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第3章 複雑な体質
第19話 気づいてほしい
しおりを挟む私は今日、午前中までバイトをした後に小梅先輩と食事に行く約束をしていた。
自分で言うのもなんだけど、私は律儀な性格な方だ。
他スタッフに迷惑がかかるし、バイトで無断欠勤は絶対にしない。大学だって休むなら事前に連絡は入れる。出掛ける約束をしている友人や先輩には、前もってメールを送り、早めに予定を立てていた。
そんな私と連絡がつかないことに違和感を抱き、いち早く察知した小梅先輩。
私がただ怒って電話やメールをシカトしていると思っていた陽太さんも、さすがに異常に気付いた。
(どうしよう……私がいないってわかったら……)
私のことを探しに行った陽太さんを見送り、動揺が込み上げる。残った小梅先輩が大和さんへ向けて電話をかける声に耳を傾けた。
「そう、やっぱり陽菜子ちゃん学校にもバイトにも行ってないみたいなの。今陽ちゃんがあの子に家に行ってみるって飛び出しだんだけど……うん」
小梅先輩が足元にいる私に目を向けた。その表情が本当に心配しているものだと感じる。小梅先輩は前髪を掻き分けながら眉を潜めた。
「友達から聞いた噂なんだけど……ほら、街はずれの川原で女の子の服だけが落ちてたって聞いてね。一昨日のことだから、私なんだか胸騒ぎがしちゃって……」
小梅先輩の言葉に私はハッと胸が鳴った。思い当たる節があり、私は口をぱくぱくと開けたり閉じたりを繰り返す。
川原で猫に変身した私は、衣服をあの場所へ置き去りにしてしまったことを思い出した。
「陽菜子ちゃんのものだって確信はないんだけど……でも万が一のことがあるでしょう? 陽ちゃんが帰って来たら、やっぱり警察に一度連絡した方が……」
私は心の中で悲鳴を上げた。
川原にあった服は、恐らく九十九パーセント私のものだ。あんな場所でむやみに誰かの服が転がっているわけがない。
私はダラダラと汗が体を伝っていくような感覚に囚われる。
確かに猫になった時点で人間の私は行方不明になったわけだ。誰かの助けを求めてはいたが、警察沙汰になってしまえばもちろん祖母や両親にまで知られるわけであり……大切な家族へ心配をかけることになる。
頭の中で新聞やテレビで報道される映像が浮かび、両親が急いで帰国し、おばあちゃんが泣いている姿が過った。
(そ……それだけは勘弁願いたい……!)
しかし、もうどうすることもできない状況だ。
陽太さんの帰りを待つ小梅先輩の傍で、私は頭を抱えた。
*
ガチャッと玄関の扉が開く音が聞こえた。
気配を感じた小梅先輩が急いでソファから立ち上がりリビングを出る。
「陽ちゃん! どうだった……って、やだ。すごい濡れてるじゃない!」
私も慌てて追いかけると、玄関で全身ずぶ濡れになって戻ってきた陽太さんの姿を捉えた。ポタポタと髪から滴が垂れ落ち、服は水を吸って色が変わっている。
「途中で雨が降ってきやがった。あいつの家に行ったけど……鍵は締まってるし、電気がついてねえ。インターホン鳴らしても、電話をかけてもやっぱり出なかった」
陽太さんは濡れたまま廊下に足を踏み入れる。
「家の近所とか、街中も一通り探したんだけどどこにもいねえ。……俺、もう一回あいつの友達に電話してみるわ」
「そのことなんだけど陽ちゃん。……川原で落ちてた服のこと知ってる?」
「服?」
陽太さんが小梅先輩を見下ろした。
「一昨日、街はずれの川原で女の子の服だけが落ちてたって噂があるの。結構新しいもので、脱ぎ捨ててあったらしいわ。身分を証明できるものが何もなかったから、誰かの悪戯か何かじゃないか……なんて友達は笑ってたんだけど……」
「……噂? おい、どんな服かわかるか?」
陽太さんが強く小梅先輩に問い詰める。
「確か……緑のワンピースだったって……」
陽太さんが目を見開き硬直した。
私は和真さんに勧めてもらったワンピースが浮かんだ。一昨日、陽太さんの家に上がり込んだ時に、真っ先に服を自慢した光景が甦る。
『えへへ。陽太さん、この服どうですか?』
『んあ? 何が?』
『これ新しく買ったワンピースなんです』
『へえ。何かアスパラみたいだな』
『アスパラ!?』
『新鮮な色してる』
『……新鮮』
『美味そうだな』
『……もういいですよ』
可愛いとか、似合ってるとか。そういう一言を期待した私は見事に打ち砕かれた。他愛もない会話をしたことを思い出していると、陽太さんは小梅先輩の肩を掴んだ。
「一昨日のいつ!? 川原のどの辺に落ちてたんだ!? 誰が発見した!?」
「待って待って。私も友達の噂で聞いただけだから詳しくは……」
「お前の友達って誰だ。名前は!?」
「ちょっと落ち着いて陽ちゃん!」
小梅先輩が血相を変えた陽太さんを宥めようとするも、陽太さんは大きな声を張り上げた。
「陽菜子がどこにもいないんだぞ!? 落ち着いてられるかよ!!」
彼の声が部屋中に響き渡る。必死な彼の言葉を受けた私は胸が締めつけられた。小梅先輩は肩を下げて陽太さんの名前を呼んだ。
「陽ちゃん……」
我に返った陽太さんは、複雑な表情を浮かべると僅かに視線を反らした。
「……でかい声出して悪い。俺、今度その川原に行ってくる」
「待って。外は雨でしょ? もう夜中だしそんな恰好で探したら風邪を引くわ」
「構わねえよ。これで見つからなかったら……お前の友達から情報を聞きたい。明日捜索願い出すわ。……あいつの親には、俺から連絡する」
陽太さんは身を翻して再び靴を履いた。
「小梅、もう帰っていいぞ。教えてくれてありがとな」
陽太さんはそれだけ言うと、また玄関から出て行ってしまった。
残された小梅先輩は溜息をつき、呆れたように呟いた。
「本当……陽菜子ちゃんのことになると、あの子は止められないわね……」
私は陽太さんが廊下に落としていった小さな雫を見つめることしかできない。それから小梅先輩は陽太さんに向けて置手紙を用意し、部屋から出て行った。
「クゥーン……」
颯が私の体に顔を摺り寄せてくる。
私は徐々に大きくなっていく雨音を聞きつつ、じっと玄関の前から動かなかった。
廊下は冷える。体が寒さで震えるが、構わなかった。
愛しい彼が帰ってくるまで私はずっと待ち続けた。
今の私にできるのは、それしかないと思ったから。
待つことしかできないと思ったから。
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