう余裕がございません。
 すると、リンシンさんが
「さわこ、こっちは大丈夫……」
 そう言いながら、肉じゃがをよそって注文くださったお客さんのところへ運んでくださいました。
 バテアさんは、手持ち無沙汰になっておられるお客さんのテーブルに歩み寄って、一升瓶片手に雑談の相手をしてくださっています。
 お2人のおかげで、お客様も焼き鳥が焼き上がるまでの間も、楽しい時間を過ごして頂けています。
 私は、お2人のお気遣いに全力でお答えすべく、焼き鳥を焼き続けました。

◇◇

 ひたすら焼き鳥を焼いている私なのですが……開店してからおよそ5時間、閉店まで残り1時間少々になった頃には少々大変な状態になっておりました。

 七輪はすべて厨房の床の上においてあります。
 そのため、カウンターの上に準備してある焼き鳥の串を手にとった私は、一度しゃがんでから焼き作業を行う必要がございます。
 その状態のまま右に左に移動しながら串を移動させながら焼き続けております。
 自分の周囲に丸く七輪を置くことが出来れば、左右に動く必要がないぶん楽なのですが、あいにく厨房の中にはそんなスペースはございません。
 床に横一列状態に七輪を並べまして、その手前に私が移動するスペースを確保すると厨房内は一杯になってしまいます。

 厨房内を私が完全に占拠しているため、厨房の壁に並べてあるお酒の瓶も私が取る必要がございます。
「さわこ、ごめん、日本酒とってくれる?」
 バテアさんからそう言われる度に、私は
「はい、喜んで」
 笑顔でそう言いながら立ち上がりまして、日本酒の瓶を手にとりバテアさんへと手渡していきます。
 そして、渡し終えると、再びしゃがみ込んで焼き鳥を焼いて……
「さわこ、日本酒もう一本お願い~」
「はい~、よ、喜んでぇ」

 それが繰り返された結果
 閉店まで残り1時間となった今、私の両足はまるで生まれたての子鹿のようにぷるぷる震えております。
 運動不足なのはよく自覚しておりますが……以前お店をしていた際でもここまでひどい状態になったことは記憶にございません。
 とは言いましても、まだまだ焼き鳥の注文は入っております。
 足がこんなだからといって、作業を止めるわけにはいきません。
 私は、笑顔を引きつらせながらも、作業を続けておりました。
「さわこよ、そんなに立ったり座ったりしておったら大変じゃないか?」
 カウンターに座って、焼き鳥を食べておられるドルーさんがそんな声をかけてくださいました。
「あ、そ、そうですね……でも大丈夫です、ご心配くださりましてありがとうございます」
 私は、笑顔でお礼の言葉を返させていただきました。
 すると、ドルーさんは厨房の中をしばらく眺めると
「のうさわこよ、この厨房は前にバテアがやってた喫茶店の厨房をそのまま使っておるのじゃろう? 酒場をするにはこれでは手狭じゃろう。よかったらワシが改築してやろうか?」
「え?」
 ドルーさんのお言葉に、私は思わず目を丸くしました。
 すると、お酒の瓶を手にしているバテアさんがドルーさんの横に歩み寄ってこられました。
「さわこ、遠慮無く頼めばいいわよ。ドルーはこう見えても大工だからね」
「こう見えても、は、余計じゃ」
 バテアさんの言葉に、ドルーさんは苦笑しながらグラスを差し出しました。
 するとバテアさんはそのグラスに日本酒を注いでいきます。
「さわこには開店前に飲み食いさせてもらった恩があるからな、無料でさせてもらうぞい」
 そう言うと、ドルーさんは二カっと笑ってグラスをあけていきました。
 すると店内から
「ドルー、俺の店の壁も直してくれ、無料で!」
「俺の店のドアも頼む! 当然ただ働きで」
 そんな冗談めいた声があがっていきました。
 ドルーさんは、そんな皆さんに向かって、
「おぉ、ワシが満足するまで飲み食いさせてくれたら無料でやってやってもよいぞ」
 そう言うと、ガハハと笑われました。
 そんなドルーさんに、
「おいおい、飲み代の方が高くつくじゃねぇか」
 店内からそんな声があがりました
 同時に店内の皆さんは一斉に笑い声をあげていかれました。

◇◇

 その日の営業が終わった店内で、ドルーさんは厨房の中を見てくださっています。
 私はといいますと……リンシンさんが準備してくださった椅子に座ってヘトヘト状態です。
 両足はいまだに生まれたての子鹿のようにぷるぷる震え続けています。
「さわこよ、具体的にどうしたいのじゃ? だいたいのイメージを言ってくれれば図面を引くぞい」
 そう言うと、ドルーさんは
「……何か書く物はないかの?」
 そう言いながら周囲を見回しておられます。
 私は、
「あ、それでしたらその棚の……」
 そう言って立ち上がろうとしたのですが、まったく足に力が入らなかった私は、そのままカクンとその場に座り込んでしまいました。
 その反動で、お尻から床に倒れ込んでしまったのですが……その際に思いっきり足を上げてしまいまして、同時に着物まではだけてしまって、私の下着が眼前に立っていらっしゃるドルーさんに丸見えになってしまいました。
「ドルー! 駄目よ!」
 すると、駆け寄ってくださったバテアさんがドルーさんの目を、いわゆる目潰しの要領で突かれました。
 目を見開いて、私の下着を凝視なさっておられたドルーさんは、その真ん中を突かれたものですから、
「ぐわぁ!? ば、馬鹿者、突くでない! せめて両手で塞ぐくらいにせい!」
 そう声を荒げながら両目をご自分の両手で覆われていきました。
 するとバテアさんはそんなドルーさんの眼前に顔を寄せられまして
「何よ、さわこの下着を見る気満々で目を見開いてるから直撃くらったんでしょ? このドスケベドワーフ!」
 そう言われました。
 その後、私はリンシンさんに助け起こして頂いたのですが、お2人はしばらく
「なんじゃとぉ!?」
「何よぉ!?」
 そのような言い合いを続けておられました。

◇◇

 しばらくして、ようやく言い合いがおさまった頃合いを見計らいまして、私はドルーさんに大学ノートとシャーペンをお渡しいたしました。
「な、なんじゃこりゃ?」
 それらを始めて手になさったらしく、ドルーさんは困惑した表情を浮かべておられました。
 私が、
「こちらのシャーペンは、こうしてここを押さえると芯が出て参りまして……」
 そう説明させていただきますと
「ほう、こりゃ面白い仕組みじゃのう、しかも一度書いた物を消せるのか」
 感心しきりといったご様子で感嘆の声をあげられました。
 
 お聞きしましたところ、この世界には羊皮紙と付けペンが主な筆記用具なのだそうです。
 こういうお話をお聞きすると、この世界が異世界だということを改めて実感いたします。

 その後、私は
「あの、バテアさん。お店を改築させていただいてもよろしいですか?」
 そう、家主であられますバテアさんに確認させていただきました。
 するとバテアさんは
「ここはさわこに貸したんだからさ、好きにすればいいわよ」
 笑顔でそう言ってくださいました。
 それを受けまして、私はドルーさんに要望をあれこれお伝えしていきました。
 基本的なコンセプトは、以前のお店の厨房です。
「……で、ここに炭火焼きのスペースを作ってですね、こちらには……」
 身振り手振りを交えながら要望を口にしていく私。
 それをドルーさんは、ふんふんと頷きながら大学ノートに書き留めながら図面を引いていかれました。
 
 この日、居酒屋さわこさんは、閉店後も店内の灯りがしばらく消えませんでした。

ーつづく
 
 
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