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第2章 彼の生活
第16話 残った耳と尻尾
しおりを挟む陽太さんの寝室は、フカフカのシングルベッドとサイドテーブルだけというシンプルな空間だ。クローゼットの扉が連なる壁を目にしながら、私は彼の匂いを強く感じるベッドの上へと降ろされた。
陽太さんはスマホを充電器へと差し込み、それをベッドの脇にあったサイドテーブルに置く。
「ん。こっち来いよ」
ベッドへ潜り込んだ陽太さんは、掛け布団を僅かに広げてポンポンッと私に懐へ入ってくるよう誘ってきた。何度も寝ている彼のベッドであるも、今の私は猫。毛が付着するのではないかと気になり、一緒に寝るのは何だか申し訳なくなった。
私は布団の中ではなく、彼の枕元に身を寄せる。
「何だ、そこがいいのか?」
「にゃあ」
「寒くねえの」
「にゃう」
私が体を丸めたことを確認し、陽太さんは特に追及することなくそのまま自分も布団に包まった。
数分後、陽太さんはすでに夢の中。
自分の腕に頭を乗せ、すやすやと寝息をたてて横を向いて寝ている。
(睫毛、案外長いんだよね。鼻も高くてスッとしてるな……)
寝ている姿は子供のようにあどけない陽太さん。イケメンを作り出す体のパーツを一つ一つ確認し、私は息を吐いた。
陽太さんの寝顔を見るのも久しぶりだ。朝起きると、この顔が目の前にあるとくすぐったいような幸せに包まれる。彼に抱きしめられながら迎える朝はやっぱり特別に感じた。
(セックスは別に嫌いなわけじゃないんだけど……。何回経験したって慣れるものじゃないんだもん。裸になるってやっぱり恥ずかしいし……)
行為はすべて陽太さんに身を任せている私。
正直、自分の体に自信は持てない。百五十センチあるかないか、平均女子に比べて低い身長。その割に実は胸が大きい私。身長を伸ばすために毎日飲んでいた牛乳の栄養は、骨ではなくそっちを育てたらしい。運動は苦手だし、体は引き締まっているわけではない。お腹や足はフニフニと餅みたいに柔く、足は短い。
少しでもだぼだぼした服を着れば太って見えるから、体のラインを強調した服を選ぶことが多かった。足は短いからジーンズを履くなんてもってのほか。スカートを履いては足の長さを誤魔化している。
スラッとしたモデル体型には程遠く、全体的にバランスが悪いのだ。
そんな体を晒すことを、今でも渋る。しかし、陽太さんが打ち明けていた思いを知り、私の思考は少し変わった。
(もっと積極的に求めたら……陽太さんは喜んでくれるのかな)
「にゃあ……」
小さく鳴くと、月の光が私を照らした。出窓越しに、雲から月が顔を出した光景が目に入る。月光が部屋へと差し込み、私に降り注いだ。
今日も月が綺麗だ。絶好の月見日和であり、お団子でも食べたくなる。
そんなことを呑気に思い、私も寝ようかと目を瞑ると、突然ドクリと心臓が跳ねた。
(え……何?)
体がおかしい。体が熱い。尻尾がピンッと立って足の付け根が疼いた。体中がビリビリと痺れるような感覚に私は目を見張る。
それと同時に呼吸も加速し始めた。
「みゃあお……みゃあお……」
掠れた鳴き声が喉から零れる。私は堪らない気持ちになりベッドの布団に体を摺り寄せた。助けを求めようと陽太さんに視線を向けるも、陽太さんは起きる気配がまったくない。
「ふ…っぐ……にゃ……んん……にゃあ……」
喉が勝手にゴロゴロと鳴った。
どうしちゃたの私。全身が疼いて苦しい。私はひたすら体を布団に擦り付けた。体が言うことを効かない。
(何これ……体が熱くて……溶けそう。おかしくなる……!)
私は荒れる呼吸を繰り返した。
まさか発作? 病気か何かだろうか。猫になった時点ですでに病気だったのかもしれないが。
色んな原因を一瞬で模索するも、体は熱を帯びる一方だ。
視界がぼやけ、意識まで朦朧としてきた。
ジワジワと何かが込み上げるような、居てもたってもいられない感情に陥り、私は蹲り顔を上げて一言鳴いた。
「にゃあお!」
どれくらい時間が経っただろうか。私はしばらく意識を飛ばしていたようだった。体の熱も収まり、私は冷静を取り戻し起き上がる。
(あ……良かった。私生きてる)
目を瞬き、視界がやがて清明に映った。息もしている。体は動く。
心臓が止まったかと思うほどの衝動にかられたが、命に別状はないらしい。安堵の溜息をつき、私は目を擦った。
そこでハタリと気が付く。目を擦る?
猫の手で目は擦れるんだっけか。しかし爪が当たって痛いということはない。
私は自分の手を眺めた。
毛で覆われたわけでもなく、肉球もない。指が五本。肌色をした普通の人間の手だった。
「嘘……」
喉から出た声は、しっかりとした人の声。言葉が話せる。
私は薄暗い部屋の中で、自分の体を触って確認した。
「元に戻った……戻った!?」
私は歓喜の声を上げた。しかし、頭に手を置くと、ピクピクと大きなものが頭の上でパタ付くことに気づいた。
(……ん?)
違和感を感じてお尻を触った。尾骨のあたりで、固くて長いものが生えている。私はすぐさまガバッとベッドのサイドテーブルに置いてあった陽太さんのスマホを手に取った。
カメラのアプリをタッチし、自撮りモードへ切り替えて自分の姿を見つめる。
顔は人間。体も人間。しかし、頭には大きな猫の耳。そしてお尻には猫の尻尾がくっついていることを確認する。
「まさか……」
尻尾と耳を引っ張るも、まったくもって外れない。引っ張れば引っ張るほどかなり痛い。
エッチなサイトで見たモデルのお姉さん達の姿が被り、私は混乱と絶望に囚われた。
(嘘おおおおおおおお! 何でそこは完全に人間に戻んないのよ!?)
猫耳と猫尻尾という中途半端な姿に私は盛大に心の中でツッコミを入れる。変身がようやく解けたかと多大な期待を抱いたのに、二つほど戻し忘れがあることに非常に残念な気持ちになる。
私は頭を抱えてこの状態を整理しようと必死に思考を巡らせた。
(落ち着け落ち着け! とりあえず半人間には戻れたわけだから、前に比べて悪い状況じゃないはず……)
とりあえず自分に言い聞かせてみるも、完全に冷静になるのは困難。猫になった時とはまた違うパニックを味わっていると、ふいに隣で寝ていた陽太さんがもぞもぞと身じろいだ。
「ん……」
私はビクッと肩が跳ねる。
忙しなく動いたせいで陽太さんが起きてしまう。こんな姿を彼に見られるのは非常にまずい。陽太さんに気づかれないようにこの場を離れることが先決だと私は判断した。
音を出さないようにそっとベッドから降りようと足を床につけた瞬間、手を後ろに強く引かれた。
「ふえ……っ」
私はそのまま体のバランスを崩し、ベッドに連れ戻される。後ろを振り返る前に、腰も引き寄せられて布団の中に連れ込まれた。
「……寒いんだから離れんじゃねえよ」
ギュッと体を後ろから抱きしめられ、耳元で低く囁かれた。
陽太さんが私の足に自分の足を絡ませ、逃げられないように拘束する。
「陽太さ……!?」
お腹に手を回され、彼と密着する体勢になり私は体が熱くなった。私は焦りと羞恥により上ずった声で彼の名前を呼んだ。
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