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さわこさんと、飽きたベル……

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 猫とは、飽きっぽい性分と聞いたことがございます。

 ベルは、いつものようにカウンターの端にある座布団の上で、牙猫姿のまま丸くなっています。
 お昼ご飯を一緒に食べて以降、もうずっとそのままでございます。

 ちなみに、朝も、私がだるまストーブをバテア青空市から持ち帰るなり、座布団の上にやってきてそのまま丸くなっていた次第でございます。

「……ベル? 今日はしないのですか?」
 厨房で仕込みをしながら、私はベルに話しかけました。
 すると、ベルは、
「ん~……今、そんな気分じゃないニャ……」
 そう言うなり、顔を座布団に埋めてしまい、まったく動かなくなってしまいました。

 ……はい、ここで私がベルに言いました

『今日はしないのですか?』
 
 なのですが……これ、『今日はうどんをふみふみしないのですか?』と尋ねたのでございます。

 いえね、兆候はございました。

 ここ数日、ベルは
「わっせ、わっせ……」
 そうかけ声をあげながら、おうどんのタネを一生懸命踏み踏みしてくれていたのでございます。

 ……ですが

「むぅ……なんか、疲れてきたニャ」
 そう言っては、牙猫の姿に戻って座布団の上で一休みすることが増えていたのでございます。
 心なしか、「わっせわっせ」の声にも、元気な張りが無かったといいますか……

 最初の頃は

「さーちゃん! もっと踏みたいニャ! まだないのかにゃ?」
 満面の笑顔で私におねだりしてきていたのですが……どうやら、ここに来て飽きてしまったようですね。

 まぁ、でも、こればっかりは仕方ありません。
 何しろこの作業はただ踏むだけの単純作業を延々続けなければならないんです。
 ですので、
「さーちゃん、ベル頑張ってるにゃ!」
 そう、ベルが話しかけてきた際には
「えぇ、すごいですねベル。とっても助かります」
 満面の笑顔でお返事するように心がけていたのですが……その効果も、どうやらここまでだったようでございます。

 実際問題といたしまして、ベルはまだまだ子供ですし、飽きが来ない方がおかしいといえなくもありませんしね。


「ベル、今までいっぱいふみふみしてくれてありがとう。今日はいっぱい休んでくださいね」
 私は、笑顔でベルにそう言いますと、準備しておりましたうどんのタネを私の足下に置いていきました。

 ベルが頑張ってくれていたおかげで多少の在庫はございますが、ここ最近の居酒屋さわこさんではお鍋のしめとしておうどんを注文なさる方がとても増えていらっしゃるのです。

 ですので、少しでも多く在庫を準備しておいた方が安心ですものね。

 私は、うどんのタネの上で踏み踏みしながら、料理の下ごしらえをし始めました。

 以前私が居酒屋酒話を経営していた頃には、こうやって一人でうどんのタネを踏みながら下ごしらえをよくしていたものです。
 その事を思い出しますと、なんだかちょっと懐かしく思えてきますね。

 ベルのようにリズミカルではなく、一歩一歩、ぎゅっ、ぎゅっと踏み込むようにしてうどんのタネを踏んでいきます。
 同時に、包丁で野菜を刻んでまいります。

 ぎゅっ ぎゅっ

 トントントン……

 クツクツクツ

 いろんな音が、ゆっくりと絡み合いながら、居酒屋さわこさんの中に響いております。

 だるまストーブの上に置いておりますタライの中のお湯がシュンシュンいっている音がバックコーラスですね。

 すぐ隣、廊下でつながっているバテアさんの魔法道具の店の方には、今も数人のお客さんがお見えになられれています。
 お昼時には、ナベアタマさんやリョウガさんといった、お弁当の常連組の皆様が、レジ横に置いております握り飯弁当を買いに来てくださっていたのが見えました。

 リョウガさんはお昼専門ですが、ナベアタマさんはお昼だけでなく、夜もお店にいらしてくださいます。

 そんな皆さんのお相手を、今日はエミリアが一人で行っております。

 バテアさんは、いつものように別の世界へ薬草を採取に出向かれています。
 リンシンさんは、ジューイさん達と一緒に狩りに出られておりまして、まだお戻りではありません。

 少し物静かな居酒屋さわこさんの中……

 私は、うどんのタネを畳むために、一度手を止めました。

「……さーちゃん」
 そんな私の横に、ベルがゆっくりと歩みよってきました。
 牙猫姿のまま、厨房の入り口の手前でお座りしています。
「どうしたのベル?」
 私が声をかけると、ベルは照れくさいのか、少し横を向きながら、
「……やっぱり、お手伝いしたいニャ」
 そう言いました。
 私は、そんなベルに、
「お手伝いしてくれますか? わぁ、すごくたすかります」
 満面の笑顔で返事を返しました。

 すると

「任せてさーちゃん! ベル、目一杯頑張るニャ!」
 そう言うなり、その姿を人型に変化させたのですが……
「べ、ベル!? に、2階にあがって、ふ、服を、服を着てから戻って来てください!」
 私は、少し声を裏返らせながらそう言いました。

 そうなんです……

 牙猫の姿から人の姿に変化すると、ベルは素っ裸状態になってしまうのでございます。
 ですので、ベルには日頃から
『牙猫の姿から人の姿に変化するときは、必ず家の二階で変化して、服を着てから降りてくるんですよ』
 そう言い聞かせているのですが、どうやらお手伝いの再開を認めてもらえて、すごく嬉しくなってしまったのでしょう……


 まぁ、理由が理由ですので、今回はあまり怒らないことにしないといけませんね。

 私がそんなことを考えている中、慌てて二階に駆け上がっていったベルは、ほどなくして服を身につけて戻ってまいりました。
「じゃあお願いね」
 そんなベルに、私はうどんのタネを手渡していきました。
 それを受け取ったベルは、
「さーちゃん、任せて!」
 満面の笑顔でそう言ってくれました。

◇◇

 ほどなくいたしまして、居酒屋さわこさんの中には、
「わっせ! わっせ!……」
 ベルの元気なかけ声が響き始めました。

 最近の、少し疲れたような声ではなく、元気に満ちあふれている、そんな声でございます。

 エンジェさんが、クリスマスツリーの横からふわりと浮かんで、ベルの肩の上にのっかりました。
「ベル、わっせわっせ!」
「エーちゃん、わっせわっせ!」
「わっせわっせ」
「わっせわっせ」

 2人は、交互に声を掛け合いながら、楽しそうにうどんをふみふみしています。

 この調子ですと、しばらくは飽きずに頑張ってくれそうですね。

 そんなベルを横目で見つめながら、私は料理の仕込み作業に戻っていきました。

 ……でもあれですね……
 自分ですることに慣れてはおりますものの……やっぱりベルの声が聞こえてくるのは、嬉しいものですね。

ーつづく
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