異世界居酒屋さわこさん細腕繁盛記

鬼ノ城ミヤ(天邪鬼ミヤ)

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さわこさんと、新酒 その1

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イラスト:NOGI先生

 この世界で居酒屋さわこさんを経営するようになって、すでに半年近く経ったように思います。

 季節も移ろい、新緑がまぶしかった周囲の景色も、今では秋の様相を感じさせている次第です。
 店の前の掃き掃除をしながら、私はそんなことを考えておりました。

 朝の街道。

 ここで掃き掃除をするのが、私はとても好きです。

 さわこの森で働いてくださっている皆様や、リンシンさんをはじめといたしました契約してくださっている冒険者の皆様に朝食を提供させていただきまして、その後、皆様をお見送りさせて頂きました後、私はこうしてお店の前の街道を掃き掃除することを日課にしております。

 掃き掃除をしていると、いろいろな方々とお会いいたしましす。

 出勤のために、街道を早足で歩かれている方。
 仕入れのために荷車を引っ張っておられる方。
 この都市へこられたばかりの方。

 そんな方々が、掃除しております私の前を行き交われておいでです。

 そんな皆様に、私は、
「おはようございます」
 そう、挨拶をさせて頂いている次第です。

 店の前の掃除と、その合間のご挨拶。

 私は、これを元いた世界でも行っておりました。

 ……ですが

 私の挨拶に、挨拶を返してくださる方は……正直あまりおられませんでした。

 耳にイヤホンをはめて、音楽を聴きながら歩いておられる方。
 スマホを操作なさりながら歩いておられる方。

 どこか、下を向き、ご自分の世界に入り混みながら移動なさっている……そのような方がとても多かった印象でございます。

 そんな中でも、私は掃除を行っている間は、極力挨拶をさせていただいていたのですが……私も人間でございます、それも、まだまだ未熟な人間でございます。

 かえってこない挨拶を続けることに、どこかむなしさを覚えていたのでしょう……時折挨拶を行わない自分がいたのです。
 笑顔は絶やさぬようにしておりました……ですが、いつしか挨拶の声が……


 でも

 この世界の方々は……
 私が挨拶をさせていただきますと、

「やぁ、さわこさんおはよう」
「今日も精が出るね」

 皆様、そんな感じでお返事をしてくださるのです。

 それは、私が元いた世界でも、かつては普通に行われていた光景だったように思います。

 私は、挨拶を返してくださる皆様に、

「はい、おはようございます」
「今日も頑張っておりますわ」

 そんなお返事を、自然に返すことが出来ている次第です。

 皆様に元気をお届けしつつ……逆に私も元気を頂ける。
 なんだかいいですよね、こういった関係って。

 この世界には、私の世界では失われつつあった光景がある……そんな事を時折強く感じている私でした。

◇◇

 今朝の私は、掃除を終えますとその足でさわこの森へと移動していきました。

 さわこの森への転移ドアは、バテアさんが常設してくださっていますのですぐに移動が可能です、
 ちなみに、肝心なバテアさんは、まだベッドで眠っておられます。

 そんな私の足下には、猫の姿のベルが駆け寄ってきております。

 ベルは、朝ご飯の時間になると、定位置であるカウンター脇にある座布団の上で丸くなるのがいつもです。
 そんなベルに、さわこの森の皆様が
「ベルちゃんおはよう」
「今日も可愛いねぇ」
 そんな声をかけながら、朝ご飯を少しわけてくださるのでございます。
 
 ベルの前には、皆様が料理をおけるように朝だけお皿がおいてあるのですが、そのお皿はいつも食べ物でいっぱいになっています。

 なんでも、ベルに朝ご飯を少し食べてもらうと、一日元気にすごせる……そんな話が、さわこの森の皆様の間ではまことしやかに語られているらしいのです。

 そのおかげで、ベルは毎朝大量のご飯にありつけている次第でございます。

 最初の頃はベルのご飯をちゃんと別に準備していた私なのですが、
「さーちゃん、みんなからもらったご飯でお腹いっぱいになるにゃ」
 との、ベルの申し出を受けまして、最近は朝ご飯は準備していなかったりするんです。

 ただ、そんなベルなのですが……
 さわこの森の皆様に紛れて朝食を食べに来ておられますツカーサさんの焼き魚を盗み食いするのがいつもの行動だったりしております。
「あぁ、もう! 今日もベルに焼き魚をとられちゃったぁ」
 ツカーサさんは、今朝もそんな声をあげておられました。

 ですが、ツカーサさんは、ベルの近くのカウンター席にいつもお座りになられています。
 ベルに毎朝焼き魚を取られてしまいましても、
「もうベルったら!」
 と、言葉では怒っているのですが、どこか楽しげでもあられるのでございます。

 また、一方のベルも、
「ツカーサの焼き魚を拝借しないと、朝が始まらないにゃ」
 そんなことを口にしているといいますか……

 なんでしょう……ベルなりの願掛けになっているということなのでしょうか、ツカーサさんの焼き魚を拝借してしまうのが……

「ベル、それはあまりよくありませんからね」
 私がそう注意いたしますと、ベルはきまって猫の姿になりまして、
「にゃ~」
 と、一鳴きするのがいつもでございます。

 ホントにもう……困ったベルです。

 そんなベルと一緒に、今朝の私はさわこの森の中にございます、ワノンさんの酒造り工房へと向かいました。

「さわこ、新しい酒が出来たからさ、ちょっと味見に来てくれないか?」
 今朝、朝食を食べにお越しくださっていたワノンさんに、そうお誘い頂いていたものですから、そのお言葉に甘えさせて頂いた次第でございます。

 ちなみに、今朝のワノンさんは白地に
「新酒出来」
 と手書きされたシャツを着ておられた次第です。
 当然、同じ工房で働いています、和音も同じシャツを身につけていたのは言うまでもございません。

 森の中、木々に囲まれた一角に、ワノンさんの酒造り工房はございます。

 ふふふ……今日はどのようなお酒を飲ませていただけるのでしょうか?

 そんな事を考えた私は、思わず微笑んでいた次第です。
 そんな私の足下に、猫の姿でからみついていたベルが、その姿を人型に変化させました。
「さーちゃん、楽しそう」
「そうですか? ……そうですね、やはり楽しいですね」
 ベルの言葉に、私は笑顔を返しました。
 すると、ベルも、
「さーちゃんが笑顔だと、ベルもうれしいにゃ」
 そう言って笑い返してくれました。
 
 私とベルは、そんな感じで笑い合いながらワノンさんの工房へと足を踏み入れていった次第でございます。

ーつづく
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