異世界居酒屋さわこさん細腕繁盛記

鬼ノ城ミヤ(天邪鬼ミヤ)

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さわこさんと、がんばっているみなさん

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  先日、私の世界へ仕入れに行く際に同行なさったミリーネアさんは、その際にメモなさったメモ帳を片手に毎晩あれこれ歌を作っておいでです。

 そうして作った歌を、営業宙の居酒屋さわこさんで歌ってくださっているのですが、そのおかげでしょうか、最近は店内がいつも以上に賑やかに感じることがとても多くなっています。
 これは決して悪い意味ではございません。
 みなさんが、いつも以上に楽しそうという意味でございます。

 その雰囲気に釣られまして、私も料理を作る手に力がこもっている次第です。

 そんなミリーネアさんですが
「雪解けまでは、ここにお邪魔するつもり」
 そう言われている次第です。

 吟遊詩人さんですので、一箇所にとどまらないのは仕方ないとわかっているのですが……こうしてせっかく仲良くなれたのですし、少しでも長くご一緒したいと思っているのは当然ですが、ミリーネアさんが旅立つことになっても、その日は笑顔でお見送りしたいと思っています。

 ……お姿が見えなくなった後で大泣きしてしまいそうですけど……

◇◇

 今日の私は、お手拭きの洗濯を行っています。
 
 作業は、お昼前から開始しています。
 そうしないと、屋上に干すと凍ってしまいますからね。

 今日は幸いなことに好天です。

 手洗いしたお手拭きがつまった籠を手に、私はバテアさんの巨木の家の階段をあがっています。

 この世界には、魔石洗濯機というものがございまして、衣類から毛布まで洗うことが可能です。
 
 ですが、このお手拭きだけは、毎回手洗いしている次第です。

 なんといいますか、ご来店くださった皆様がまずこれで手を拭かれるわけです……中にはジューイさんのように顔や体まで拭かれる亜人の方も少なくないんですが、そういった方々に、
『ご来店くださいましてありがとうございます』
 と、いった気持ちを込めながら、1枚1枚手洗いさせていただいている次第です。

 これは、私が元の世界で経営していた居酒屋酒話の頃から行っていたことなんです。
 なので、今ではお手拭きを手洗いしないとなんだか落ち着かない感じになってしまっているんです。

 私の後ろには、エンジェさんが続いています。

 早起きのエンジェさん、
「さわこ、お手拭きを洗濯するのね、手伝うわ!」
 そう言って、一緒にお手拭きを洗ってくださった次第です。

 この時期ですので、だるまストーブの上であったまっているたらいのお湯を使って洗っていますのでそんなに冷たくはありませんでしたけど……さすがに屋上に出るとそうはいきません。

 バテアさんの巨木の家は、建物にして3階建てです。
 その3階部分の真上がベランダになっていまして、そこに物干し台を複数置かせていただいています。
 この物干し台は、私の世界で購入して、こちらの世界に持ち込んだ物です。

 この辺境都市トツノコンベの建物のほとんどは2階建てです。
 そのため、周囲をぐるっと一望出来るのですが……周囲一面真っ白な銀世界が広がっています。

 顔を撫でていく風も、とても冷たいです。

「さぁ、エンジェさん。一気に干しちゃいましょう」
「わかったわ、さわこ!」
 私の言葉に、大きく頷くエンジェさん。

 そうして私とエンジェさんは、籠の中のお手拭きを急いで干していきました。

 時折、この一面の銀世界を満喫しながら……

◇◇

 数時間干したお手拭きは、手作業で丸めていきます。
 それを、蒸し器に入れて暖かく蒸しあげています。

 この作業は、温かくなって起きて来たベルが、エンジェさんと一緒に行ってくれています。

 エンジェさんは、居酒屋酒話の頃からこの作業を行っている私の姿を見続けてくれていましたので、安心してみていることが出来るのですが、ベルは時折不用意に熱くなっている蒸し器を触ってしまい、
「ほわちゃちゃちゃちゃちゃちゃにゃあ!?」
 と、悲鳴を上げながら駆け回ることが少なくありません。

