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第3章 複雑な体質
第22話 やれること
しおりを挟む結局言い争いは陽太さんが先に折れて収拾がついた。
簡単にシャワーを浴びた陽太さんは、ジャージに着替えて寝る準備を始める。陽太さんのトレーナーは私にとってサイズが大きく、ぶかぶかだ。まあ膝上までのワンピースみたいになるのだが、襟元も広く私の鎖骨が簡単に露わになる。片方の肩もへたをすればずるっと落ちてしまうのだ。
洗濯物が溜まっており、今私に貸せる温かい服はこれだけらしい。
窓を鏡変わりにしては不格好な姿である自分を確認し、私は溜息をついた。
「……せめてパンツを履きたい」
今の私はノーパンだ。
この家に女物の下着があるわけもなく(あったら色んな意味で陽太さんを軽蔑する)、心もとないため落ち着くことができない。
ブラジャーはまだ我慢できるが、下半身がノーガードなのは嫁入り前の娘としてどうなのだろうか。このことを知ったら親は泣くかもしれない。
私は尻尾によりトレーナが捲れないよう自分の手で握っていた。陽太さんのズボンは全部私には合わずやっぱりずり下がってくるし、尻尾が邪魔して履けないのだ。
この姿に羞恥を抱いてもやもやしていると、陽太さんが何やら小さい紙袋を持ってリビングに戻ってきた。
「陽菜子。これ履け」
紙袋を渡され、私は首を傾げた。
「何ですかこれ」
「まだ未開封のガラパン」
「ガラパン?」
「言い方を変えるとトランクス」
「トランク……ふぎ!?」
ご丁寧に説明を加えてくれたが、中身を知った私は目を剥いた。しかし陽太さんはいたって普通に続ける。
「まだ未使用なんだから気にすることねえだろ。それ、パンツ変わりに履け」
「で……でででででもこれ……男性用の下着じゃ……」
「女子高生の間でもブルマ変わりに履いてんだろ? この前ニュースで特集されてたぞ」
「そう言われたって……でもやっぱり抵抗が……」
顔を染めてもじもじと怯んでいると、陽太さんが瞳を光らせた。
「後ろから突っ込まれても大歓迎って言うなら俺は無理強いしねえけど」
「何言ってんですか!!」
私は急いでお尻を両手で押さえると、陽太さんから距離を取った。下ネタがすぐに理解できてしまう辺り、私も彼のせいでいらん知識が増えていると自覚する。
陽太さんはニヤニヤしながら私にゆっくり歩み寄ってきた。
「それとも何? 俺が履かしてやろうか?」
「んな……自分で履けます!」
「遠慮することねーだろ。尻尾が引っかかって大変なんじゃね?」
ジリジリ迫ってくる彼に追い詰められ、私の背中が窓に当たった。陽太さんと窓に挟まれ、私は逃げ場を失くす。クイッと顎を上に向けられ、もう片方の太い手が私の臀部に伸びた。
「ふえ……っ」
トレーナーの上からお尻をゆっくり撫でられ、私は小さく息が漏れた。陽太さんは僅かに目を細めると私の口に軽いキスを落とす。一瞬だけ唇が重なったかと思えばすぐに離れてしまった。
陽太さんの手が厭らしく動くたびに、私はゾワゾワと神経が反応し出す。少しだけ体がよろけ、私は陽太さんの胸に体を預ける形となってしまった。
「あう……あの……くすぐった……」
「んー? 気持ちいい?」
陽太さんがフッと私の耳に息を吹きかけた。ぴくんっと耳が跳ね、私は唇を結ぶ。陽太さんの低い声が近く、胸が鳴った。
まずい。これはいつもみたいに流されるパターンである。陽太さんが私の臀部を撫でる時は、だいたい行為に及ぶ合図だ。私は茶色の瞳を見上げる前に、陽太さんがぱくっと私の耳を甘噛みした。
その瞬間、思わず高い声が飛び出た。
「ふやあ……っ!」
私はハッと慌てて自分の口を抑える。今まで出したことのないような変な声に自分で驚いた。
(何今の声? 私が出したの!?)
