異世界居酒屋さわこさん細腕繁盛記

鬼ノ城ミヤ(天邪鬼ミヤ)

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さわこさんと、ダンダリンダさん その2

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イラスト:NOGI先生

 突然、居酒屋さわこさんを訪問なさった女性は魔女魔法出版の営業担当者ダンダリンダさんと名乗られました。

 そのダンダリンダさんと私は、居酒屋さわこさんのテーブルに向かい合って座っています。

「レシピ本といいますと……この居酒屋さわこさんの料理のレシピの本……と、いうことですか?」
「えぇ、まさにその通りですわ」
 ダンダリンダさんはにっこり微笑みながら頷かれました。
「こちらのお店、居酒屋さわこさんは辺境都市トツノコンベ近隣でも話題のお店となっておりますの。その話題のお店のレシピ本となりますと、ベストセラー間違いなしですわ」
 そう言いながら、ダンダリンダさんは、テーブルの上に本を並べ始めました。

 どうやら、魔女魔法出版がすでに販売なさっているレシピ本のようですね。
 どの本の表紙にも、レシピ本を執筆なさったお方が、笑顔で料理を手に持っているお姿が印刷されています。
 
 皆さん、とてもいい笑顔ですね。
 
(……この表紙に、私が?)
 ……なんでしょう……想像しただけでなんだか恥ずかしくなってしまいます。

「どうですか? 出版に関しましては我が魔女魔法出版が全力で協力させていただきますので、何の心配もございませんよ。このように、出版実績もバッチリですし」
 ダンダリンダさんは私を見つめながら、にっこり笑顔を浮かべ続けておいでです。

「……そうですね……」
 そんなダンダリンダさんの前で、私はしばらく考えこんでしまいました。

◇◇

「……で、結局断っちゃったんだ」
 バテアさんは、私の顔を見つめながら苦笑なさっておられます。

 お昼過ぎの、居酒屋さわこさんの店内で夜の仕込みを行っていた私は、カウンターに座っているバテアさんに苦笑をお返しいたしました。

「ホワァイ? なんで? いい話じゃないの? 魔女魔法出版といえばこの世界で一番売れてる出版社よ」
 魔法雑貨のお店で店番をしているエミリアも怪訝そうな声をあげています。

「そうですねぇ……」
 そんな2人の声をお聞きしながら、私は苦笑し続けておりました。
「そんな大した理由ではないのです……ただ、私の料理はどれも普通の料理ですし、それに……表紙に私が笑顔でなんて……そんなこと、想像しただけで恥ずかしいですし……」
「何言ってるのよ、ジュチだったらその表紙のためだけに10冊は買ってくれるわよ、きっと」
「……それはそれで、なんか嫌です」
 バテアさんの言葉に、私は思わず吹き出してしまいました。

 ……あれでございます。

 先ほども申し上げましたように、私の料理は、どれも私の世界ではごくごく普通の料理ばかりでございます。

 そう……「私の世界では」なのですよね。
 使用している調味料の大半は、私の世界では普通に扱われている品物ばかりですが、こちらの世界のお店ではお見かけしないものが多いのです。
 そのため、料理教室を開催させていただいているジュチさん達中級酒場組合の皆様には、私の世界で購入してきた調味料を有償でお分けさせていただいている次第でございます。

「……そんなわけで、色々考えた結果ですね、本にまとめたといたしましてもその再現が難しい料理ばかりではさすがに問題かな、と思いまして……」
「なるほどねぇ」
 私の説明をお聞きになったバテアさんとエミリアは、ようやく納得したといった表情をその顔に浮かべながら頷いてくれました。
「まぁ、確かにそうよね。せっかく買っても、そのレシピを再現するための調味料が手に入らないんじゃあ、あとで問題になるわねぇ」
「Oh……残念だけど、そういう理由じゃあ仕方ないわ」
「恐れ入ります」
 バテアさんとエミリアに向かって、私はゆっくり頭を下げました。

 こうして、この一件は終わるはず……でした……

◇◇

 ……その夜のことでございます。
 
「はぁい、さわこさん」
「あら? ダンダリンダさん?」
 営業中の居酒屋さわこさんの中に入ってこられたのは、ダンダリンダさんその人でした。

 昼間のピシッとしたスーツ姿とは違いまして、少々ラフな……それでいて、スタイリッシュな服装をなさっているダンダリンダさんは、エミリアに案内されながらカウンターの席へお座りになられました。