 それでも、エンジェさんが可能な限り
「ベル、そこは駄目よ、熱いわ」
 そう、フォローしてくれていますので、その回数はかなり少なくなっている次第です。

 背格好がそっくりな2人だけに、しっかり者のお姉さんと、あわてんぼうな妹って感じがしないでもありません。
 私自身が一人っ子だったものですから、なんだかそんな2人の姿をとても微笑ましい感じで見守っている今日この頃です。

◇◇

 夜になりました。

 今夜も、居酒屋さわこさんは、リンシンさんが表に提灯を吊してくださり、暖簾をかけてくださったところから開店です。

 すると
「お邪魔するぞ、さわこ」
 まず最初にご来店くださったのは、ゾフィナさんでした。

 そのお姿を見た私は、
「ようこそいらっしゃいました」
 そう挨拶をしながら、同時に切り餅を焼き始めました。

 はい、ぜんざいの準備のためでございます。
 何しろゾフィナさんはぜんざいと甘酒だけをお食べになられますので……

 案の定、エミリアに案内されてカウンター席に座ったゾフィナさんは、
「さわこ、とりあえずぜんざいをお願いするわ、あと甘酒ね」
 そう御注文くださいました。
 そんなゾフィナさんに、私は笑顔で
「はい、よろこんで」
 そうお返事を返しました。

 
 しばらくいたしますと、常連客の皆様がご来店くださいまして、店内の席は半分以上が埋まっていました。

「今年もゾフィナさんはぜんざいなんだね」
 ご来店なさるなり、ゾフィナさんの横に座られた役場のヒーロさんは、ぜんざいをかき込んでおられるゾフィナさんのお姿を横から見ながら、その顔に苦笑を浮かべていました。
「今年も来年も再来年も、ぜんざいを味わうぞ、私は」
 満面の笑顔でそう言うと、ゾフィナさんはすぐにまた、ぜんざいのお椀に口をつけていきました。

 何かきっかけをみつけて、ゾフィナさんとお話をしようとなさっている様子のヒーロさんなのですが……ぜんざいに夢中のゾフィナさんは、いくらヒーロさんが話かけても、一言返す度にこうしてぜんざいに興味が戻ってしまうのです。

 ヒーロさんが、ゾフィナさんに好意を抱いていて、なんとか仲良くなりたいと考えていらっしゃるのは、お店の常連客の皆様なら皆さんご存じです。

 何しろ、ゾフィナさんが来店なさると、必ずその隣の席に座られますからね。

 ……残念ながら、毎回こんな感じの繰り返しで終わってしまうのですが……

「はいはい、ヒーロはこれでも飲んで作戦を練り直したら?」
 そんなヒーロさんのコップの、バテアさんがお酒を注いでいきました。

 その青色の一升瓶には浮世絵風の女性の姿とともに『くどき上手』の文字が踊っています。

 山形の地酒、くどき上手の純米大吟醸、しぼりたて生酒でございます。
 新酒なのに苦みや渋みがまったくなく、それでいて芳醇な味わいが口の中に広がっていくお酒です。
 12月にしか出荷されないこだわりのお酒なんです。

「……精進します」
 バテアさんの意図を察したヒーロさんは、苦笑しながらそのお酒を口になさっていきました。

 その様子に、店内の皆様も思わず苦笑なさっておいでです。

 ですが

 そんな中でも、ゾフィナさんはマイペースに、
「さわこ、ぜんざいおかわり」
 満面の笑顔で、私に向かって空になったお椀を差し出されていた次第です。

 私は、少しだけヒーロさんへ視線を向けた後、
「はい、喜んで」
 ゾフィナさんからお椀を受け取りながら、お返事を返させていただいた次第でございます。

ーつづく
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