甘えた声が妙に生々しく、私は急に恥ずかしくなる。すると、陽太さんがピタリとお尻を撫でる動きを止めた。陽太さんはそのまま身動き一つしないでしばらく動かない。
微妙な時間が流れ、私は恐る恐る顔を上げた。
「あの……陽太さ……」
「寝るか」
陽太さんがパッと両手を挙げて私の体から離れた。支えがなくなりその場で放置された私は目を点にする。
「え……」
陽太さんはグッと大きく天井に向けて伸びをすると私に背を向けて歩き出した。
「陽菜子~。俺今日布団で寝るからベッド使っていいぞ」
「布団?」
「ん。詫びしてやんよ。今日は一人で贅沢にベッドを使う許可をやる。俺は布団で寝るわ」
「詫びって別に……」
「俺先に寝てるからな。パンツちゃんと履けよ」
陽太さんはそう言うとスタスタとリビングを後にした。
置いていかれた私は陽太さんと紙袋に入ったトランクスとを交互に見つめることしかできない。あの流れだと確実にセックスに持ち込みそうな雰囲気だったのに、陽太さんが睡魔に負けるなんて珍しい。
しかし今日は仕事から帰った後に、雨の中私を探し回ったのだ。疲労も重なっているだろう。
(今日はしないんだ……)
どこか寂しいような切ない感情が浮かび、私は慌てて首を横に振った。いや、むしろこれぐらいが丁度いい距離なのかもしれない。私だって完全ではないも人間に戻れたのだ。今日は変な夢を見ないでゆっくり体を休めたい。
私は意を決して陽太さんから貰った男用の下着に手を出した。
後から陽太さんの寝室に行くと、すでにベッドの下に敷かれた来客用の布団に包まっている陽太さんがいた。
「陽太さん……寝ちゃいました?」
そう問いかけるが、返事はない。陽太さんはすでに寝ているようで、目を瞑ったまま動かなかった。私はそっと息を吐くとベッドに潜り込んだ。もぞもぞと寝返りを打ち、陽太さんを見下ろすような体勢で落ち着く。
(また朝に猫に戻ってたら嫌だな……)
人間に戻っていてくれることが一番喜ばしいのだが、多大な期待をするとロクなことがないのでとりあえず現状維持を願って私は目を閉じた。
陽太さんの布団は彼の匂いが強く安心を与えてくれると思ったが、温もりがまったくない。目の前にいるのに陽太さんと離れていることが妙に違和感を与えた。
彼に触れられた臀部がまだ疼いている。体の奥が何となく熱を持っているような気もする。以前に感じたような感覚が甦り、私は体を落ち着かせるようにギュッと体を丸めた。
*
チュンチュン……
「バウッ! バウッ!」
「静かにしろ颯。あいつ起きちまうだろ」
鳥の囀りとそんな微かな声が聞こえ、意識が浮上した。私はグ―ッと腕を伸ばして大きく伸びをすると、目をコシコシと擦る。
もぬけの殻となった彼が寝ていた布団が真っ先に視界に入り、私は目を瞬いた。時計を見れば時刻は午前五時を指している。玄関のドアが閉まる音が聞こえ、足音と颯の鳴き声が遠くなっていった。散歩へ出かけに行ったのだと理解し、私は慌てて上体を起こす。
頭とお尻を確認すれば、やっぱりまだ猫耳と尻尾が付着したままだった。
「……はあ。これ、どうしようかな」
起きる度に同じリアクションとなり、そろそろうんざりしてきた頃だ。しかし猫に戻っていないだけありがたい。
しばらく陽太さんの元で厄介になることになったことを思い出し、私はグッと気持ちを切り替えた。いつものように口喧嘩をしてしまったが、昨日泣いていた私をずっと抱きしめてくれた彼の姿を浮かべ、ベッドから起き上がった。
夜遅くに寝たはずなのに、こんなに早く起きる陽太さん。今日も仕事なのに、私のせいで十分な睡眠を取れていないのだと思い、私は申し訳ない気持ちを抱く。
私は洗面台を借りて顔を洗うと、エプロンを借りて台所に立った。
ちなみにこのエプロン、私が陽太さんのために買ったものだ。黒生地でカッコいいから買ったのに、あまり使われている形跡がないのが残念である。どうせ付けるのが面倒くさいという理由だろう。台所の隅に引っかかっていたのを見つけた私は拝借した。
「さて……と」
私はトレーナーの裾を腕まくりし、冷蔵庫を漁った。
意外と冷蔵庫の中は食材で溢れていた。就職をしてからは外食を控えて自分で料理するようになった陽太さん。別に気にすることはなかったが、節約のためなのかと今になって疑問が浮かび上がってきた。
「あの陽太さんがお金を貯めてるなんて……よっぽど高いものが欲しいのかな」
卵や野菜、冷凍されている紅鮭を選びながら一人事を呟いてみる。
高校の頃はずぼらだった陽太さんが成人男性として変わっていることを実感した。仕事三昧で鬱憤だって貯まっていることだろう。でもそこは、欲しいものがあるなら少しは私に相談してほしい。私だってバイトしているし、プレゼントくらい準備できるのだ。
誕生日や祝い事には互いにプレゼントは渡すが、明らかに陽太さんのほうが高価なものを贈ってくる。それが社会人と学生の差というものもあるが、少し悔しかった。
「私だって陽太さんが喜ぶ顔が見たいのに」
私は僅かに不貞腐れ、お米をといで炊飯器のスイッチを押し調理を開始した。
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