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本編
27話 『聖女』専属になりました
しおりを挟む王都に来た異母弟のグレンもダンカム夫妻の養子に加わり、元はアルガリータ家に仕えていたメアリー達の処遇は、使用人としての質も高く、幼い頃からリリゼットとグレンのことを知っていることもあり、精神と体調の変化に気付きやすいということでダンカム邸での雇用が決まった。
グレンと使用人達だけでなく、国を抜けた3人の友人達との今後については、この国の多くある『秘密』に加わることになっているので、まだリリゼットには全てを知らされてはいないが、近いうちに城内で友人達との再会の場を設けてもらうことになった。
亡命者達がこの国に来て少し経った頃…。
「日本で食べていたような、柔らかい食パンが食べたいの!お願いつくって!!」
リリゼットが所持している携帯電話にマリアナからこのようなメールが届いた。
リリゼットはパウンドケーキやクッキーを焼いてはギルヴェルトを通してマリアナにも差し入れている。
そして、夜になると贈ったお菓子の感想や次に食べたいお菓子のリクエストを書いたメールをマリアナが送ってくるのだが…。
今までは工程も時間の手間も掛からないお菓子のリクエストのみだったのだが、彼女は余程、あの柔らかい食パンに飢えていたようだ。
というのも、この世界に存在している食パンに一番近いパンは、1斤のサイズでもパウンドケーキと同じサイズ、食感は少し固く、パサついており、甘みより少し酸味を感じる味だからである。
スープを浸しながらであれば食べられなくはないが、日本人だった前世の味覚が転生しても抜けきれていないリリゼットも偶には、あの柔らかい食パンで作ったサンドイッチが食べたいと思うことはあった。
だが、前世では厚切りトーストに苺ジャムや蜂蜜をたっぷり塗ったものを朝食で食していた美香にはこの世界のパンは耐え難いものだったのだろう…。
今まで、ケーキやクッキーなどの焼き菓子は幾らか作っていたものの、リリゼットに転生してからはまだ一度もパンを焼いたことはなかった。
ーまずは酵母作りよね…。
この世界のパンは味と食感からして、生地を膨らませる酵母が違うだろうとリリゼットは予想していた。
となれば、柔らかい食パンを焼くには、酵母を先に作らなければならないのだが、この屋敷で作るには少しばかり問題がある。
衛生面ではなく、秘密保持の意味でだ。
このオーガスタ邸で、リリゼットが転生者であることを知っているのは、オーガスタ夫妻のみ。
他に住み込みで働いている元実家から亡命してきた使用人達、派遣から本採用が決まった数人のメイド達、異母弟のグレンには、リリゼットが異世界からの転生者であることを、あらゆる混乱や危険を防ぐ為に知らされてはいない。
その状態で、異世界の製法で酵母とパンの製法を使用人達に目撃されれば、オーガスタ邸で料理長を任されたジャンやメイド長マリーに『何処でその知識を得たのか?』と疑問視されることは間違いないだろう…。
以前まで、リリゼットはアルガリータ家の厨房などで、簡単なお菓子や食が細いグレンの為の賄い料理を作った時に何故作れたのか質問された時には『学園の図書館で見つけた料理本を読んだ』、『料理が趣味の友人に教わった』と理由をはぐらかしてきた。
料理長ジャンの前でそのパンを作れば『パン職人でもない生粋の公爵令嬢であるリリゼットが何故パンを作れるのか?』と、思われたりでもしたら、もう誤魔化せないだろう…。
色々考えた末にリリゼットは、マリアナに『私が転生者だとバレずに、パンを焼ける場所とかある?』と、軽い気持ちでメールを返信したのが昨夜の話…。
「幾ら何でも、早すぎるでしょう…」
「だって、リクエストしたものを作るのって時間がかかるでしょ?だったら早い方が良いじゃない」
リリゼット達が朝食を摂って数時間後には、城から迎えの車がオーガスタ邸に停まっていた。
運転席にはギルヴェルトが座り、マリアナが後部席から出てきて、オーガスタ夫妻にリリゼットを少しお借りしますねと、リリゼットを車に乗せて、車を発進させた。
「実はリリィには、この国で『聖女専属』として、向こうの世界の料理の再現をお願いしたいの…」
説明を省かれていたが、マリアナはこの国では『異世界からの転生者』ではなく、『様々な恩恵をもたらしてくれた聖女』として国民達に認識されており、その聖女の素性がマリアナ・サヘルンであることは城の一部の者しか知らされていないのだという。
そして、この国の聖女ことマリアナがリリゼットに望んだことは、前世からの友としてだけでなく『聖女専属』の料理人になって欲しいというものだった。
「必要な物は出来る限り用意するし、ちゃんとお時給もだすからお願い!もう微妙な再現料理じゃないものが食べたいの…」
子犬のような潤んだ瞳でリリゼットを見つめながらマリアナは言った。
前世からリリゼットは、彼女のこのような目つきでのお願いに弱かったこともあり、聖女専属の料理人になることを承諾してしまったのだった…。
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