「あの……レシピ本のお話でしたら……」
「あぁ、大丈夫よぉ、理由は十分理解してるからね、その件に関してはこれ以上無理を言う気はないわ。でもね、お昼にお話したように簡単に入手できる調味料や食材だけで再現可能な料理のレシピがまとまったら、いつかまたお話をさせていただきたいわ」
 そう言って、ダンダリンダさんはにっこり微笑まれました。

 ダンダリンダさんには、私が異世界からやって来ていることはお伝えしていません。
 そのため「私の料理には入手が困難な食材や調味料が多いものですから」との理由でお断りさせていただいた次第なのです。

「せっかくのご縁ですしね、今日は夕食をこちらで頂いて帰ろうと思いまして」
「そういうことでしたら、喜んで」
 私は、ダンダリンダさんに笑顔でお答えいたしました。

 早速、タテガミライオンの串焼きと、クッカドウゥドルの焼き鳥の準備を始めた私。
 いつもの薄めの黄色な着物をたすき掛けして調理をおこなっております。

 そんな私の姿を、ダンダリンダさんはカウンターの席にお座りになったままジッと見つめておいでです。
「……ふぅん……ふんふん、噂通り珍しい着衣ね……しかもそれがとても似合ってるというか……」
 ダンダリンダさんは、時折そのようなお言葉を発しておいでです。

 すると、ダンダリンダさんは腰にお付けになられているポーチのような入れ物の中から一枚の紙を取り出されました。
 どうやら、それは名刺のようですね。
 ダンダリンダさんは、その名刺を口元に寄せると、
「シリシリンシ? 今大丈夫? あのさ……」
 何やら、小声でお話を始められました。

 そういえば……以前バテアさんからお聞きしたことがございます。
 名刺のような紙を利用して、私の世界で言うところの携帯電話のような機能をもたせることが可能となる魔法があると……
 おそらく、あの名刺はそのような物なのでしょうね。

 察するに……ダンダリンダさんは同僚の方とお話をなさっておられるようですが……

 ほどなくいたしまして串焼きと焼き鳥が焼き上がり、
「はい、お待たせいたしました」
 それをダンダリンダさんにお出しした、まさにその時でした。

「ダンダリンダ、来たってばさ!」
 1人の女性が、すごい勢いでお店の中に入ってこられました。
 銀髪をたなびかせておいでで、ダンダリンダさん同様にかなりスタイリッシュな服を着ておいでです。
 ダンダリンダさんよりやや小柄ですが……なんでしょうね、ダンダリンダさんといい、この女性といい、服の上からでもそれとわかるボンキュッボンなお姿で……

「シリシリンシ、こっちよ」
 カウンターでダンダリンダさんが手を上げられると、その女性~シリシリンシさんは笑顔を浮かべながらダンダリンダさんの隣に座られました。
「で、ダンダリンダ。この人? さっきの名刺通話で話てた人ってばさ?」
「えぇ、そうよ」
「ふ~む、ふむふむ……」
 シリシリンシさんは、カウンターから身を乗り出されまして、私の事をマジマジと見つめておいでです。
「あの……な、何か?」
 私が、思わず後ずさる中、シリシリンシさんは、
「うん、いいっちゃね! 胸はないけど、この衣装がすごく似合ってるっちゃ。これならいけるっちゃね」
 胸に関する一言が、容赦なく心に突き刺さった次第なのですが……そうですね、とりあえず、
「あ、あの、この着物が何か?」
 私は、必死に作り笑いを浮かべながらシリシリンシさんに言葉をかけました。
 そんな私に対し、シリシリンシさんは、
「はいな、私、魔女魔法出版の写真集部門の営業担当やってますってばさ」
 そう言いながら、シリシリンシさんは私に名刺を差し出してくださいました。
「でね、さわこさん、魔女魔法出版から写真集を出版しませんってば?」
「は、はい!?」
 シリシリンシさんの言葉に、私は目を丸くしつつ絶句した次第です。

 ……な、なんと言えばいいのでしょうか……
 私……自分で申し上げますのもあれなのですが……顔達ははっきりいってごくごく普通でございます。
 スタイルに関しましても、シリシリンシさんが容赦なく申されておられますように、誇れるようなものではございません。

「あ、ひょ、ひょっとしてりょ、料理の! そう、料理の写真集ってことですよね?」
 私は少々裏返った声でお答えいたしました。
 そんな私の前で、シリシリンシさんは大きく左右に首を振られまして、
「ん~ん、さわこさんご本人の写真集だってばさ」
 そう言って、にっこり微笑み続けられておいでです。

 そんなシリシリンシさんの前で、私は強ばった笑顔を浮かべていた次第です……

ーつづく

 
 

 
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